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『……ぁ、……ぐ……、ァ』


フローゼルは痛みに耐えるように、地面に伏したまま悶えている。苦しそうで辛そうなその声は聞いているだけで自分の表情も苦悶に満ちそうで、堪らず耳を塞ぎたくなる。


『アタシのしんそくが急所に当たった……訳じゃないわね。体を触ってる位置が違うもの』


カイちゃんから受けた攻撃のダメージが大きいわけでも無さそうだ。フローゼルは自分の身を守るように、体を丸めながら苦しんでいる。……内側から、苦しんでいる?


「やはり、先程力を使った影響で技を一発放つのみが限界ですね。体が壊れてないだけマシでしょう」


ギンガ団が淡々と語るその言葉に思い当たる節があった。そうだ、リッシ湖で緋翠が話していた……。“あの内容”が実際に行われているのなら、このフローゼルは、相当危険な状態じゃないか。勘づいた璃珀も冷めた視線をギンガ団に向け、緋翠は悲しそうに目を伏せる。


「あのケースの中は……その“成功例”が入っているってことか」
「この前のレントラーはでんき、今回のフローゼルはみず。……やはり、各々の持つタイプが順当に強化されているようですね」
『…………ざ……ける……ァ……!』


フローゼルが、起き上がった。ガクガクと体が揺れながらも、その目はギラギラと獰猛にギンガ団への怒りに満ちていた。「良いのですか」とギンガ団は別のモンスターボール……自分の腰元に付けているボールを取り、乱暴に掴む。


「お前の大切なものがどうなっても、良いのですか?」
『…………ぐ、……ぎィ……!』


(あのフローゼルの子どもを人質にして、逆らえないようにしているんだ)


自分の体の痛みじゃない、子どもを人質に取らせてしまった過去の自分の不甲斐なさを悔いているようだった。歯を軋むほど食いしばるフローゼルは、徐々に自分の置かれた状況を再確認し、不服そうにしながらも頭を垂れ、そのままボールに吸い込まれるように戻って行った。


「……フローゼルはもう使えませんね。ならば、彼らに任せましょう」


そしてアタッシュケースからまたボールを出し、繰り出したのは見たことの無いポケモンだった。2匹とも小さな子犬のような姿をしたポケモンで、シンオウ地方では見かけたことがない。彼らの姿を見た璃珀が小さく息を飲んだ。


「あれは、イッシュ地方のヨーテリー?何故こんなところにまで……」
「イッシュ地方?」
「双子の英雄と、それぞれに付いた伝説のポケモンの歴史がある地方だ。イッシュのポケモンは全体的に能力が尖ったポケモンが多くてね、ポケモンリーグのレベルも高いと言われている。それにしても、シンオウとイッシュはかなりの距離があるはずなのに、どうやって彼らを……」


要は別地方のポケモンが連れ込まれていることと、ギンガ団がそれを我がもののように扱っているということだ。更にはあのアタッシュケースから出したということは、彼らも被害者。どちらもかなり小柄な、庇護心を掻き立てられる姿をしているからか、片方のヨーテリーが、不安そうにしているもう1匹を庇うようにしているからか、そのいじらしさに胸が痛くなる。


『ユイ、悪いけどここは任せてもいい?主を見つけたらすぐに戻ってくるから』
「……うん、二手に分かれよう。気をつけてね、カイちゃん」
『アタシを誰だと思ってるの?ビシバシ主にしごかれてたんだから、これくらい何ともないわよ。……その前に、』


カイちゃんは目を鋭くさせたかと思うと、眼も眩むスピードでトレーナーさんのボールをしんそくで取り返した。カイリュー、他のドラゴンタイプのポケモンに比べると確かに可愛い顔してるけど、流石晶が認めるポケモンだな。


「っくそ!返せ!」
『ついでだからアンタの相手も務めてあげる!アナタたち、無理するんじゃないわよ!』


カイちゃんは颯爽と洞窟の中を飛び去り、ボールを奪われたギンガ団が慌てて追いかける。向こうの戦力は分からないけど、でもカイちゃんなら大丈夫だろう。問題は……こっちだ。原型に戻った緋翠が私を庇うように手を伸ばす。


『マスターはお下がりください。白恵、マスターを安全なところへ』
『はーい』
「ヨーテリーはノーマルタイプ。ここは紅眞くんの方がいい」
『おう、任せとけ』


白恵が私の手を取り安全なところへ避難させ、璃珀の情報を頼りに紅眞が攻め、緋翠がフォローに回るダブルバトルの体制を取った。碧雅と晶はもしもを踏まえてボールの中で待機してもらう。私の声が届けばいいけど、エスパータイプの緋翠がいるのなら指示を出す思考は読み取れるだろう。だが2匹が緋翠の姿を見た途端、ピタリと動きが止まった。


『……お前はっ……!』
『……あんちゃん……』
『こんな所で会うなんてな……!』


あの2匹は兄弟だったのか。緋翠の姿を捉えると、“あんちゃん”と呼ばれた方のヨーテリーの目がぎらついた。そしてもう1匹のヨーテリーは怯え出し、体が震え、目には涙が浮かんでいた。


『いやだよォ……』
『こんどはどこにオレたちをつれていくつもりだ?』
『何を、言ってるんですか……?私は……』
『お前があの時、オレたちを捕まえなければこんなことにはならなかった!オレだって……コイツだって……!』


緋翠の姿を見たのを皮切りに、彼らは感情が溢れ出して来た。同じギンガ団に囚われていた緋翠がどうして、彼らに恨まれている?


『ぱぱとままはどこなの?どうしたらぼくたち、おうちにかえれるの?』
『……話を聞いてください!私は……!』
『人間に心を売った裏切り者が、オレたちに何を語る!』


ヨーテリーは怒りで頭がいっぱいで、聞く耳を持たなかった。彼の糾弾する声が、洞窟の中を反響して耳に響き渡る。


『……たすけて、あんちゃん』


幼いヨーテリーの目から、涙が一筋零れた。兄のヨーテリーは一歩前に出て、全身で威嚇した。


『お前らに……これ以上振り回されてたまるか!』



その言葉を最後に、兄のヨーテリーの姿が光り出す。擬人化する時の光じゃない。進化の光だ。


「ハーデリアに進化した……!」


様子を観察していたギンガ団も驚愕と若干の喜びの声を上げていた。ヨーテリーのシルエットは光の中でみるみる変わり、光が晴れ立っていたのは、体格が大きくなり、凛とした眼差しを持つハーデリアと呼ばれるポケモンの姿だった。


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