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どうしようか迷って唯一静観している緋翠に視線を向ける。視線に気づいたのか私の気持ちをキャッチしたか、小さく頷きテレパシーで返事をした。


〈少し様子を見てみましょう〉


そう言われ私も頷き返し、冷たく睨み合ってる二人を見やる。男の子が睨んでいる姿は対象が自分じゃなくても背中が震えてしまう。しばしの静寂の後、普段より声が低い紅眞から口論が再開した。


「なぁ碧雅。俺お前のこと冷たいヤツだなって思ってたけど、今日は本当にムカついてるぞ」
『それは勝手にどうぞ。頭に血が上ってるやつに言われても何も思わない』
「っ今この瞬間だって、緋翠みたいなポケモンが沢山苦しんでるかもしれないんだぞ!?お前それでいいのかよ!?」


ぴくり、と緋翠が微かに反応した気がした。確かに、緋翠のように実験に遭ったポケモンは他にもいるかもしれない。それはコトブキシティのギンガ団の会話から推察はできた。


『緋翠を助けられたのは、あくまで本人が逃げ出してたまたま遭遇したから助けられた。ハクタイのアジトにいるのかも、どれだけのポケモンが囚われてるか知らないのに気持ちだけで先走っても意味が無いよ』


紅眞が口を噛み締める音がする。確かに碧雅の物言いはキツイけど、納得できるだけのものがある。
苛立っていたこともあっただろう、彼は言ってはいけない言葉を発してしまった。


「……目を付けられたらって言ってたけど、緋翠が仲間になった時点で俺達はもう」


瞬間、威力をかなり弱めたシャボン玉に近いみずのはどうが紅眞に命中した。上半身は濡れて、普段ハネている茶髪が垂さ下がっている。みずのはどうを放った本人は、少しの怒気をその目に込めていた。


『本人の前で言うことじゃない。お前、そこまで考え無しじゃないでしょ』
「ーーあ……。」


怒りの表情からしまった、と言うような顔へ。つい、感情が先走って口から出てしまったんだ。
……きっと紅眞だけじゃなくて、碧雅もほんの少しでもそう思ってたんだと思う。じゃなきゃ、あんな事は。

紅眞が恐る恐る緋翠を見る。緋翠は分かっていたとばかりに瞑目し、眉を下げ僅かに口元を綻ばせた。


『……そうですね。私がいることで迷惑をかけることを承知で、私は皆様と共にありたいと望んでしまいました』
「ごめ、俺、そんなつもりじゃ」
『ええ、分かっています。思わない方が不思議ですから』


緋翠が見た目より大人っぽいのは、彼のタイプが影響してるのかもしれない。エスパータイプかつ、分類はきもちポケモン。私たちより尚のこと、相手の気持ちを敏感に感じやすいんだろう。
この中で一番状況を冷静に見れているのは、多分緋翠に違いなかった。


『紅眞、聞いてください。貴方のポケモンを助けたいという気持ちは分かりますし、とても嬉しく思います。ですが碧雅の言う通り、あまりにリスクが高いです』
「で、でもよ……」


それに、と言葉を続ける緋翠。


『一応は彼らはギンガ団のポケモンですから、最低限の衣食住はそれなりに保証されてますよ』


寧ろ私が特殊だっただけです、と苦笑い。


その話が嘘か誠かは、彼のみぞ知ること。けれどもし、仮に助けられたとしてそこから先はどうするのか。ジョーイさんや、それこそジュンサーさんに預けて解決?そんなのはあまりに無責任すぎる。どれだけの規模かも、どこに囚われてるかも分からない。緋翠の場合はあくまで一人だけだったから助けられたんだ。
力が無いのもある、でも私達はまだあまりに無知だった。


『一度落ち着いて、ゆっくりお茶でも飲みましょう。ソノオタウンで買った美味しそうなハーブティーがあるんですよ。マスターも、良かったら』
「そう、だね……」


私はここまで、一言も発することができなかった。気まずい空気が流れる中、一旦はギンガ団の件は収束した。




◇◆◇




「…………はぁ、どうしよう」


私は今、ハクタイシティのポケモン像の前にいる。ここは他より少し高台で、そこから見えるハクタイシティの景色を眺めながら先程のことを考えていた。

あの場は上手く緋翠が収めてくれたけど、紅眞は申し訳ないと感じたのか、ハーブティーを飲むことなく「ちょっと外に出てくる」と外に出ていったっきり戻ってない。碧雅も「気持ちだけ貰っておく」と紅眞と違うタイミングで外に出ていった。緋翠だって傷ついたに違いないのに、それを感じさせないよういつも通りに振舞っていて、それはトレーナーである私がなんとかしなきゃ行けないのに、私は何も出来ずにいた。
緋翠の淹れてくれたハーブティーは美味しかったけど、ハーブ特有の苦味がやけに舌にしみた。

