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『ねえ。いつまで僕の顔見てるの』
「ご、ごめん」
怪訝そうに私を見てくるグレイシア君の言葉で現実に戻った。
『……ここ、どこだかわかってる?』
微妙な間があった質問、何かを確認しようとしてるみたいに感じた。
「恥ずかしながら、本当に何も分からなくて。ここってどこか教えてもらえるかな?」
『……アイツらの仲間かもしれないと疑った僕が馬鹿だった』
「あいつら?」
『なんでもない、ここはシンジ湖だよ』
「シンジ……湖」
聞いたことの無い地名。やっぱりここは私の知ってる世界じゃないんだ。というか、あいつらって誰なんだろ。
『よっぽどの箱入り娘だね。世間知らずにも程がある』
「これには一応理由があってだね……!」
理由を話そうとしたが口を噤んだ。寝て起きたらここにいた、とは言いにくい。頭のおかしい人間という要素が追加されそう。
『まあいいか。マサゴタウンまででいいなら、連れていってもいいけど』
「へ?」
『どうせお前、このままいても野垂れ死にするだけでしょ。そこまでなら送ってあげてもいいって言ってる』
「神様ですか……!」
『元来た道を帰るついでだし、そっちがあまりにも危なっかしいだけだから』
そんなに私の状況ってまずいのか。考えてみれば、全く知らない場所で何も持ってないのは危ないことこの上ない。現にグレイシア君に襲われかけたし。無知は怖いもんね。
……とりあえず、この世界の人に出会うことが出来れば、なんとかなるかも。一縷の希望が見えた気がした。
「あ、ありがとう!神様ァ!」
『ついでって言ったでしょ。そうと決まったら早く行くよ』
「うん……って進むの早!?」
グレイシア君は私のことはお構い無しに草むらから出て、既に入口近くまで移動していた。
『そっちがトロいだけ、ほら走って』
インドアの私にとって走るのは結構きついけど、グレイシア君にこれ以上迷惑はかけられないし……頑張れよ私の体力。体育の持久走はそれなりにだったし、行ける行ける!
と、やる気を入れていた時だった、
「でんこうせっか」
突然冷たい声と共に小さな影がグレイシア君めがけて襲いかかった。グレイシア君は咄嗟のことに避けきれず影と共に吹っ飛び、小さな砂埃が舞い上がった。
「グレイシア君!」
「あなた、あのグレイシアのトレーナーですか?」
声の主はゆっくりとこちらに歩き近づいた。水色のおかっぱに、宇宙人を連想させる服。胸にGと着いたマークが印象的だった。無表情のまま私に質問してきて、無感情なロボットを彷彿とさせる。
「違いますけど、グレイシア君になにしてるんですか!」
「なにって、ゲットしようとしているだけですよ。アレは貴重なポケモンですからね。あなたがトレーナーならばボールを横取りしようと思いましたが、関係ないのであれば即刻ここから立ち去りなさい」
そう言って彼は砂埃に向かって感情のない声で指示を出した。
「スカンプー、えんまくです」
そう言うや否や、たちまち砂埃から黒い煙が出現し、それは砂埃をたちまち覆ってしまい、中の様子がさらにわからなくなった。煙から出てきた紫色のポケモンが体制を整え直し、鋭い爪を出して煙に向かって突き進んでいった。何が起きているかわからず、ただ目の前の光景を呆然と眺めることしか出来なかった。
刹那、淡い水色の光線が発射され、地面に当たると巨大な氷の塊ができた。
『……っ、けほっ……』
咳き込みながら出てくるグレイシア君。苦しそうだけど……まさか、さっきのでんこうせっかのダメージが思いのほか大きいんじゃ……!
「……急所に当たりましたね。では」
「……?それって」
「モンスターボールです。これでグレイシアを捕まえ上に献上するんですよ」
赤と白のツートンカラーのボール。流石に記憶があやふやの私でも知ってる、この世界を象徴するものと言ってもいい。もしボールにグレイシア君が入ったら、彼はあの人のポケモンになってしまう。無理矢理捕まえようとするなんて、そんなの、良くない。
「や、やめてください!」
「何を言ってるんですかあなたは?ポケモンを戦わせて捕まえるのは当たり前でしょう。我々ギンガ団の野望のために、グレイシアは捕まえます」
狙いを定めボールをグレイシア君に向かって投げる男性。私は無我夢中でグレイシア君めがけて飛ぶボールを両手で取りそのまま倒れ込んだ。
『!?君、何してるの……』
「いった、たぁ……。なんとか受身とれた……」
「邪魔をしないでください小娘。我々の邪魔をするのなら、まずはあなたから倒させていただきますよ」
『……おい、もう僕はいいから早く逃げな。ここにいるとまずい』
鈍い音がしたと思うとスカンプーがグレイシア君に吹っ飛ばされていた。どうやら私の死角から襲ってきたみたい。でも、もう遅い。
「いやだ」
『はあ?さっきまで怯えてた奴が何言ってんの?君みたいな手持ち0のトレーナーは完全に役立たずの足でまといなんだから、さっさと大人しく逃げなよ木偶の坊』
「うっ正論だけど!でもグレイシア君が捕まっちゃうでしょ!」
ほんとは怖いし、今すぐ逃げ出したい。あの男性のロボットのような表情、仕草が余計にそれを助長させる。でも、ボールが投げられた瞬間、考えるより先に体が勝手に動いたんだ。
「この短時間だけど、私、グレイシア君のこと結構好きだもん。知らない場所で怖かったけど、グレイシア君のおかげで少し和らいだんだよ。だから、グレイシア君のこと、できるだけ護ってみたいんだ」
突然現れた私に、警戒しながらも優しくしてくれてた。言い方は冷たいけど、どことなく優しさを感じる。この子をアイツらには捕まえさせたくない。これは私のわがままだ。
だから、ごめんね。
「今だけは、ここにいてね」
こつん、とギンガ団から取ったボールをグレイシア君の額にあてた。
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