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◇◆◇




それは、一番最初のマスターの声だった。


“見てラルトス!お父さまから花束とぬいぐるみをいただいたの!”




ぴちょん、と雫が落ちる音で目を覚ました。どのくらい眠っていたのだろう、久々に懐かしい夢を見た気がする。色とりどりの花に囲まれ、陽だまりのような笑顔で喜ぶ幸せそうな貴女の夢。

辺りは真っ暗で、ゴツゴツとした感触から自分は洞窟の中で隠れていたことを思い出した。もう3日あまり何も食べていないため、ろくに動けない。このままだと衰弱死するのは分かってるはずななのに、ここにテレポートした時から動く気がしないのだ。首元に付けられたプレートと、壊れたモンスターボールを見て逃げ出してきた元トレーナーの姿を思い浮かべる。


(マスター……いえ、あの方には、申し訳ないことをしました)


……シンジ湖で突如ズバットが吹き飛び、白い光が眩いたと思った刹那、マスターも敵対していたトレーナーらしき少女もポケモンも、みんな眠ったように倒れていた。ボールにいた自分だけが唯一無事で、恐る恐るボールから出てみた。そよ風が心地よく、数ヶ月ぶりの外の空気はこんなに爽やかだったのか、と感動した。

そう、そこで……とシンジ湖で起こったことを振り返っていた矢先、上から気配を感じた。ああ、なんとタイミングの悪い。


(……でも、これで良いのかもしれません)


不思議と恐怖や焦りはなかった。もう、どうでもいい。どうにでもなれ。
自暴自棄だ。

結局最期まで何も役に立たなかった。ならせめて、彼らの糧になって散ろう。大して美味しくないだろうが、密のように啜って腹を満たしてほしい。ズバット達が獲物の自分に超音波を放つ最中、目を閉じると貴女が好きだった花の香りが漂った気がした。そして脳裏に浮かぶ、あの光景。


“ねえ、お父さま?わたしのラルトスは、どこなの?”


はっと目を開けるも時すでに遅し。ズバットの超音波のおかげで身体が思うように動かなくなっていた。そして今更身体を巡る恐怖心。キバを剥き近づいてきたズバット。

このままじゃ──


(……っ誰か、)




◇◆◇




「……っ、つか、れた……」


あれからすぐに出発し、私たちは大きな洞窟のある崖の前まで来た。ここを登ればソノオタウンに着く。


「運動不足には辛かったけど頑張った、褒めて欲しい」
『あんな醜態晒して褒めると思ってるの』
「だって2人とも速いんだもん」


インドアを舐めないで欲しい。でも旅をするからにはこの体力の無さも何とかしないとね。少しずつついてくるとは思うけど。すると先頭を駆けてた紅眞が人型になり私に近づいた。


「早く行きたいならいい方法があるぞ姉ちゃん!」
「ほんと!一体どんな…………ぎゃあああ!」


紅眞におんぶされてる!?私より小さいのに凄い力持ちだね!?いやそんなことより恥ずかしい!年下の子におんぶされるのは社会的に死ぬ!


「俺が運んだ方が早いだろ!どうだ姉ちゃん!」
「無理無理無理無理!恥ずかしいから降ろして!私重いし、自力で頑張るから!」
「えー?そんなことないぞ!」
「そんなこともある!それに紅眞は回復後回しにしちゃってるんだから休んでなさい!」
「ぶー」


頬膨らまして可愛いなもう!
……げふんげふん


『煩いよ君達……ん?』


一歩引いて私たちを眺めていた碧雅が、何か気づいたのか洞窟に近づいていった。
私たちもおんぶをやめ、それに続いて着いていく。


「どうしたの?」
『羽音が聞こえた。多分ズバットかな』
『んー…?あ、ほんとだ』
「私何も聞こえないよ?」


どうやら2人には聞こえているらしいズバットの羽音。数が多いようで、通り抜けるには一苦労しそうだと言う。あ、こんな時にこそ使えばいいじゃん!小さな豆電球が浮かんだ私はゴソゴソとナナカマド博士たちに貰ったバッグの中を漁った。


「じゃーん!ゴールドスプレー!」


某ネコ型ロボットのように喋ろうか一瞬迷ったけど、絶対引かれるからやめといた。これならズバットが襲ってくることもないはず!試しに腕につけて臭いを嗅いでみると、私は何も感じなかったけれど2匹が同時に鼻を塞いだことから、ポケモンに対してだけ効果があるんだろう。科学の力ってすごい。鼻がもげるとのことで、2匹共ボールに戻ってしまった。
……ソノオタウンに着いたら先ずはシャワーを浴びよう。


「クロガネゲートも通れたんだし、大丈夫大丈夫」


前は碧雅達にボールから出てもらって一緒に行ったけど、今はそこまで怖くない。懐中電灯の光を頼りに進んでいく。スプレーの効果が効いているのか、本当にポケモンの出る気配がしない。岩の陰からイシツブテが鼻をつまんで涙目でこっちを見ているのが見えた。
ご、ゴメンね!すぐ出るから!早歩きで道沿いに進んで行くと、分かれ道に出た。右からは光が見え、出口が見える。


「やったー!」


疲れは吹き飛んで、一人で洞窟を抜けられたことが嬉しかった。早速出口に向かおうとすると、頭に声が流れてきた。


──……た、すけ……


微かに響いた、声変わりのしていない男の子の声。


「誰?」


とても小さな声で、か細くて、酷く弱っているように感じられた。


──……たす、……けて……


助けを求める声。
それは出口と反対の道から聞こえてきた。


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