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「…………ん、」


目を覚ますと、そこはジェイドさんといた教会のようだった。「気づかれましたか」と緋翠が上から顔を覗かせる。どうやらあのまま眠ってしまったらしい私は緋翠に運ばれてここに来たみたい。長椅子に横になり、風邪をひかないように緋翠の上着が掛けられていた。お礼を伝えて起き上がる。


「申し訳ございませんでした。本当はPCの部屋に運ぼうかと思ったのですが……その……」
「……?あれ、緋翠。……背が、伸びた?」


何やら言いにくそうにしている部分は別に構わないとして、それより気になるのは緋翠の外見の変化だった。あと暗くて分かりにくかったけど、着ている服も、顔立ちも変わっていて、全体的に大人っぽくなったような……?
緋翠が私が不思議そうに自分を見つめていることに気づいたのか、姿勢を整え緋翠の体が原型に戻る。


「……あ!」


光が納まった時、そこに立っていたのは少女のようなキルリアではなかった。
白く長いドレスを着ているような風貌。細くしなやかな足がレースから覗き見え、緑の髪のような部分は大人の女性らしさを感じさせる。キルリア時にあった赤い髪飾りのような部分は今度は胸もとに移動したようだ。

胸元に手を当て恭しく私に一礼を行うその姿は、紛れもないほうようポケモン、サーナイトだった。


「進化、したんだね」
『はい。マスターが気付かせてくれたおかげです』


おめでとうと言葉を送ると同時に、緋翠の言葉の意味が分からず頭にクエスチョンマークが浮かぶ。サーナイトに進化しさらに落ち着きが増した緋翠が擬人化を取り、話し出す。


「私はずっと、“本当の主”を探していたんです」


答えが見つかったような表情で口元を綻ばせていた。目の前のモヤモヤとした霧が晴れたようだった。自分の胸元に手を当て、目を伏せながら緋翠は自身の心境を語る。


「今まで私は自分の気持ちに気づいていながら、気付かないように蓋をしていました。それこそエムリットが話した“枷”のように。私はその人を見定めず、“マスター”というカテゴリーに入れることで、どのような扱いをされても、倫理にそぐわぬ振る舞いをしていても、それが“マスターの望むこと”、“マスターの為である”と……そう、思い込んでいたのだと思います 」
(それはある種、現実逃避に近いんじゃ?)


でも、そう思わないとやっていられないほど、辛いものがあったのだとすれば……。彼は自分の心に嘘をついてまで、出会った人間を“マスター”と慕うようにして、安寧を守っていたんだ。

エムリットは感情の神だとナナカマド博士から教わった。エムリットは緋翠の心を見通して、本当の望み……気持ちのままに行動できるよう、手助けをしてくれたのかな。


“君の心の赴くままに生きなさい”


その言葉を暗示のようにかけて、少しずつ彼の心に浸透していかせる。“雨垂れ石を穿つ”の言葉のように、徐々に彼の本当の思いが顔を出してきたんだ。
そして緋翠は自分の意志で、“私”をトレーナーとして選んでくれた。……自惚れかもしれないけど、そう思って良いだろうか。


「……私はあの後、恐らくユクシーの元に運ばれたのでしょう。先程見せた記憶を消すために。そして“自分がテレポートで戻りの洞窟に移動した”のだと思い込まされていた」
「ユクシー?」
「エイチ湖に眠る“知識の神”と呼ばれるポケモンです。碧雅なら詳しいのではないでしょうか。あそこはシンオウ地方の中でも特に寒冷な場所ですから」


シンジ湖、リッシ湖、エイチ湖。シンオウは神聖な湖が多いんだな。そういえば碧雅、最初に仲間になる前に「帰るのも悪くないけど」って言ってたし、昔はそこに住んでたのかなぁ。

ステンドグラスの幻想的な光が教会の床を照らす。月の光に照らされるその神秘的な輝きは、心を落ち着かせ感傷的な気持ちにさせてくれる。
メインシンボルであるステンドグラスを眺めていると、緋翠に後ろから名前を呼ばれた。振り向くと緋翠はサーナイトの姿に戻り跪いた姿勢をとっていて、ドレスのようなレースが床に白い花を咲かせていた。


『数刻前に申し上げた無礼な発言を、撤回させてください。私はずっと、“彼のように”心の底から仕えたいと思う方を探していました。貴女は最初に出会った時から分け隔てなく私を助け、私がギンガ団の実験体であると知っても、お傍に置いてくださいました』


顔を上げることなく、伏せたまま言葉を続ける。夜の教会という日常とかけ離れた場面だからか、今生の誓い


『自らの感情に気付くことも出来なかった愚か者でもあり、秀でた“何か”を持っている訳でもありません。……ですが私の、マスターをお守りしたいという気持ちだけは、本当です。どうか、これからも貴女の前に佇む障壁を阻む盾とさせてください』


敢えて擬人化の姿でなくサーナイトの姿で忠義を誓うのは、彼の覚悟の現れなのかもしれない。思えばポケモンの姿でこのように畏まった姿勢を取るのを見るのは初めてだと気づいた。


(自分の力を謙虚に語るけど、とんでもない。私たちはこれまで、その守る力にどれだけ助けられたのか)


答えはとうに決まっている。私は彼の前に手を差し伸べて、目元を綻ばせる。言葉に出さなくても行動で緋翠は意図を理解してくれた。私と同じように、目を細めた。


「……お慕いしております、ユイ様」


急に擬人化した、と思った瞬間。掌を向けて差し出した手は緋翠によって手の甲を差し出す形に向きを変えられた。

──温かく柔らかな感触が一瞬、手の甲を通じて感じた。


「…………へ、」
「では、帰りましょうマスター」
「あれ、あの、グイグイと私の手を引っ張ってますけど」


先程の空気はどこへやら。緋翠のニコニコ顔にどこか黒いオーラを感じるのは気のせいだろうか。まるでやらかした晶を諌める時と似たようなものを感じる。
「ええ、だって」と緋翠は表面上は穏やかに笑い教会のドアを開ける。


「まだ私、マスターの夜間の無断外出を“許す”とは一言も言っていませんから」
「…………ご、ごめんなさい」
「いいえ、許しません。なのでPCまで帰るまでこのままです」
「えっ!?……あの、一人で歩けるけど」
「ええそうですね、ダメです」


だ、ダメ!?文脈おかしくない!?進化したことで前より言いたいことを言えるようになったはいいけど……ちょっと色々厳しくなるんじゃない、私?


(でも、まぁ……)


先程の小さな熱を持った手を見つめ、緋翠に手を引かれながら一人小さく笑う。
今まで心配をかけさせて我慢させた分、これくらいは受け入れてあげようか、と。


(そういえば結局、最後に聞こえた“アリアさま”の声はなんだったんだろう?)


ふと思い出したけれど、いつの間にか夜が明け始めていることに気づき慌てて駆け出したため、その疑問は記憶の波に飲まれてしまうのであった。


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