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◇◆◇




「ッ」


心臓が大きく脈打ち目が覚めた。
嫌な鼓動を肌で感じながら小さく上がった息を整える。横になったまま視線を動かし周りを見渡すと、あのポケモン像が見えた。どうやら私は知らぬ間に外で眠っていたみたい。冷たい風が流れ、体が震える。けれど寝ていた下側からほのかな温かさを感じ、手には柔らかな感触が。壊れ物を扱うように髪越しに頭を撫でられる。


「起きたのかい?」
「……!」


その心地良さに微睡んでいる中、声をかけられた。顔を向けると、意識を失う前に見たサラリとした金髪と共に璃珀さんが顔を見下ろしていた。その目を見て、眠る前に起きたことを思い出した。いつもの水色の目がまた、妖しく光ったように一瞬見えた。


「おはよう。よく眠れたか……──」


体が寝起きとは思えないほど俊敏に動き、璃珀さんと離れ距離をとり向かい合った。ていうかあれ、もしかしなくても膝枕だった!?いや、それは置いといて。自分でもわかるくらい強ばった表情を彼に向けた。


「私に、何をしたんですか」
「あまり顔色が優れなかったからね、少し眠って貰ったのさ。……大丈夫、かい?」


心配そうに眉を下げ私を見つめてくるその人に悪意は感じられない。けれど今の発言に意識を失う前に見た妖しい光、意識が無くなる前聞こえた言葉。


(この人は、きっと)


浮かんだのは一つの確信。唾を飲み込み、おそるおそる言葉を紡いだ。


「あなたはポケモン、なんですね」
「……ああ、そうだよ」


先程と変わらない表情をしていたが、少し悲しそうな顔になったように思えた。
でも今ここにいる人は得体の知れないポケモンで、私は手持ちがいない状況。危険なのは火を見るより明らかだった。なんとか離れないと、さっきみたいに眠らされたらどうしようもない。


(けど逃げられる……かな)


相手は人間より身体能力が優れているポケモンで、対峙している彼がどんなポケモンなのか種族も分からない。ましてや私はスポーツとかやっていた訳では無いただの一般人で、体力も並以下。思いつく手段は尽く無理なように思えた。
役に立ちそうな道具は無かったかと目線を逸らさないようにカバンを漁ると、洗って返そうと思っていた彼に借りたハンカチが出てきた。


(これ……)


あの海のような爽やかな香りが残っている。風が吹き、その香りが鼻腔をくすぐった。

そして初めて会った時を思い出した。ソノオタウンで会った時、この人が一体何をした。何もしていない、むしろ手助けをしてくれただけだった。発電所のあの女の子はあんなにも懐いていた。別れ際に涙ぐんでいたぐらいには。それはこの人の性質が悪いものでは無いことを表す証左に近しいのではないか。
それをポケモンだと分かってしまったから、ただ一度だけ技を当てられてしまったから。確かに驚いたし、突然そんなことをされたら警戒するのも無理はない。でも……。

ハンカチを見つめたまま黙っている私に距離を保ったまま璃珀さんが声をかけたのと、冷たい光線が彼に襲いかかったのは同時だった。それを難なく跳んで避けるが今度は着地点の周りが急激に凍り始める。焦る様子もなく璃珀さんは淡々とその技の名を告げた。


「“フリーズドライ”か、やられたな」


こおりタイプの技、ということは……


「碧雅!止めて!」


恐らくそこかられいとうビームを放ったであろう場所に向かいそう叫ぶと、どこかムスッとした表情で碧雅が顔を出した。


「邪魔しないでくれる」
「じゃあ璃珀さんに攻撃するのはやめて。ていうかいつからここにいたの」
「ついさっき。……なんでアイツがここにいるかは知らないけど、助けて欲しそうな顔してたくせに」


なるほど、碧雅は私が困ってると思って助けてくれただけなのか。でも、やけに璃珀さんを見つめる目が普段より冷たく感じるのは気の所為、なのかな。少しいじけた様子の碧雅にごめんねと手を合わせた。もちろんお礼も忘れずに。
さて、と璃珀さんの方を向くと、何故か楽しそうな顔をしながら碧雅に話しかけ始めた。


「きみは確か、グレイシアの碧雅だったね。久しぶり!元気だったかい?」


あれ、なんか空気が変わった気がするぞ。主に隣から。急に気温が下がった。


「お前を全身凍らせられるくらいには元気だよ。身をもって体感したらどう」
「お互いの態度が180°違いすぎるしほんとに凍らせてるぅ!」


凍らされながらニコニコ話しかける璃珀さんに、絶対零度の如き視線を浴びせながら冷気を放つ碧雅。一体何が起こっているの。一応技を止めるように肩を掴みながら伝えると、こちらを見て顔を顰めた。そして一言こう言われた、「臭い」と。


「え、くさい?」
「こらこら、女の子にそんな事を言うものじゃないよ碧雅君」
「お前は黙ってろ」
「ぶっ」
「何してんのちょっとぉぉ!?」


私が持ってたハンカチを奪い取りそれを璃珀さんの顔面目掛けて叩き付けた。今日は本当に横暴すぎるんだけど!?シリアスな空気はどこへ行った?


「あっははは!随分ご主人様が大切なんだね。ユイさん大丈夫だよ、あなたは臭くない。寧ろシャンプーの良い香りがした」
「あなたもこの状況で何言ってるんです?」


最早凍ってないのは首だけだよ。なんで平気なの、ポケモンだからなの。ツッコミが追いつかないよ。碧雅は一体その発言のどこが気になったのか、一瞬停止しゆっくりと顔をこちらに向けた。


「……ユイ、何をされたの」
「へ?えっと、多分璃珀さんの技で寝てた……かな」
「…………外で?」
「う、うん」
「心配はいらない。風邪を引かないように俺のコートをかけておいたからね」


あ、そうだったのか。道理で寒くなかったわけだ。


「………………へえ」


薄ら笑いするその顔に背筋が震えた。


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