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船旅を終え到着したミオシティは隠れた名所として知られているとおり、見事な景色が広がっていた。薄紫色のレンガ道と青色の民家、街のシンボルに近い運河、その運河を渡る跳ね橋。港町らしい要素を備えつつ落ち着きとある種の上品さを併せ持つ街並みはこれまで訪れた街とはまた違う魅力があった。


(綺麗な街だなぁ)


純粋にそんな感想を思い浮かべて、もう1つの事実を噛み締める。ここで晶は、自分が捨てられた事を知ったんだ。そんな晶はというと意外と平然としていて、擬人化を取ったまま街並みを見渡していた。前回来た時はポケモンの姿で、身を隠して動いていたらしいから、改めて街並みを眺めているんだろう。
本人の申告があるまではいいだろうと思い、気休め程度に全員をボールから出した。


「うお、すげー!街が運河で真っ二つ!」
「ミオシティなら姉さんもきっと気に入るんだろうなぁ。……ここまでは遠いけど」
「私たちが現在いる地点は民家が多いようですね。PCもあるらしいので、ひとまず今晩の宿確保してから動くのが懸命かと思います」
「図書館とジムは橋を渡った先、ってことね」
「はとばのやど、だって。これなーに?」
「“波止場の宿”だね。民宿かな?」


民宿とかあるんだ。せっかくなら行ってみたいかも。ということで向かったはいいものの、とてもじゃないけど営業している様子のない廃れた建物だったのですごすごとPCに向かい部屋を確保する。港町ということもあってか、キャモメやぺリッパーといったカモメに近いポケモンが飛び回っていて、時々運河を渡ってくる船を見てその大きさに圧倒されたりと新鮮な時間を過ごすことが出来た。

さて宿も確保できたし、目的である図書館とジムに向かおうと橋を渡ろうとしたところ、跳ね橋はちょうど上がっているところで向こう側に渡れなかった。


「ありゃ、タイミング悪かったかな」
「どうするユイ、一度PCに戻るか?」
「うーん……」
「あらお嬢さん、観光の子?」


独り言で呟いた言葉を拾ってくれた声が、やけに喋り方の割に低い声をしていると感じた。声のした方を向くと、そこにいたのはオレンジの髪に緑色の目をした、背の高いスラリとした男の人。


「橋ならあと数分で降ろされるわよ。向こうに何か用事でもあるのかしら?」
「あ、えっと……図書館とジムに行きたくて」
「あら、そーなの?ってことはジム戦前に対策の調べ物ってところかしら……──」


突如固まった綺麗な人。喋り方から察するに、俗に言うオネエさんってやつだ。大丈夫ですかと尋ねると、突然街中で「キャー!!」と甲高い声で叫び出した。


「何この子たち!アタシのストライクポイントを的確に突いてくるわね!」
「…………はい?」
「おにーちゃん、おねーちゃんみたい」
「そうよボク、アタシは“お姉さん”なの。……ああぁんこの子も将来有望ねぇー!」
「あのー、俺たち先を急ぐんだけど」
「あらやだアナタ足長い!ていうかどっかで見たことある顔してるわね?!……やぁんますます良いじゃない〜!」


紅眞の足をバシバシ叩き、顔を凝視する。一人で興奮してるこの人はなんなんだ。
続けて目に入れたのは晶だったんだけど、晶の顔を見た途端オネエさんから小さく息を飲む音がした。徐々に近づき、晶の顔を様々な角度から確認するように見渡す。はたから見たら不審者みたいなんだけど、オネエさん。


「……っ、おい。そうやって僕の顔をジロジロ見るな変質者!」
「その声!……アナタやっぱり、チルット?」


チルットと呼ばれた瞬間晶の顔が強ばった。確信したのかオネエさんは目に涙を浮かべ、顔を歪ませて「チルットー!」と抱き着いた。私たちはもう何がなにやら分からなくて、全員オネエさんと晶から一歩離れた距離を保っていた。何となく目に入った橋はいつの間にか降りていた。