そして今、自分も考える時間が欲しいと言いここにいる。なんなの私、逃げてるだけじゃない。


(さいってい。やだよ、こんなの)


このままバラバラになっちゃったら。みんなギクシャクしたままで旅を続けられるのか。目頭が熱くなり、視界がぼやけてくる中、私はふとあることに気づいた。


(私、碧雅以外に他の世界から来たことを話してない……)


たまたま機会がなかっただけ、なんて言い切れない。いつでも言い出せる時はあったはずだ。悪い言い方をすれば、私はあの二人を騙して旅をしていた。だから碧雅もさっきの口論の時、抽象的に“旅”という言葉を使ったんだ。本当は、ディアルガ達について調べて帰る方法を探すことが目的だったから。

ナナカマド博士やコウキ君も信じてくれて、決して二人がそんなことを言うはずないのもわかってるはずなのに、自分でも気づかないうちに心の奥底で、ほんの少しでもこう思ってしまったんだ。


“きっと本当の事を話したら、気味悪がられて離れて行ってしまう”


(弱虫、意気地無し……臆病者)


自己嫌悪も追加されて目のダムは限界を迎えて、私は高台の手すりに顔を付け嗚咽を漏らしていた。
そして一人の人が私に近付いてくる。トントン、と優しく肩を叩かれた。反射的に叩かれた方に振り向くと、ほっぺに人差し指がむにっと刺さった。


「はは、成功だ」


このような子どものイタズラをするような人だったのだろうか、この人は。声の主はその端正な顔に少し愉快そうな表情を浮かべていて、さよならも言わず別れてしまったからか、話した時間が短かったからか、やけにその人を懐かしく感じた。


「こんなところで何をしてるんだいお嬢さん。ああ、いや確か……ユイさん、だったかな」


確認するような言い方だけど、その顔は確信していた。


「り、はく……さん?」


肯定の意味を込めた微笑が返された。絡まることを知らない金髪は風に靡き、あの時も感じた良い香りが鼻腔をくすぐる。私が泣いていたことには気付かなかったらしく、少し驚いた様子でハンカチを差し出してくれた。水の波紋が描かれた、淡い水色のハンカチだ。


「仲間はどうしたんだい?見当たらないけど」
「実は、ちょっとワケありで」
「…………。」


璃珀さんは一度考える仕草をした後「こっちにおいで」と優しく手を引いてくれた。引かれた先にあったのは景色を一望できる位置にあるベンチ。そこに座っているように言われ待っていると、温かいココアを持って戻ってきた。両手で包み込むように持つと、優しい温かさが手から体に広がっていく。息を吹きかけながら一口飲むとほんのりとした甘い味が身に染みて、自然と美味しいと口にしていた。


「シンオウは冷えるからね。……少しは落ち着いたかな」
「は、はい。ありがとうございます。今回も、ソノオタウンの時も。えっと、あ!あとお久しぶりです!お元気でしたか?」
「言いたいことが沢山あるのは分かったよ」


よしよしとソノオタウンで会った時と同じように頭を撫でられる。なんか馬鹿にされてるような気がするぞ。ソノオタウンといえば、用事には間に合ったのかな。


「あの、ソノオタウンの時はありがとうございました。それと碧雅から聞きました。あの時用事があったって聞きましたけど、大丈夫でしたか?」
「……え?」


璃珀さんは一瞬何を言っているか分からないという顔になった。あれ、何か変なことを言っちゃったのか。


「あぁ……そういうことか」
「?あのー?」


独り言のように呟いた。私は検討つかないけれど、璃珀さんは合点がいったらしい。


「確かにあの時は知人と会う予定が入っていたのを忘れていたんだ。中途半端な形で去ってしまってすまなかったね」
「い、いえ。こちらが勝手に巻き込んじゃってましたから」
「構わないよ。……あの子は、無事父親に会えたかい」
「会えましたよ!璃珀さんと一緒だったおかげで寂しくなかったって言ってました」


発電所で出会ったあの子。私たちが璃珀さんと知り合いだと勘違いしていて最後に「綺麗なお兄ちゃんによろしくね!」と言っていたのが印象に残る。大丈夫、ちゃんと笑顔でしたから。そう伝えると安心したように良かったと笑った。
この人はいつも微笑みを絶やさないけれど、その時の表情は心の底から浮かべているのだと私は感じた。


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