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『あんちゃん!ごはんとってくるね』
ミオシティからとある森に移動した夜。ヨーテリーとムーランドは仮の住処としてちょうどいい空洞化した巨大な木を発見した。幸いなことに他のポケモンが住んでいる気配もなく、葉っぱを集め簡易ベッドを作ったあとムーランドはどっしりと横になった。
ヨーテリーは兄のため、体力回復が適うオレンのみおオボンのみを主に集めるため、住処を離れた。
(むかしあんちゃんにおそわった。オレンのみはえいようがほうふで、たくさんあるんだって。オボンのみは……ここにあるかわからないけど)
青いオレンジのような見るからに硬そうな木の実、オレンのみは比較的簡単に見つかった。たいあたりで落ちた木の実を鋼鉄島で出会ったトレーナーを思い浮かべて擬人化し、木の実をかき集める。丁度よくモモンのみも見つけたため、これも持っていくことにした。
両手いっぱいにかき集めた木の実は、今晩と次の日の食糧として十分な量だろう。ヨーテリーは嬉しそうに「えへへ」と頬を緩めた。
…………♪〜……♪♪…………
「なんだろう?」
耳に突如流れてきた音。自然と足を止め、その音色に耳を済ませてみる。風に乗って聴こえる美しい旋律が、ヨーテリーの幼い好奇心を駆り立てる。
(ダメだ、はやくあんちゃんのところにかえらないと)
でも……ちょっとだけ。一瞬だけ、見るのなら。ここにはコロボーシやコロトックというポケモンが住んでいると聞くし、きっと彼らが演奏会をしているのかもしれない。
兄に教えられた情報を元に推定したヨーテリーは音のする方角へ足を進める。そして森を抜け、拓けた丘大の上にある一本の大きな木の下で、人影が見えた。
(…………あ、)
その人影を見た瞬間、自身の心臓が嫌な音を立てた。目を瞑って演奏していた青年の目が、開いた。
「こんばんは、ヨーテリー」
まるで自分が来ることを分かっていたかのように微笑む青年。ヨーテリーはでんこうせっかで踵を返し駆け出した。ボタボタと木の実が落ちてしまうのも気に止めている暇はなかった。
(あいつだ……あいつだ……!あいつがぼくたちをつかまえた……!)
思い出した。思い出してしまった。少年は息を荒くさせながら兄の元へ駆け戻る。その道中頭をよぎったのは、ギンガ団に連れて行かれるまでの経緯だった。
(ぼくが、あんちゃんにとめられたのにおやしきをのぞいたから……!あんなにきれいなおとじゃなかったけど、あのかんじ、たしかに“あいつ”だった……!)
今と同じ。自分があの音に引き寄せられて、見つかって……そして……!
ヨーテリーが頭の中で過去を振り返っていると、突然自身の視界がぐらりと揺らめいた。場面が切り替わったように、先程の丘大にヨーテリーは佇んでいた。
「逃げるとはあんまりではありませんか」
「ハッ……ハァ……!」
嘘。ヨーテリーの頭に過ぎったのは絶望だった。逃げられない、逃がしてくれない。そして更にヨーテリーを追い込ませたのは、木の幹に寄りかかる別の人影。ぐったりとした様子で座り込み項垂れる水色の髪をしたその人間は、かつて自分たちを使っていたギンガ団だった。
「ひっ……!」
小さく悲鳴をあげたのは、そのギンガ団に生気が無かったからだ。ピクリとも動かない様子のギンガ団は暗闇では分かりにくかったが、臭いで分かった。鉄の臭いがする。「ああ、彼ですか」と興味無さそうな声で青年は語る。
「聞きました、あなたとあなたの兄を手放したと。成果が出たのに自分の手に負えないからと、無断であなた方を手放して良いほど、彼は偉くありませんから」
「……ぼ、ぼく……かえら、なくちゃ……」
「そうですか、どちらへ?」
「あんちゃんの……とこ……」
「……あなたは愚かしいほど素直ですね」
青年は微笑んでいるが、その言葉は刺がある。バイオリンを拭き取った後、サイコキネシスでケースの元に運ぶと青年は空いた手を自身の背中に回した。
「あなた方の軌跡は追いやすかったですよ。ここのポケモンたちに目撃情報を伺い辿れば簡単に把握できました。……素直に人の手に頼ればよかったものを」
青年の手が戻されると、その手には何かを持っていた。白とクリーム色のふさふさとした立派な毛の束。
手品の要領で突き出されたものは、ヨーテリーには見覚えのあるものだった。
「あ……あぁ……!」
「ヨーテリー、教えてください。“あなたはどこに帰るんですか?”」
青年が自身に見せた逞しく伸びたクリーム色の髭は、ギンガ団と同じく赤黒く汚れていた。叫び声を上げたかったが、ヨーテリーはそれもできないほどショックだった。ただ目の前の光景に目を離せず、涙が溢れ、ガタガタと身体を震わせるのみだった。
「あん……ちゃ……?」
「…………。」
青年は髭を投げ捨て、束ねられていないそれは風に紛れてヨーテリーの頭上を舞って行った。ヨーテリーは原型に戻り、雫をぽたぽたと雑草に垂らしながらいくつか目の前に落ちたその香りを確かめる。血に紛れて漂う香りは、兄のもの。
『あんちゃん……』
青年が一歩ずつ、ヨーテリーに近づいて行く。彼の体が光りだし、シルエットが変わっていく。元々人間のシルエットに近い姿に、両手に刃のような突起がついていた。
(どうして、どうして?)
ヨーテリーは泣きながら現実を認めたくなかった。どうして自分たちが?一体自分たちが何をした?兄の背に隠れ泣きじゃくっていたばかりのヨーテリーに、初めて怒りが芽生えた。
幼いキバをギラつかせ、つぶらな瞳は闘志を宿した。敵わない存在だと分かっていても、向かわずにはいられない。この怒りを向けずにはいられない。
『あぁぁぁぁぁあ!!!』
雄叫びを上げながら歯向かってくるヨーテリーを、目の前の姿を変えた悪魔は花が綻ぶように笑った。
『良い子ですね、ヨーテリー』
両手に携えた死神の鎌が、宙を斬った。
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