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「……ユイの両親って、どんな人だったの」


碧雅から問われた質問に、そういえば話したこと無かったなとぼんやり思った。ぽつりぽつり、とおでこの気持ち良さに微睡みながら話し始める。


「お父さんは、几帳面で真面目な人だった。いつも朝早く起きて、ペットのネコにご飯をあげるのか日課だったんだ。私が朝起きると、大体仕事に行く時間だから、いつもいってらっしゃいって声をかけてた。私が風邪を引いたら、仕事で疲れてる時も必要なものを買って顔を出してくれて、いつも大丈夫かって心配してくれた人だった」


決して無愛想な人じゃなかった。要所要所で気にかけてくれるのが伝わる、ちょっと不器用な人だった。


「お母さんは、とにかく優しい人だった。いつもニコニコと笑っていて、怒ったところあまり見たことないかも。ご飯も美味しかったんだ、紅眞のご飯も好きだけど、お母さんのご飯も家庭の味で美味しいの。特に好きだったのは……和風ハンバーグかな。お豆腐が入っててふわふわで、大根おろしと大葉と手作りのソースを絡ませて食べるの、美味しかったなぁ」


ああ、久しぶりに食べたくなってきちゃった。あの味、いつか再現したいけど私の料理スキルじゃ敵わないよなぁ。もっとお手伝いとかして、教えてもらえばよかった。


「……なんか、想像つくかも。ユイの両親らしい」
「そう?でも私ね、2人の本当の子供じゃないんだ。私は元々孤児院に捨てられてたらしくて、本当の親がどういう人なのか何も知らないの。そんな私を引き取ってくれて、育ててくれて本当に感謝してる。私の両親はあの人たちなんだ」


……と、ここまで話していて、はたと口を閉じた。碧雅には自分の幼少期の記憶が無いことを思い出してしまったから。記憶の無い人に不躾に自分の両親のことを話してしまって、傷つけてしまったのではないか。思わず目を開けると、彼は優しげに目を細めて私の話を聞いていた。逆に私の方が小さく目を見開いて、驚きのあまり言葉を失ったくらいには。


「……どうしたの?」
「えっ、いや……碧雅のこと考えないで、自分のことばかり話してたから、ごめんと思って……」
「あぁ……。でも僕たちはタマゴから孵るし、中には両親と暮らすポケモンもいるけど……普通に1匹だけで生きなきゃならない種族もいるから。僕も親のことは気にしたことないし。寧ろ人間のそういう話を聞いたこと無かったから、逆に新鮮で面白いけど」
「そ、そう……?」
「うん」


それはなんだか、碧雅が特殊な気がするけど……。小さく笑いながら私の前髪をいじる手つきが妙にくすぐったかった。


「今も、帰りたい?」


それは元の世界に……私の両親の元に、という意味だろうか。確かに元々私の旅は帰る方法を探すため、という目的から始まった。けれど旅を経て仲間が増え、ギンガ団という組織と対峙して、私の為すべきことや、本当の親の存在を提示されて……分からなくなった。


「……分からない」


率直な感想だった。ぐちゃぐちゃで分からない。元の世界の両親は大切だし、大好きな存在。でもこの世界に来てからも、家族とは違う繋がりの大切な存在が沢山できてしまった。彼らを置いてまで、私は元の世界に帰らなければいけないのか。それとも両親を、元の世界への思いを風化させこの世界に留まるのか。


「こっちの世界も好きだし、向こうの世界も好き。どっちかを選べって言われたら……選べないかも」
「……親がいるなら、帰るべきだと思うけどね」
「……でも、まずは白恵の言っていた“やるべきこと”をやらなきゃいけなさそうだし、本当の親らしいユニさんについても知りたいし……それに、碧雅の記憶を取り戻さないと。まだしばらくこっちにお世話になりそうだね」
「別にいいって言ってるのに」
「私と一緒に来てくれることを選んでくれた碧雅に、もし私が突然帰れるようになって、何もお礼ができないままお別れは嫌だもの。だからせめて、記憶探しくらいはしてあげたい」
「それはただのユイの自己満足でしょ」
「うん、私がそうしたいからそうする。でも碧雅も、本当は記憶あった方がいいと思うでしょ?碧雅の両親の顔だって、思い出すかもしれないよ?」


