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だが、と晶はひと呼吸おき、ハッキリと告げた。


『それがなんだというんだ』


フィールドに響く晶の声が、私の耳に溶け込んでいく。その声色には負の感情がなく、至極当然だとばかりに言っていた。私がゆっくりと顔を上げ目に入った光景は、晶が真っ直ぐトリデプスを見据えている後ろ姿。ただ先程と違うのは、その背中が酷く頼もしく見えたことだ。


『確かにこれがカイリューやガブリアスの放ったじしんなら、お前は戦闘不能になり、このようにダメージを与えることもできなかったはずだ。もっと早く、確実に倒せたことだろう。……だが、僕の攻撃も確実にお前に効いている』


……そう、だ。確かにトリデプス自身も言っていた、“キツかった”って。晶の攻撃だって、ちゃんと効いているんだ。


『ポケモンバトルはそもそも、相手を倒せば勝ちだ。強力な攻撃で一発で倒そうが、時間をかけ倒そうが、そんなもの勝敗には関係ない』


“彼ら”のような力はなくとも、戦える。一撃で倒そうが、どんなに時間をかけボロボロになって倒そうが、どちらも“勝ち”に変わりはない。


『僕自身の力が足りなくとも……主は、それを咎めはしない。仲間である彼らもそんなことしない。互いの弱みを解し、支え、繋いでいく。そうして勝ち進んできた。今までも……これからもだ』
『!オラのちょうはつが効いてねぇ……?』


晶が体を休ませるように翼が体を包み込み、白い光が晶を包み込む。トリデプスが驚いている間に、はねやすめでメタルバーストのダメージを回復させた。元気になった体には力が十分漲り、翼を力強く羽ばたかせる。


『“仲間にお膳立てされた力”をとくと見せてやる。“追いかける者”の執念を……舐めるなよ』


あ、声が一段階低くなった。明らかに凄んで睨みつけているのが分かる。トリデプスが冷や汗をかいて後ずさったもの。トウガンさんもやっちまったなと頬をかき、「逆効果だったようだな」と苦い表情。


『ところで僕は、少しだけ気にかかった部分がある。“主が変化技を指示するのは、力を信頼していない証拠”?』
「あ、晶……?」
『笑わせるなトリデプス。この主はそんなことを考えるほど賢くない』


あれぇ!?なんかバカにされてるぅ!?カイちゃん「ぷっ」って吹き出してるぅ!?


『こいつはな、会った当初から僕にしつこく付き纏い、擬人化した僕をメスだと勘違いする節穴だ。ポケモンやバトルの知識も乏しく経験不足、しかも行く先々で何かと巻き込まれ、時には自分から巻き込まれに行く。トレーナーにしたくない人物像そのものだ』
『……お、おう。なんか大変だったんだな、お前さん』


あ、あれ。私貶されてばかり。別の意味で涙が出てきた。
そして、と晶はまだ私に対する文句があるのか話を止めることは無い。


『目の前に困っている者がいればいつも手を差し伸べる。傷つく者がいれば癒しを体と心に施す。自分が危険な状況であっても、自分そっちのけで周りを気にかけ、やりすぎのあまり僕たちに叱られる。……そんな主だ』
「トリデプス、あまりチルタリスの独壇場にするなよ?」
『……わかってるだ』


雄弁に語る晶から、はねやすめとは違う光が生じていた。神秘的な光を放つ姿は、まるで……。
トウガンさんもなにか感じとったのか、晶を注視したまま指示を出す。トリデプスも自身の周りに岩を漂わせ、いつでもストーンエッジを発射できるように準備していた。


『主』
「!は、はい!」


不意に話しかけられて思わずどもって返事をしてしまった。晶はそんな私を振り返って見て、小さく笑った。初めて仲間になった日の夜のように、優しく微笑んでいた。


『お前はそれでいい、主』


私にだけ聴こえる様に呟いたのか、小さく囁いたその言葉は、いつか歌ってくれたあの日のように耳に心地よかった。


「放て!」


トリデプスから放たれたストーンエッジが晶に襲いかかる。晶は落ち着いた態度を崩さずトリデプスに向き直り、光を口元に集中させ、神秘的な光を伴った球体を放った。光はストーンエッジを喰らって弾け、流れ星のように弾けた光がフィールドに降り注ぐ。
その光景がとても綺麗で、さながらコンテストのバトルパフォーマンスのような人を魅せつける美しさがそこにあった。


