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一戦目はなんとか勝てた。璃珀をボールに戻し、別の子が入ったモンスターボールを手に取り投げ上げる。

さあ、頑張ろう。公式戦デビューだ!


『ぱんぱかぱーん』
「ほう……敢えて苦手なタイプをぶつけに来るか」


ボールから現れた白恵を見て、トウガンさんが意外だと少し目を見開いた。それもすぐにおさまり、チャレンジャーを見定めるジムリーダーの目に戻る。次にトウガンさんが繰り出したのはレアコイル。今度は最悪の相性だ。


「白恵、始まる前に話したやり方でやってみよう」
『うん。ふぁいとー、おー』
「なにやら企んでいるようだが、そう簡単にいくかな?レアコイル、10まんボルト!」
「っまもる!」


セオリー通りタイプ一致技で攻めてきたレアコイルの雷をまもるのシールドが防ぎきる。ただ、ほっと一息とはいかない。白恵はまだバトルに慣れていないから、私がしっかり指示をしないと。


「白恵、げんしのちから!」
『はーい。むん』


リッシ湖で紫慧が使った時と同様に、ふよふよと浮き上がる太古の岩石がレアコイルを襲う。レアコイルは3つのコイルの頭をそれぞれ回し、ラスターカノンで一つ残らず撃ち落とす。


「もう一度、今度は周りを飛び回りながらげんしのちから!」
『むーん』
「レアコイル、惑わされるな。確実に撃ち落とせ!」


「はがねタイプにはいわ技は効果いまひとつよ?」
「多分、それはユイも分かってると思うぜ」
「ジム戦前に何か思いついた様子でしたが、それを実践されているのではないでしょうか」
「……。博打だね」
「碧雅、何か分かったの?」
「なんとなく」
「何よ勿体ぶらないでお姉さんに教えなさいよ〜!」
「…………。」
「カイちゃんに抱き着かれて目が死んでるな碧雅」
「あの碧雅にも物怖じせず抱き着くとは……」


観客の会話はバトルの騒音で聞こえないけど、何発目かのげんしのちからを放った白恵の体がぶるっと震えだした。


「!そうか、この効果を狙っていたのか」
「……よし、良い調子だよ!白恵!」
『ぼく、ぱわーじょーしょー』


げんしのちからは確率は低いものの、放ったポケモンの全ての能力を向上させる効果がある。白恵の特性は“てんのめぐみ”。技の追加効果が2倍になる効果。
それを加味しても、確率は低いけど……白恵ならきっと発動してくれるという確信があった。だって白恵は、ラッキーボーイだからね!


「ならば上昇した分、下げさせればいい。レアコイル、きんぞくおんだ!」


名前の通り黒板を爪で引っ掻くような、生理的に耳を塞ぎたくなるけたたましい音が耳を襲う。堪らず私も白恵も両耳を塞いでしまった。確かきんぞくおんは、特殊防御力を下げる技。次に10万ボルトやラスターカノンを喰らったら、ダメージはとんでもないことになるだろう。
トウガンさんは能力を上昇させた白恵でそのまま戦わせると思ったみたいだけど、それは半分ハズレだ。
ハガネールの引き起こした砂嵐も止み、これでフィールドも場が整った。やるなら、今だ!ゴーグルを外し、モンスターボールを掲げた。


「白恵、交代しよう。“バトンタッチ”!」
『ばいばーい』


意図が分かり驚いた様子のトウガンさん。ボールに自ら吸い込まれた白恵に労いの言葉をかけ、最後のボールを投げる。
出てきたのは、今回のトリを任せた晶。白いもふもふの翼をはためかせ、やる気は十分だ。