「……!お前もしかして……ハクリューか?」


抱き着かれて固まっていた晶が思い出したようにオネエさんの正体を告げる。晶って友達いたんだ、なんて失礼なことを思ってしまった。


「今はカイリューよ!久しぶりね、チルット」


オネエさん……もといカイリューさんはニッコリと晶に笑いかけ、再びギューッと抱きしめ始めたので晶がいい加減にしろと怒鳴るのであった。




◇◆◇




「……そう。アナタがあの子を拾ってくれたのね」


積もる話もあるだろうとカイリューさんも連れてPCの宿泊部屋へ戻ることになった。リビングのソファでコーヒーを嗜みながらこれまでの経緯をざっくりと伝える。カイちゃん(カイちゃんって呼んでとウィンクされた)は眉を下げながら私を見つめ、あの時の出来事を振り返っているようだった。

話から分かったのは、カイちゃんは晶を捨てたトレーナーさんの現手持ちであるということ。蛙の子は蛙って訳では無いのか、カイちゃんは寧ろ晶の身を案じていた側の存在らしかった。


「ゴメンなさいね。あの時アタシ運悪く風邪を引いていて、その日は付き添ってなかったの。後で知ったわ、主があの子をボールを残したまま放ったって。……アナタがあの子を拾ってくれてよかった。お礼を言わせてもらうわ」
「い、いえ!着いてきてくれることを選んだのは晶ですから」
「……カイリュー。お前は何故進化している?」


お礼を言われるとは思わず、手をアタフタと振っていると壁に身を寄せていた晶が眉間に皺を寄せてカイちゃんに尋ねる。聞かれると予感していたのかカイちゃんは眉を垂らしたまま何も言わない。そういえば再会した時も晶はカイちゃんのことをハクリューと呼んでいたし、まさか……。


「お前、ハクリューのままでいたいと言っていただろう。なのに何故……」


──やっぱり、そうなんだ。自然とカイちゃんに視線が集まる中、カイちゃんは諦めたように口元を緩める。


「そう。アタシは神秘的なハクリューのままでいたかった。でもね、主がそれを許さなかったの」
「……それって」
「アナタもチル……晶から事情は聞いてるでしょ?主は“強いポケモン”を求めていたから、進化しないって選択肢は無かったの。“進化を拒むなら出ていけ”って言われたから、仕方なしに進化したのよ」
「そんな……!」


ポケモンの進化……未来は彼ら自身が決めるべきじゃないの?どうしてただ彼らのトレーナーであるからという理由で、身勝手な理由で決めつけるの?


「アタシは晶を捨てた主が許せなかった。だから本当は晶と同じようにアタシも放たれようと思ったの。……でも、やっぱり長年いると情が移るものね。あのままの主を放ってもおけなかった」


伏し目がちに語られる内容は、晶が話してくれた内容と似ていた。前のトレーナーさんはただみんなとバトルに勝ちたくて、時には自分も特訓に混ざっていたくらいやんちゃだった。勝ち負け関係ない、ただ勝負を楽しむ、純粋な気持ち。

ミニリュウだったカイちゃんは最初のパートナーだったらしい。そこで、ホウエン地方を旅してチルットだった晶を仲間に入れた。

私たちと同じようにジムを巡り、勝って、仲間を増やして。そしてある時、壁にぶち当たった。


「アタシたちは最後のバッジのジムだけどうしても勝てなかった。相性は有利なんだけど、あとちょっとのところでいつも負けてしまう。……そこで強いポケモンがいるという噂を聞き捕まえたのが、流星の滝のボーマンダ。今思うとよく捕まえられたわね。運良く捕まえられたそのポケモンを使って戦ったら、なんと圧勝したの。そこからかもね、主が強さに取り憑かれるようになったのは」


“こいつも、こいつも!ボーマンダの足元にも及ばないじゃないか!”

“なんだよ。チルットも大して強くねぇじゃん”

“もっと強いポケモンが欲しい。そうしたら俺は……もっと強くなれる!チャンピオンにだってなれる!”


「主はそこから自分の追い求める強い仲間を揃えるため、シンオウ地方へ向かったの。……それが、晶を放った原因でもあったんだけど」
「フカマル……ですか」


カイちゃんは眉を垂らしたまま無言で笑った。それは肯定と同義だった。フカマルの話は、晶自身から話を聞いたからよく覚えている。


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