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「あの頃からアタシたちの前の仲間だった子は徐々に放たれていってたの。まあ、元の住処に返してあげたり、他のトレーナーに譲渡したりとまだマシだったんだけどね。フカマルと晶を入れ替える形で捕まえた後は……タガが外れたみたいになっちゃって。アタシも進化強要されるわ、トレーニングは過酷になるわ、バトルに勝てなかったらその時点でサヨナラ!なんてのもザラよザラ!」


もーやってらんないわ!とコーヒーをお酒を飲むようにガブガブと飲み込むカイちゃんとは裏腹に、私はどこを見るわけでもなく、ただ目の前のカップを眺めているだけだった。
私は一体、彼になんて言葉をかければいいんだろう。私もトレーナーさんと同じ人間、だからこそ本人たちの意にそぐわない行いを強制されている境遇に罪悪感が芽生えた。
ギンガ団やポケモンハンターのような倫理的に“悪”と分類される組織に属していないのに、やってることはそれに近い。そんな人間もいることに同じ人間として申し訳なかった。

自然と拳の形を作っていた手にぎゅっと力が入る。するとむに、と頬を摘まれた。前を向くとあらモチモチとカイちゃんが私の頬を引っ張っている。


「アナタが責任を感じることじゃないわ。着いていくのを決めているのは主じゃなくてアタシたち。女の子がそんな酷い顔しちゃやーよ。女の一番の化粧は笑顔なんだから」


そう言って私の頬を弧を描くように指で優しくなぞるカイちゃんの手の温かさにうっかり涙が出そうになった。柔らかく微笑んでくれるその姿は、見た目は男の人だけど、纏う雰囲気は女性特有の優しいものだった。


「それにね、意外と進化後の姿も気に入ってるのよ。確かに進化したことで強くはなれたし、カイリューも案外愛嬌ある顔してるから見慣れると可愛いし……何より原型に戻っても両腕があるからみんなを抱き締められるしね!」
「だからといって何故僕に抱きつく」
「だって〜、久々に会えたんだもの〜!」


ハートマークが着く勢いで抱き着くカイちゃんを鬱陶しそうに扱う晶だけど、最終的には諦めてそのままにしている辺り晶も再会できた嬉しさがあるんじゃないかな。


「……一つ気になってるんだけど。お前がここにいるってことは、そのトレーナーもここにいるってことでしょ?トレーナー放っといていい訳」


不意に碧雅がカイちゃんに疑問を投げかける。確かにそうだ。現手持ちであるカイちゃんがいるのなら、トレーナーさんも近くにいるのは想像にかたくない。カイちゃんは晶を抱き締めたままそうそうと事情を説明し始めた。


「主、今鋼鉄島でトレーニングしてるの。アタシはレベルも十分だろうってことで珍しくオフなのよねー。多分回復薬持ってこさせるために待機させてるんだと思うけど」
「あぁ……確かに、鋼鉄島はPCが無いからね」
「ただ少し……気になるのよね」
「何か腑に落ちないことがおありですか?」


えぇ、とカイちゃんは表情を曇らせた。


「数日前かしら、誰かと電話で話していたみたいなのよね。内容は聞き取れなかったけど……“テスト”とか、“強化”とか、そんなワードを話していた気がするわ」


確かに、ちょっと気になるかも。でも要は、トレーナーさんは今ミオシティにはいないということだ。ジム戦を行って、図書館で調べ物を済ませたあとどうするかは……彼次第だ。

カイちゃんから離れた晶は私の前で意を決したように息を吸い込んだ。


「……僕は、鋼鉄島に行きたい」


晶の黒い瞳が私を捉える。続きは言われずとも分かっていた。きっと彼ならそう言うと思った。負けず嫌いの頑固者。約束したもんね、前とは違う、強くなった自分を見せつけてやるって。
それに私も、彼には同じポケモントレーナーとして、一言物申してやりたい。


