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目的のバッジも見つけられたのでクロガネシティで休憩を挟む。ヒカリちゃんは次のコンテストのために更なる目的地へと既に出発していた。去り際の笑顔はいつも以上に元気だったのは気のせいではないはず。PCでみんなの回復を待ちながらお茶を飲む。身体が温まるなぁ。
ジム戦対策としてゴーストタイプについて調べていたところでアナウンスが鳴り、ジョーイさんの元へ向かう。世間話程度に経緯を話すと驚いた顔をしていた。
「あなた、206番道路に行ってたの?無傷で良かったわ」
「え、何かあったんですか?」
「実はね、最近あの付近で野生のポケモンに襲われることが多いの。目撃情報を募ったんだけどどうやらこの辺のポケモンじゃないみたいで……もしかしたら正式な手順を踏まずに誰かが逃がしたポケモンかもしれないわね」
正式な手順?
聞けばポケモンを逃がす時にはPCや研究所にあるパソコンから各地方に存在する保護センターなる組織にポケモンを送り、それぞれの個体にあった生息地へ送られる仕組みになってるらしい。ただポケモン自身がその場所にいることを望んだり、トレーナーを見限って自ら離脱する等例外はあるらしいけど。
「迷いの洞窟付近でよく被害に遭うことが多いの。あまりにも被害が拡大するようなら保護をお願いしないと。ただ時間がかかるからあなたも行くことがあったら充分気を付けてね」
だから受付の人も少し渋い顔をしてたんだ。そこまで奥には進まなかったから私は幸い被害に遭わなかったんだろう。もう行く必要も無いけど、こういう話を聞いてしまうと妙に気になってしまう。誰かが逃がしたポケモンがいるかもしれない。可能性の話ではあるけど、行ってみようか。
◇◆◇
幸か不幸か、例の野生のポケモンに襲われることなく迷いの洞窟らしい入口まで来た。念の為感知能力が高めの緋翠に出てもらっている。何か感じるか尋ねても首を横に振るだけだった。
『もしかすれば度重なる襲撃で多少なりとも体力を消耗しているのでしょう。休息中か、もしくは迂闊に襲わず気配を消して私たちを見張っているのかもしれませんが。……申し訳ありません、私の力が及ばないばかりに』
「ううん。そんな事ない。でももしもの時はシールドお願いね」
『かしこまりました』
手がかりとなるものがないか辺りを見渡す。すると草むらにきらりと光る物が見えた。恐る恐る近づきそれを手に取ると、それはモンスターボールだった。
(モンスターボール、だけど)
何時からここにあるのか分からないくらいボロボロだ。おおよそそれはボールとしての機能を果たしてないだろう。開閉ボタンも壊れて簡単に開けられるし、塗装も剥がれて傷だらけの泥だらけだ。
……なのだけど、所々に見えるこの傷は、自然にできたものというより
『……少し休んでいる間にまた来たのか、人間』
「え……っ!」
『マスター!』
聞きなれない声がした、と思った次の瞬間。耳にとてつもない音波と衝撃が襲いかかった。けたたましいそれに思わず身じろぐ。ちょうおんぱを不快音と形容するならこれは、覇音だ。鼓膜が破れないよう耳を手で塞ぐ。緋翠がひかりのかべを出してくれたので直撃は避け威力も和らいでるけど、それでも耳にダメージは来る。碧雅がすぐさまボールから飛び出しれいとうビームを放つ。そのおかげで音の波は消えたが、耳にジンジンとした痛みが染み渡った。
羽ばたく音と共に技を放ったポケモンは姿を現した。
「……青い鳥?」
ジョーイさんからの話を聞いた想像でしかないけど、私は襲ってくるポケモンは大柄で厳つい外見をしたポケモンを想像していた。けれど今目の前にいるポケモンはそのイメージとはかけ離れた、幸せを運ぶ青い鳥のようなファンシーな外見をしていた。翼は雲のようにモコモコしていて、つぶらな瞳はこちらを睨みつけている。他のメンバーも出てきて、私の周りを覆うように立ち塞がる。
『……随分なご身分だ。自慢の騎士共を引き連れ僕を狩りに来たのか。まるで女王じゃないか』
「狩るって!そんなつもりじゃないよ。ただ、話を聞いて気になって」
一瞬だけ黒い目が見開いた。そして私も咄嗟に言葉を理解して話してしまったことに気づく。けれど私を擬人化したポケモンだと判断したのか、軽蔑するような目を向けた。
『愚かだな。何故そのような人間の姿をとる』
「……だって私は、人間だもの」
この子の声はとても清涼だ。中性的とでも言うのだろうか、笛のように心地の良い綺麗な声をしている。けれどその声に混ざる感情は私たちに対する嫌悪。私が人間だと告げると彼はその顔を更に嫌そうに歪めた。
『人間だと?ならば何故僕の言葉を理解している』
「……分からない」
その返答を聞き目を細め冷たくこちらを見やる。変わったヤツだとでも思われただろう。その眼差しに気圧されそうになるけれど引き下がらないように足に力を入れた。緋翠の心配そうな声が聞こえたけど大丈夫だよと言う意味を込めてニコリと微笑む。
『……まぁいい。ここに来た以上容赦はしない、覚悟しろ』
「私はあなたと戦いに来たんじゃないんだけど、話を聞いてくれないかな。どうしてここに来る人を襲うの?」
『貴様に話すことなど何も無い、人間風情が』
「……っ」
話をするつもりは無いということか。彼は警戒の姿勢を崩さず雲の翼を広げる。璃珀が耳打ちするように小声で私を呼んだ。
『彼の種族はドラゴンタイプのチルタリス。シンオウではなく、ホウエン地方に生息しているポケモンだ』
「チルタリス……」
『チルタリスは基本的に穏やかな種族だと聞いたけれど……彼に何があったんだろうね』
憐憫の眼差しを向ける璃珀の言葉を聞き、私は少し腑に落ちた。彼は言葉こそこちらを拒絶しているけど、最初の攻撃以降技を放ってこない。まあ、もしかしたら緋翠の言っていたように戦う体力を残したいだけなのかもしれないけどね。
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