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話が逸れてしまったけれど、この人は私が泣いていた理由は聞かないのだろうか。


「気にならないと言ったら嘘になるけれど、俺にユイさんの事情を詮索する権利は無いよ。言いたくなったら言えばいいさ」


エスパーか。と思ったけれど、どうやら私の考えていたことが顔に出ていたらしい。ユイさんは意外に面白いねと手に顎を乗せてこちらにほほ笑みかけるその仕草も、この人が行うととても様になるのは何故なんだろう。

優しい声、安心させる微笑み、子供をあやす様に柔らかく撫でてくる手つき。


(なんだか麻薬みたい)


真綿に包まれたような言葉達が耳に入り、その心地良さに溺れそう。この人なら、どんなことも受け止めてくれるんじゃないかという錯覚に襲われる。


「目が腫れてしまったね。後で帰ったら冷やしておいで」
「……大丈夫です、ありがとうございました」


ココアを飲み終えたこともあり、私はベンチから立ち上がった。緋翠を一人にさせてしまったこともあるけど、そろそろ二人も帰ってきているかもしれない。
それに、私は早くここから離れようと思っていた。これ以上この心地良さを感じてしまうと、いけない気がして。


(少しは落ち着けたし、もう一度みんなと話し合ってみよう。今度は私もちゃんと話に入らないと)


「ユイさん」


名前を呼ばれた。反射的に肩が震えて、ゆっくりと璃珀さんの方を振り向いた。その目は閉じられていて、長いまつ毛が影を落としている。そしてそっと開かれ私を見たその目は、水のような色ではなくて、


(……あれ……なん、か……ねむ……ぃ……)


その色を認識する前に私はいつの間にか、意識を失っていた。


「……良い夢を」


そう呟いた声と頭を撫でる感触が意識を失う前に感じた最後の記憶だった。




◇◆◇




「……やっちまった」


あー、うーと頭を抱えている俺。公園のブランコに乗って誰もいない中一人ボヤいているその様は、はたから見たら不審に見えるかもしれない。けれど周りに気を配れるほど今の俺は余裕じゃなかった。


「帰りづれーなー……ていうか、俺帰れるのか」


仲間に対して酷い事を言ってしまった。酷い態度をとってしまった。そんな俺をみんなは変わらず迎えてくれるのか。


(いや、無理だろ)


碧雅の言う通り頭を冷やして考えてみれば、確かに自分は冷静に考えられていなかったように思う。自分のこうしたい、やりたいという気持ちばかりが先走ってしまって、周りの意見を聞けていなかった。いや、聞いても押し通す勢いだったかもしれない。

悪いのはわかってる。でも、


「あやまるのも……んぐぅ……」


前なら謝るのも難しくなかったはずなのに、何故か今はそれが恥ずかしいと思ってしまっている。俺だけじゃなくて碧雅だって言い過ぎだったんだし、向こうだって一言言うべきじゃないか、なんてあれこれ言い訳を思い浮かべながらまた、同じループを繰り返すのだ。

どれほどそうしていたのだろう。公園内には気づいた時には俺だけしかいなくて、空は俺の心を写したように曇天だ。あの場に居るのが居心地悪くて出てしまったけれど、ユイ達は今どうしているのだろう。緋翠の紅茶、美味いから飲みたかったなー。


「なんてこと俺が言えた立場じゃねーよな」
「おい、そこのアホ面」
「……あほぉ?」


話しかけてきたのは黒い外套を羽織った人物。この街中で顔を隠すようにフードを被っていることに対して些か奇妙な感覚を覚えた。僅かに見えた首元近くの髪色は、白、か?


(若そうなのに白髪なのかコイツ、哀れな)


てか待てよ、コイツ俺のことアホって言ったのか?


「アホって俺のことか!?」
「てめぇ以外に誰がいるってんだ。あと気づくのがおせぇ……って、こんなくだらない事言うために来たんじゃない」
「何しに来たんだよ、おま」


「お前」まで言えず気づけば俺はブランコから吹っ飛ばされ、飛ばされた先にあった木の幹に直撃していた。その衝撃で木は揺れ、枝に止まっていたムックル達が羽ばたく音が聞こえた。
突然のことに頭は追い付かず、俺は瞬きを繰り返す。

何が、起こった?

いつ、誰が、どうやって?あの黒いローブの奴がやったのか?
だがコイツは初めの位置から動いていない。じゃあ、誰が?


(……っぐ、……)


腹にようやく殴られたという衝撃と痛みをジワジワ感じ初めるが、頭は一体何が起きたか理解が追いついていない。思った以上にキツい一発を喰らったらしく、身体が動けない。このままじゃ、ヤバい。

痛みに脂汗が滲み、一陣の風が吹いたと思うと視界が真っ暗になった。正しく言えば顔を上げた先にさっきの白髪が顔近くの目の前に現れて、俺はソイツの顔を初めて見ることが出来た。


「…………は?」


一瞬、自分の目を疑ったかと思った。だって、その顔は。
ソイツは一際輝く金の瞳をマニューラのように歪め、ニヤリと笑いこう告げたのだ。


「じゃあな、勇敢なワカシャモクン」


人の形から振り下ろされたその拳の威力は、明らかに人を、俺達を超えていた。




『──紅眞!』


その光は、発電所の時と同じものだった。


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