「……うん、行こう!」


みんなに確認を取らずとも考えることは同じようで、カイちゃんも「良い仲間に会えたじゃない」と微笑ましく私たちを……晶を見守っていた。


「鋼鉄島に行くにはジムリーダーの許可がいるの。だから必然的にミオジムに挑むことになるわね」
「丁度いいじゃん!サクッと倒してサクッと図書館寄って鋼鉄島に行こうぜ!」
「あのね、僕たちのパーティー半数が相性不利なの分かってる?」
「カチカチはぼくにがてー、だよね?じゃーおいのりする」
「まぁまぁ。ノモセシティのようなハンデがある訳じゃないし、今回は順当に有利なメンバーで戦って勝とうじゃないか」
「僕が単独で挑んでもいいんだがな」
「貴方は何を紅眞と張り合ってるんですか」
「よしそれじゃ……作戦会議、スタート!」


さぁまずは、立ちはだかる鋼の壁を乗り越えなきゃ。




◇◆◇




シンオウ地方と隔絶された、かつては鉱山として使われた形跡が残る鋼鉄島深部。
現在は修行場として使われており、様々なトレーナーが蔓延る場所なのだが、今は数人の人影のみが佇んでいる。


「ハイドロポンプ!」


静寂な洞窟に男の声が響く。放たれた激流が野生のポケモンのハガネールを狙撃し、鈍音を立てて力無く倒れる。男は一撃で仕留めたその威力を生で目撃し、呆然としていた。


「……す、すごい。……なんだコイツらは……!?本当に、コレを使っていいのか?」
「えぇ。だからこそアナタをお呼びしたのです。次はアナタの手持ちと戦わせ、実戦データを取りたいのですがよろしいですか?」
「あぁ、勿論。コイツらにもきっといい特訓になる」


一人、それを端から眺めている黒い影がいた。黒い外套から除く金色の瞳が暗い輝きを伴い、下にいる男たちを見下ろす。


(濁った目をしてやがる)


比喩ではなかった。自分がこの先どうなるかを分かっていない、察しようともしない。いや、彼のポケモンは察しているかもしれないが、肝心の主が力に溺れ天狗になっている。彼らの声は右から左へ流れ届かない。あれは駄目だ。少年はクスリと嘲笑うように口元を歪ませた。


(ご愁傷さま、ってな)


意気揚々と手持ちを繰り出す男の傍らに佇む団員に視線を配り、団員も承諾し頭を下げた。それを見届けた後踵を返し出口へ向かう。後ろから鳴り響く覇音と揺れる地面が実戦の凄まじさを物語っていた。


「すごい、凄い!コイツらを仲間に入れれば、俺は更に強くなれる!」


男の歓喜に満ちた声が洞窟の道中にまで木霊し響き渡る。自分の力じゃねぇだろアホと少年は心の中で毒づくが、それを拾うものは誰もいない。
陽の光が入らない洞窟内は懐中電灯で進むには少々心許ないため、少年は自分の手から光を発していた。その光の方が確実に、明確に光が強い。ま、片手でフラッシュを発動し、もう片方の手でタブレットを弄り、コツコツと音を立てながら出口に進んでいく。明らかに隙だらけの彼に挑もうとする野生ポケモンはいなかった。


(んーと、次の予定…………、)


ピタリ、足を止めた。タブレットに書かれている内容をもう一度注視する。マジか、と思わず言葉が漏れた。


(そういや、前にジジィが言ってたな)


気持ち悪く笑う科学者を思い浮かべてしまい、顔を顰めて悪態をつきながら一瞬頭に過ぎったのは、あの光景。自分に対して怒りを向ける、湖のポケモンたち。その中でも果敢に自分に立ち向かった、一匹の老齢の青龍。

舌で唇を舐めあの時味わった味を思い出す。


「だぁから、湖を守るなんて無駄なことしなきゃ良かったのになぁ」


少年は一人仰々しく呟く。あの時“見えた”光景が、現実になろうとしているその瞬間を思い浮かべ、ほくそ笑むのだった。


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