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『ご主人!』


原型に戻った璃珀が間一髪でアイアンテールで強化された尾をムーランドの口に叩き付ける。けれどムーランドも負けてはいない。そのままかみなりのキバを発動させ、しっぽを噛みちぎらん勢いで力を増していく。


『っ!この力……!強い……』
「璃珀、」
『早く離れるんだご主人!そしたら俺もすぐに距離を取る!』


切羽詰まった璃珀の声も初めて聞いた。ムーランドの変わり様に呆然としているヨーテリーを抱きかかえ、産まれたての子鹿のように力の入らない足に叱咤しながら懸命に距離を取る。


(本当に……噛まれると思った。あの大きな口で、頭から、バックリと。下手したら、私……死──)


怖い、怖い、こわい。足がガクガクする。心臓がバクバクと鼓動を立てる。寒くないのに唇もガタガタと震えだし、ヨーテリーを抱きしめる腕に力がこもる。碧雅が私の元へ戻り、晶は璃珀とのフォローのためムーランドの攻撃力を下げるフェザーダンスを放つ。紅眞と緋翠もボールから出てきて、私を庇うように後ろへとやってくれた。


『いたいいたい、ね』


突き飛ばされた衝撃で白い身体が汚れ、自分もダメージを負って体が痛いだろうに、まず白恵がいたわったのはヨーテリーだった。そして璃珀と鍔迫り合いの状態になっていたムーランドが突然苦しみだし、暴れだしたかと思うと自分の体を岩肌に叩き付けている。


『あ゛あぁ゛ぁ゛あ゛ぁ!!』


フローゼルよりもダイレクトに伝わる叫び声が耳をつんざく。その苦しさを凝縮した声は、私を正気に戻すには十分だった。


(そうだ。今一番苦しんで、悲しんでいるのはムーランドたち)


どうにかムーランドを正気に戻さないと、このままじゃ彼の命が危うい。ただでさえ短期間で進化を重ねた影響で、体が慣れていないのだから。
私はヨーテリーをそっと地面に下ろし、彼と少しでも視線が同じになるように屈み込む。


「ヨーテリー」
『ひ、ひゃい』
「……私が怖いのは分かる。でもお願い、話を聞いて欲しい」


私の真剣な声色と表情が伝わったのか、ヨーテリーは恐る恐る私の方を見上げてくれた。そのつぶらな黒い瞳は涙で潤んでいる。


『あんちゃん……どうなっちゃうの?』
「……ごめん、それは私にも分からない。でもこのままじゃダメなのは、分かるよね?お兄ちゃんを元に戻すには、あなたの力がいる。あなたの声なら、きっと届く」
『あんちゃん……』
「だってムーランド、ずっとあなたのこと気にかけてるもの。あんな状態になっても、あなたのことを守ろうとしてる。今度はあなたが、お兄ちゃんを守る番」
『ぼくが……あんちゃんを……』
『……それなら、』


ヨーテリーの目にやる気が芽生えのを確認した碧雅が出した提案は、こうだった。
まずヨーテリーを囮にムーランドを近付かせる、そしてそこを緋翠のサイコキネシスで拘束、更に体力を削ぐ為碧雅がこおり技で攻め、以前璃珀にやったように体の一部を氷に閉じ込める。最後に璃珀のさいみんじゅつで強制的に眠らせる、というものだった。


『ミロカロスには争いや怒りを鎮める力があると言われている。ついでにその力も出してくれるといいけど……期待しないでおく』
『彼に効くかは分からないけどね……眠らせられた間も発動させ続けたら、多少話を聞いてくれるようにはなるんじゃないかな』
「……その作戦だと私どこにもいなくない?私がヨーテリーに言い出したことだから、私はヨーテリーといるよ」


ぺし、と碧雅に尾で頭を軽く叩かれる。その目は呆れと同時に冷たく見据えていた。


『また噛み殺されそうになっても知らないよ』
「それは嫌だけど……でも」


ヨーテリーの小さな頭を撫でる。ビクついていたヨーテリーは震えが収まり、私に軽くしっぽを振ってくれた。


「こんなに小さな子に全て任せるのは、やっぱり違うもの」
『だいじょうぶだよ、みゃーちゃん。ユイちゃんはぼくがまもるもん』


ねがいごとで回復した白恵が私の頭に留まる。えっへんと胸を張る白恵と引き下がりそうにない私を見ても、碧雅はまだ煮え切らない態度だった。


『ご安心ください碧雅。ムーランドの動きは私が止めてみせます。……私のことは、まだ怖いのでしょうか。ヨーテリー』
『……あ、あれ?…………ちがう……?』
「違う?やっぱり勘違いだったの?」
『ううん……。いまのおにいちゃんは、こわくない』


あの時、何がこの子の心に引っかかったのか。今の緋翠が怖くないと言うのなら、それを信じるしかない。
緋翠の説得もあってか、碧雅は渋々納得したようだ。


『僕とトサカは万が一失敗した時の為、大技を放つ支度を整えておこう。ムーランドを一発で倒す勢いで行かなければな』
『あの状態に更に追撃加えるのは正直やりたくねぇけど……万が一に、だな』


方向性も固まってきたところで、それぞれ作戦の配置につく。体のあちこちを岩にぶつけまくったムーランドは、息を荒くさせ体は傷だらけだった。


『…………。』


ヨーテリーが私を見たので、頷く。覚悟を決めたヨーテリーは、天井を見上げた。


アオーン!


ヨーテリーが合図のとおぼえを上げた。ムーランドの目が、ヨーテリーを捉えた。


『あんちゃん、もうやめて!』
『……ナニを、言ってやがる?』
『もうがんばらなくていいんだよ。わるいやつ、いなくなったんだよ!あんちゃん、このままじゃしんじゃうよ……!』
『……お前が、コイツにこんなこといわせてるのか?』
「!」
『お前が、“俺が死ぬ”なんて戯言を弟に信じ込ませ、たらしこんだのか?』


ムーランドの目が、また鋭くなる。その瞬間、ムーランドの体はサイコキネシスに拘束される。


『っこんなこと何度しようと、無駄だ!』
『ぐっ……!お願いします、碧雅!』
『…………!』


岩の影から碧雅が現れ、こおり技を放とうとその口から水色の光が淡く光る。狙いを付けいざ放とうとした瞬間、碧雅の動きが止まった。


『…………。』
「碧雅……?」


技を放たないまま、動こうとしない。どうした、の?


『……何してる、雪うさぎ』


晶を始め全員が碧雅に怪訝な様子を浮かべてしまう。目は前を向いているけど、焦点が合ってないような、目の前の光景以外のものが目に入っているような、そんな感じがした。


『……っ、碧雅!』
『…………!』


緋翠の声で我に返ったか、碧雅はみずのはどうをムーランドに喰らわせ、湿った体をフリーズドライで凍らせた。
サイコキネシスと氷の拘束。二重の拘束は体力の低下したムーランドに解くことは厳しかった。尾のウロコを虹色に輝かせた璃珀の目が、さいみんじゅつを放つ。


『この……!』


ムーランドは誘われる眠気に逆らえず、徐々に体の力が抜け、漸く目を閉じてくれた。


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