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時はあれから2時間ほど経った頃。私はミオシティのジムの中にいた。カイちゃんが「それじゃ早速行きましょ!善は急げよ!」と私を引っ張ってジムまで連行……連れていってくれたのだ。“善は急げ”って、晶も前に同じことを言っていたな。見えない繋がりが垣間見えて、小さく笑みが零れたのは内緒だ。
今日はジムもフリーだったらしく、あれやこれやと手続きが進み、ジムリーダーの用意ができるまで控え室で待機することになった。
みんなをボールから出して今のうちに作戦会議だ。
「前に話した通り、今回は相性が有利な紅眞と璃珀。後は晶をメンバーにして挑もうと思うんだけど──」
「ユイちゃん」
話している途中、白恵が割り込んだ。その2色の目は相変わらず不思議な色を称えているが、内には秘めたる気持ちが芽生えていた。
「ぼく、おいのりもしたいけど。みんなのおてつだい、もっとしたい」
「……出たい、ってこと?」
初めてのバトルに多少恐怖があるのか、ぎこちなく、機械のようにゆっくり頷く。まだ白恵は進化してから……いや、トゲピーの頃からバトルは行ったことがない。ぶっつけ本番の、しかもジム戦でバトルデビューさせるのは、本人が希望しているとはいえ、酷じゃないだろうか。
私が迷っているのを白恵も察したようで、徐々に顔を下げ始めてしまった時、そのフワフワの頭を覆う大きな手。
「いいんじゃね?なら今回は俺がパスするわ」
「……こーちゃん」
紅眞が白恵の頭を撫でて、自分が棄権すると言い出した。白恵を見つめる眼差しはバシャーモに進化したことで更に落ち着きが増し、大人っぽく見える。
「ノモセジムで勝てたのも、白恵のラッキーアイテムのおかげってのもあるしな。あの時のお礼……ってわけじゃねぇけど、やる気があるならそれを尊重してやろうぜ」
「思えば紅眞はトバリジムにも出ていましたからね。たまには客観的にバトルを眺めるのも良い経験になるかと思いますが」
「ふーん、いいんだ?相性バッチリだし、どれだけ自分の力が増したのか自覚できる絶好のチャンスなのに」
「そう言われるとちょっと惹かれちまうけどさ……他にも戦うチャンスはあるじゃん!それに白恵はウチの最年少だろ?こういうおねだりくらい聞いてなんぼだろ」
今までは自分の意志のまま進む、直情タイプだと思っていたけど、成長したことで周りにも目を向けられるようになってきた。元々心根はカラッとした爽やかな子だし、優しいのは知っている。だけど、ちょっとした行動や言動に精神の成長を感じさせたのだ。
白恵が紅眞の服の袖を引っ張る。譲られると思って無かったのか、目を少し丸くさせてたどたどしくお礼を伝える白恵を見て、紅眞は明るく笑って豪快に頭を撫でた。
「そのラッキーパワーで、みんなを助けてやってくれよな!」
……みんなを、……助ける……。
(……あ、!)
ぐしゃぐしゃに髪を乱されながらも撫でられ続ける白恵見て、ピンと閃いた。
◇◆◇
「ほう!それはクロガネのジムバッジ」
ジムリーダーのトウガンさんは北国であるシンオウ地方で過ごす格好にしては薄着の白いノースリーブと、使い古された黒褐色のマントを羽織ったマキシさんとはまた違う豪快さを感じさせる人物だった。マキシさんはプロレスラーだから見るからにムキムキだったけど、トウガンさんも炭鉱で鍛えられた引き締まった体格をしている。
今までの軌跡の証のバッジを見せると、コールバッジを見つけたトウガンの目が輝いた。話を聞く限り、どうやらヒョウタさんはトウガンさんの実の息子らしい。親子でジムリーダー、しかもどちらも炭鉱関連の仕事を務めている。親子だなぁと感じる。
「息子のヒョウタに代わって、このトウガンが相手をしてくれようぞ」
「よ、よろしくお願いします!」
審判の号令にて、6回目のジム戦が幕を開けた。互いに繰り出すポケモンは3体ずつ。交代はチャレンジャーのみ可能。そして何故か審判からゴーゴーグルというゴーグルを渡された。
ちなみにノモセジムの観戦が楽しかったのか、出場メンバー以外は観客席でバトルの観戦に回っていた。何故かカイちゃんも一緒に、碧雅たちにあーだこーだと一方的なマシンガントークを繰り広げてる。
「唸れ、ハガネール!」
「璃珀、お願い」
トウガンさんの先発はハガネール。全身が鋼の体を持つ、見るからに高い防御力が持ち味のポケモンだ。そしてギャラドスに負けず劣らずの厳つい大きいお顔。どちらかというとハガネールの方が怖いかもしれない、個人的に。
はがねタイプの技はみずタイプには効果いまひとつだから、安全策をとって璃珀を初手に持ってきたけど、これはいい風が吹いているかも。
「あら、あのパツキン色違いのミロカロスだったの?ホウエンにいた頃を思い出すわねぇ〜」
「ミロカロスに何か思い入れが?」