『あとは任せろ、マメ助。よくやった』
「……なるほど。面白いぞ、チャレンジャー!」


「ははーん、ユイはあの子をバッファーとして利用したのね」
「紅眞の言葉がヒントになったのでしょうか。それにしても、全ての能力を上げた状態でのバトンタッチとは……なかなか凶悪ですね。上がれば、の話ですが」
「白恵の運の良さに賭けて、今回は賭けに勝った。毎回そうなるとは限らないけど、案外ユイも本番に強いタイプだし。アイデアは悪くない……かも」
「いいなー晶。俺もアレやりてぇ〜!」


白恵はまだバトルの経験が乏しいし、そもそも元々あまりバトルに積極的じゃない。進化を機に挑もうとはするけど、どこか無理をしているように感じることもあった。だから思い付いたのだ、“誰かの手助けになれる戦い方”を。

白恵の運の良さはこれまでの旅路でお墨付きだし、今回はいけるという確信があった。ただ、毎回運に頼る訳にはいかないから、もうちょっと考えないといけないけどね。


「晶、じしん!」


特防を除いた能力が上昇した状態の晶の放ったじしんは、レアコイルを一発で戦闘不能に運ぶのに十分すぎる威力だった。
トウガンさんは労いの言葉をかけ、レアコイルを静かにボールに戻した。


「まさかこのような戦い方をするとはな。君には驚かされるばかりだ!」
『早く次を出せジムリーダー』
「ちょ、晶……トウガンさんには聞こえないけど言い方!」
「次が最後の一匹。……ここからが本番だ!出でよ、トリデプス!」


トウガンさんの切り札、トリデプス。見るからに防御力が高そうな盾のような顔をしている。名前からもわかる通り、正に“砦”が動けるようになった姿みたいだ。図鑑で調べてみると、ズガイドスと同様シンオウ地方の化石ポケモン、タテトプスの進化系みたいで、確かヒョウタさんもズガイドスを所持していたことを思い出す。あっちが矛ならこっちは盾ってことか。

ふわぁ〜とトリデプスが大きな口を開けて欠伸を零した。


「トリデプス、久々の仕事だ」
『んだなぁ〜……オラ、まだ眠てぇだ』
『フン、呑気なものだな。また一発で仕留めるぞちんちくりん』
「よし……!晶、もう一度じしん!」
「正面から受け止めろ、てっぺきだ!」
『やるけぇ〜』


顔の盾が鉄のように光り輝き、明らかに硬さを増している。晶がじしんを放つが、トリデプスはトウガンさんの指示通り、真っ向から受け止め耐え抜いてきた。やる気のなさそうな口調とは裏腹に発揮される実力は流石切り札と言うべきか。ふわぁ〜とまた欠伸を零し、今度は体全体が光り出す。


「君の作戦は素晴らしかったが、半端な力は却って君自身を追い詰めることになる。メタルバースト!」
『悪く思わねぇでくれべさぁ』
『……!ぐ、っあ!』
「晶!?」


トリデプスから放たれた鉄の粒子が晶に襲いかかった。まではいいものの、急所に入ったのかダメージが随分と深いようで、珍しく既に片足が地面についている。防御力も上がっているはずだけど、一体どうして……。


「メタルバーストとは、受けた攻撃技のダメージを1.5倍にして跳ね返す技だ。生半可な耐久力のポケモンじゃあこの技は滅多に撃てない。きみが知らないのも無理はないだろう」
『でも流石のオラも4倍弱点はいてぇべさ。もうちっと優しくしてくんろ、旦那』
『その割には随分と……余裕じゃないか、トリデプス……!』
『おう。お前さん、ドラゴンタイプのチルタリスだべ?チルタリスといやぁ、どっちかってーとバトル向きじゃねぇ印象だ。いくら能力を上げようが、オラの硬さには敵わねぇべよ』
『……!』
「晶、りゅうのまいで能力を上げよう!」
『ほれ見ろ、トレーナーがまず“変化技”を指示するのは、お前さんの力が足りてない証拠。他のドラゴンポケモンならすぐ攻撃に転じられるのに、お前さんはまず、その為の準備が必要になっちまう』