ただの私のエゴ。でも、彼は顔に出さないけど、自分の過去が分からないままというのは、きっと不安に違いないと思うんだ。真っ暗な闇に覆われた自分の昔、それが少しでも分かって、自分のアイデンティティを再確認するキッカケになれればと思う。
……碧雅の両親って言ったけど、種族を考えればイーブイ系統……ブイズのどれかだと思うけど、どんな人……ポケモンなのか興味はあるしね。

あ、そういえば。1つ気になってたことを思い出した。


「どうして鋼鉄島の時、ムーランドに技を中々撃たなかったの?」


躊躇した……のかもしれないけど、あの作戦を考えたのは碧雅だし、わざわざみずのはどうからフリーズドライのコンボを当てなくても、ふぶきやれいとうビームで氷の中に閉じ込めるのは難しくなかったんじゃないかな……と考えている。ムーランドの体力を考慮したのかなとも思ったけど、どうも、違和感があったのだ。
分かりやすくまたかよと言いたげにため息を吐かれた。


「紅眞たちにも言われたよ、それ。晶には“決めたことはきちんと務めろ”って怒られる始末だし」
「それは晶が正しいんじゃ……」
「……別に、ただ濡らして凍らせた方がやりやすかったから。それだけ」


碧雅は視線を逸らし、片方の耳に手を当ててポツリとそう言った。あーなるほど、確かに璃珀の時もフリーズドライで凍らせてたなぁ。みずのはどうで濡らしたのはあのフサフサの体毛があったからなのか。単純な私はそれで納得してしまった。


「……早く寝なよ。熱がぶり返しても知らないよ」
「うん、そろそろ寝る。お見舞い来てくれてありがとうね」


お礼を伝えると碧雅の手が離れた。それは当然なんだけど、私はそれが妙に寂しく感じてしまって、自分でも無意識に手を掴んでいた。私も碧雅も、何が起きたか分からない様子で互いに固まっていた。


「……は、」
「あ……ご、ごめん」


いや、何してるの私。まるで子どもじゃん。子どもだけど。恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら、体がだるいのも気にならないくらい慌てて起き上がり手を離してあたふたさせる。


「ち、違う!ごめんただなんとなく手が冷たくて気持ち良くて熱が一気に下がりそうなのと一人だと寂しいのでいてくれたら嬉しいかなっていうのと……!」
「…………え?」


明らかに戸惑っているのが分かる困惑の声色に、私は口から溢れ出た言葉の内容に自分で心の中で突っ込んでいた。何言ってんの!?
いや、確かにひんやりした手は体調不良の体にはちょうど良かったし、話し相手にもなってくれたから寂しくもないけど……けど!向こうに利益がないし、やっぱりナシでしょうどう考えても。緋翠なら無条件でいてくれそうだけど。

私はスンと表面は平静さを取り戻し、掌を突き出す。


「ごめん、今のは忘れて」
「…………。」


無言の碧雅は立ち上がったまま、私に横になるよう促す。大人しく従い、恥ずかしさで布団を頭まですっぽり被ると、ガラガラと何かを動かす音がして、布団をひっぺがされた。


(……えっ)


再びおでこに添えられたのは、ひんやりとした手だった。横を向くと、椅子の向きと位置を変えて座った碧雅が利き手で本を読みながら、先程と反対の手で私のおでこに手を当ててくれていたのだ。


「ご要望なんでしょ。いいよ」
「……あ、ありが、とう……?」


何故か疑問符を付けてしまった。いやだって、こんなことになるとは思わないじゃん。病人だから珍しく優しいのかもしれないし、もしかしたら後でアイスをたかられるかもしれない。いやきっと、彼の場合は後者だろう。今のうちに何アイスが食べたいか考えといてねと伝えて、私は目を閉じた。


(ああ、気持ちいい……)


冷たいけど、温かい。頭を伝って溶け込んでいく不思議な温もり。時々遊んでいるのか、私の頭をゆっくりトントンとしてくれるのも、本のページをめくる音も、私には心落ち着くBGMだ。


(そういえば、ハクタイシティの時と立場が逆だなぁ……)


ふとそんなことを最後に思い出し、私は寝息を立てて眠ってしまった。


「──……」


お母さんとは違う、雪解けのように優しい声がした気がした。


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