「あら、この状況でムーンフォースを覚えたのね、あの子」
「確かフェアリータイプの技じゃなかったか?」
「そう。はがねタイプには効果いま一つだから、この状況ではあまり好ましくないけどね」
「……でも、この成長は確かに、彼にとって大きな一歩ですよ。だって、」


だって、フェアリータイプの技を使えるドラゴンポケモンは……いない。

それは彼の──チルタリスの、唯一無二の個性だ。
自分を中途半端だとか、弱いとか卑下していたけど、そんなことない。バトル向きじゃないとか、そんなの関係ない。


(何が好きで何が嫌いで、アレがしたいこれがしたいって思えることの何が悪い)


彼は戦うことが好き。互いに強さを高め合うバトルが好き。だから戦いたいんだ。


「晶!高く飛んで距離を作って!」
『……分かった』
「トリデプス、逃すな!ストーンエッジ!」
「りゅうのまいで避けながら飛んで!」


素早さが一段階上昇した上で披露された舞は、トリデプスのスピードではターゲットを絞ることも難しいだろう。おまけにフィールドの天井近くまで飛んでいるから、照明が逆光になって見えにくい。

きっと晶も同じことを考えている。私まで好戦的な笑みを浮かべているのが分かる。だって頬が、口角が、上がっている実感が湧いている。感化されちゃったのか、それともトリデプスのちょうはつが私にも効いているのか。はたまた両方か。

晶が急降下する。私は地面に叩きつけるように、トリデプスに指を突き付けた。


「──じしん!」


先程喰らわせたじしんとは比べ物にならない威力を誇ったじしんが炸裂する。堪らず私や観客席にいるカイちゃんたちも揺れにバランスを崩すほどだ。ジムを壊しかねないその威力は、静かに燃えていた彼の怒りを表すかのよう。
トリデプスも先程と同様、てっぺきで防御力を上げるが揺れに耐えかねて重い巨体が転がり出す。倒れた拍子に砂埃が生じ、重いズシンという音が鳴り響く。


『……これが』


息を切らした晶が結果を見る前に私の方へ戻ってくる。確信しているのか、擬人化の姿に戻った晶が未だにじしんで尻もちを着いていた私を起こし、珍しく汚れを叩いて落としてくれた。


「僕たちのやり方だ」


独りだった彼はもういない。トウガンさんたちに向き直り、そう伝えると同時に審判の号令が上がる。勝者は、私たちだった。


「キャー!晶ったらカッコイー!後でチューしたげるわー!」
「おめっと晶〜!今日はお前がMVPだな!」
「……おめでとうございます、晶」
「……、お疲れ」
「勝った……!みんなありがとう〜!やったね、晶!」
「フ……フフフ……」
「晶……?」


観客席のみんなから祝福の言葉を受けていると、晶が突然不敵に笑いだした。どうしたのかと顔を覗き込むと、今度は勢いよく顔を上げ、高らかに笑い出した。情緒不安定なの?


「ハーッハッハハハ!ざまぁみろトリデプス!僕に喧嘩を売ったお前が悪い!どうだ、自慢の防御力を誇らしげにしながら僕に真っ向から叩き潰された気分は!」
「晶くぅぅぅん!?」


何喧嘩売ってるのぉぉ!?ジム戦終わったばっかりですけどぉぉ!?完全にこっちが悪役だよぉぉ!?


『…………んだな。こりゃ絶対、トレーナーの方が苦労してるに違いないべ』
「ハッハッハ!バトル後間もないというのに元気なチルタリスだな!」


すみませんすみませんと謝る中、トウガンさんは気にしてないと寧ろ大笑いだった。トリデプスからは生あたたかい目で『頑張れな』と声をかけられた。懐が深い……。


「わたしのポケモンたちを倒した実力を認め、このマインバッジを渡そう」
「……ありがとうございます!」


6つ目のバッジを受け取り、これで残るバッジは2個になった。少しづつ埋まっていくバッジケースに感慨深いものを感じながら、観客席で手を振ってくれるみんなに手を振り返した。


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