りゅうのまいを指示したにも関わらず、晶はトリデプスの言葉に耳を貸し動こうとしなかった。トウガンさんが「“ちょうはつ”は程々にしろよ」とトリデプスに注意していたので、これも作戦の一つらしい。
私が宥めるため名前を呼んでも、晶はこちらを向こうとしない。張り付くようにトリデプスを見つめ、トリデプスの言葉の続きを待っていた。


『別にそれを悪いと言ってる訳じゃねぇべが……なんだかなー。お前さんが努力しても能力の差は埋まらねぇのが、可哀想に思えるべ』
『…………。』
『あの子どものトゲチックに手助けしてもらって、バトンタッチで入れ替わってようやくまともに立ち向かえるようになる。レアコイルを一撃で倒せたのはお前さん自身の力じゃねぇ』


トリデプスの言葉はナイフのように深く鋭く、私にも刃を向けてくる。思い返せば私は晶に指示を出す時は、確かにりゅうのまいといった変化技を中心にしていたから。私も無意識のうちに、トリデプスの言葉のように思ってしまっていたのかもしれないと、罪の意識が芽生えていた。


『仲間にお膳立てされた力で得る勝利は嬉しいか?』
「!」


……恐らくこれは、トリデプスの本心じゃない。ちょうはつの一つだ。だけど、私も心に刺さるこの言葉を受け止めた晶は、どうなってしまう?
恐る恐る、晶の方を見た。後ろからでは彼がどんな表情をしているのか、分からなかった。


『……言いたいことはそれだけか、トリデプス』


今まで黙ってトリデプスのちょうはつを聞いていた晶が、口を開いた。ゆっくり体を起こし、翼をしまう。観客席にいた碧雅たちも口を挟むことなく晶の言葉の続きを待っていた。カイちゃんも明るい一面は鳴りを潜め、待っていた。紅眞が晶を気にかけて叫びながら声をかける。晶は観客席を一瞥しそのままトリデプスに向き直った。


『確かに僕は、ドラゴンタイプの中では弱い。それは認めよう』


晶の声のトーンは不思議と落ち着いていた。初めて会った時のように怒り狂うかと思ったけど、努めて冷静で、彼らしくなかった。
そして初めて彼が自分を“弱い”と表現したことに、私は息を飲んだ。


『……チルタリスは、カイリューやガブリアスのような攻撃力は持っていない。ボーマンダのように両刀優れている訳でもなければ、サザンドラのような特殊攻撃力もない。ヌメルゴンのような耐久力もない』


次々と出てくるポケモンたちは、彼のコンプレックスを刺激し続けていた者たちだったことを理解するのに時間は要らなかった。全てに対して“無い”と否定するその後ろ姿が、寂しかった。


『ジャラランガのようなポテンシャルの高さもなければ、ドラパルトのように素早くもない。セグレイブのように強力な特性もない。……何もかも、中途半端だ』


ずっと彼は、自分をそう思っていたんだ。初めて彼の本当の気持ちを垣間見た気がした。普段の強気な口調は、意地っ張りな態度は、心の奥底を見させない隠れ蓑の意味も含まれていたのかもしれないと、ふと感じた。


『僕が弱かったから、前のトレーナーに見限られ捨てられた。今までのがむしゃらに立ち向かう戦い方ではダメなのだと気づき、新たな戦い方をあの場所で模索した。でも、それでも“彼ら”には追いつけない。……そんなことは分かってる』


晶の補助技を使うスタイルは、独りになって生み出したものだったんだ。りゅうのまいはともかく、しろいきりを活用した奇襲戦法は確かにオリジナリティを感じさせたものだったけど……。
ひたむきに努力を重ねた場面が思い起こされて、私は堪らず目線を下げて顔に手を当て、目から湧き出る感情の波を抑える。

独りでどれだけ努力してたのか、どれだけの年月を費やしたのか。あの壊したモンスターボールのボロボロ具合も合わさって、晶の当時の気持ちを考えてしまって、私の心はもうぐちゃぐちゃだった。


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