「さっき話したでしょ?ホウエン地方の最後のジムにだけどうやっても勝てなかったって。それが切り札のミロカロスだったのよ」
「みずタイプを扱うジムは確か、ルネシティ……じゃなかった?」
「よく知ってるじゃない!そうなのよ、水のアーティスト、ミクリ様!アタシは彼に何回も会えたからあの時はそこまで辛くなかったのよね〜。寧ろハクリューだった頃のアタシを褒めてくれてサイコーだったわ!」
「お前……ユイの応援するのか話したいだけなのかどっちなんだよ」
「どっちもよ。久々に誰かとお喋りできるのが楽しくて。でもちゃんとユイのジム戦も応援するわよ〜!頑張んなさいよね〜!」
カイちゃん……多分、一度話し出すとずっと口が止まらないタイプだ。声が大きくてフィールド全体に応援が響き渡って恥ずかしい。ガハハハとトウガンさんが口を大きく開けて笑うので、余計に恥ずかしい。璃珀も堪えつつ笑ってるし。
「元気な応援だな、こちらも負けてはいられんぞ!ハガネール、じしんだ!」
「ハイドロポンプを真下に放って!」
『了解した』
鋼の尾が高く振り上げられ、地面に落とされると同時にハイドロポンプの勢いを利用し空中へ避難した。そのおかげでじしんを喰らうことはなかったけど、流石ジムリーダーのポケモンだ。避けられたにも関わらず全く動じていない。続けてねっとうを放つが、ハガネールのラスターカノンと相殺されてしまう。
トウガンさんは「一つ講義をしてやろう」と手に持っていたスコップを地面に突き刺した。
「はがねタイプの持ち味は、高い防御力とタイプ耐性の多さにある。そしてもう一つ、ある特色があるのだが……チャレンジャー、何か分かるかな?」
「えぇと……素早さの遅いポケモンが多い、ですか?」
「うむ、それもある。だが今回は違うな。答えは……身をもって教えてやろう、ハガネール!」
トウガンさんが指示を出すと同時に、ハガネールが身体全体を使って回転しフィールドの地面を削り、砂を巻き込んだ嵐が巻き起こる。ハガネールが回転を止めても嵐は止むことがなかった。これは……。
『“すなあらし”だね。しばらくの間、フィールドに砂嵐を起こさせる天候技だ』
事前に手渡されたゴーグルを装着する。おかげで私の目はどうにか守られるけど、ポケモンはそうはいかない。璃珀も砂が目に入り、視界が遮られないように守っているけど、体全体に砂が当たってしまう。じわじわと体力を削られるのに対して、ハガネールは平然としている。……もしかしてこれが、もう一つの特色ってやつ?
私の考えを読んだのか、トウガンさんは「その通り」と大きくうなづいた。
「はがねタイプのポケモンは“すなあらし”の天候であってもダメージを負うことがない。更にハガネールはじめんタイプも持っていることも合わさり、特殊攻撃に耐性が増すのさ」
「……じゃあ、璃珀のみず技はほぼ特殊攻撃だから、威力が抑えられちゃう?」
『そういうことだね。ひとつの技でここまで優位に運び込ませるとは大したものだ』
感嘆の息が出た。天候技は今まで使うことがなかったけど、こんな使い方があるなんて。思わずこちらが呆然とするほど技の使い方が上手い。
璃珀の得意とすることは相手に弱体効果を与え、じわじわと逃げ場をなくしつつ確実に仕留める長期戦だけど、定数ダメージが加わるとなると話は変わってくる。じこさいせいで回復しても、ハガネールから受ける技とすなあらしのダメージで、回復が間に合わなくなる可能性があるからだ。
デフォルトでしんぴのしずくを持っているから、みず技の威力が少し上がってるとはいえ……ハガネールの耐久力の方が上かもしれない。
それなら……!
「威力を重視して、ハイドロポンプ!」
動きが鈍いハガネールにハイドロポンプは見事命中する。けれどまだ体力に余裕があるようで、先程外したじしんを繰り出す。
『ぐ、ぅ……!』
「璃珀!」
じしんはじめんタイプの中でも安定した威力と命中を誇る技。じこさいせいで回復を謀るけど、回復回数にも限りがあるし、このままではジリ貧だ。
「……ちょっと可哀想だけど、しっぽを狙ってねっとう!」
『……。OKご主人、なんとなく意図は分かった』
すなあらしで視界が悪くなったフィールドは避けることが難しく、まだ体格的が小さいに璃珀の方が動けるようだ。当たらないよう体を旋回させるハガネールにねっとうを見事狙い通りの箇所に当てると、ハガネールの苦しそうな雄叫びが耳をつんざく。
「……火傷を負ったか。ハガネール、こおりのキバで尾を冷やせ!」
ハガネールが輪を描くようにしっぽに顔を向ける。これはチャンス!
「これでフィニッシュ、とどめのハイドロポンプ!」
『さよならだ』
首の後ろに激流が直撃し、ハガネールはのたうち回って重音を立てて倒れた。
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