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えっ、と思わず困惑の声が漏れる。
ワインレッドの赤い目が私を捉える。その目は何かを見定めているように、視線が絡み付く。


「ゴースの群れを追いかけて来たのなら分かります。彼らは魂の安らぎを求めに来たのだから。……ですが貴方は先程、確かに“聞こえた”と言っていた。何故ですか?」
「な、何故って……」
「何故、貴方のようなただの人間が、聞き取れたのです?」


彼の目はだんだん大きく開いて、瞳孔が開いているんじゃないかと思わせるくらい、私をハッキリと捉えてそらすことを許さない。明らかに様子の変わった彼に、背筋が震え、咄嗟に後ろに後ずさる。
おいおい、先程までの彼はどうした。


「はい、そこまでだ」


空気を変えるように手を叩き、私に害が及ばないようさりげなく私を背後に誘導する。璃珀は肩を竦めて、私の頭をいつものように撫でてくれる。


「ジェントルマンなら、女の子を怯えさせちゃいけないよ」
「…………。」


ジェイドさんは確かに、と演奏者らしい細長い指を顎に当て、私をもう一度見た。


「……失礼いたしました。たまにいらっしゃるんです。直感が鋭くオレの張った膜を潜り抜け、辿り着いてしまう人間離れが。貴方もそういうものなのでしょう、見えませんが」
「私暗にヤバいって言われてない?」
「勘が鋭いってことじゃないかい」
「いえ、褒めてますよ。力があるのは良いことです。……今日は予定ではありませんでしたが、思わぬ収穫でした」


最後に話した言葉は聞き取れなかったけど、ジェイドさんは薄く、初めて笑ったような気がした。
バイオリンをケースにしまい、ジェイドさんは荷物を整理する。


「オレはもう帰ります。貴方方も早く戻られた方が良いのでは」
「えっやばっ!こんな時間だったの!?」
「寝坊して碧雅くんたちに怒られちゃいそうだね」


思えば一度も確認していなかった時計を見ると、時刻はまだ深夜ではあるものの、そろそろ戻らないとまずい。朝起きられなかったら碧雅と晶に怒られる未来が見える、ていうか予定。ジェイドさんと出入口を交互に見て、先に出るのは申し訳ないものの、お言葉甘えて声をかけることにした。


「それじゃあ、お先に失礼します。……とっても、素敵な演奏でした!今度また会えたら、お礼のもの用意しますね」
「必要無いですし、貴方とまた会う予定もありません」
「“もしも”の話だよ、ジェイドさん。きみも演奏をするため旅をしているんだろう?また会うかもしれないじゃないか」
「オレはそんな出会い結構です」
「あ、ジェイドさん!良ければ荷物運ぶの手伝い──」
「それも結構です。第一、帰り道はお互い違うでしょう」


軽いお手伝いくらい、と思ったけど案の定一刀両断。ジェイドさんがどこに帰るかは知らないけど、PCでは無いようだ。……あ、そういえば、荷物でこれを持ってきていたんだっけ。手持ち無沙汰なのと丁度目に入ったという理由で、なんとなくピッピ人形を抱き上げる。視界の端に目に入っただろうジェイドさんが、小さく息を飲む音がした。


「それは……」
「念の為持ってきたピッピ人形です。もし良かったら、いりますか?夜だから野生のポケモンが出にくいとはいえ、ゴーストタイプのポケモンはウヨウヨしてるって聞くし」


私には璃珀がついてますから、と笑って差し出すと、ジェイドさんはそっとピッピ人形を受け取った。そしてそのまま胸元に手繰り寄せるように、きゅと抱き締めた。もしかしてつっけんどんな態度とは裏腹に可愛いもの好きとか?ギャップ萌え。
あと璃珀は何故だか笑いを堪えている。


「……仕方ありません。貰ってあげます」
「か、可愛い……!」


思わず感想が口から零れ、は?と碧雅を彷彿させる刃のごとき鋭い目で私を睨んできた。すいません。


「それじゃあ、俺たちは失礼するよ。行こうご主人」
「うん。……ジェイドさん、また会いましょうね!」


私たちに視線を配ることなく、ジェイドさんはピッピ人形を長椅子に置いて、淡々と片付けを進めていた。なんだかそれも彼らしい、と感じるようになり私たちは特に気にすることなく教会を後にし、PCへと向かうのであった。




◇◆◇




『しゃんしゃららーん♪』


凡そこの空気に似つかわしくない効果音を自ら奏で、青白い炎を纏うポケモンが現れた。
ユイたちが去り騒がしさが消え失せた空間にいるのは、夜に溶け込むように黒いタキシードを身にまとう、緑髪の青年。
ポケモンが現れるのを見越していたように、涼しい表情を崩さなかった。


「ロストタワーに行ったのではありませんか」
『ちょーっと気になるのがあったんだけどぉ……無かった!』
「そうですか。無駄足お疲れ様です」


気持ちの籠ってない労いの言葉をかけられても、ポケモンはあはははと飄々と彼の周りを漂う。


『なにこれピッピ人形じゃん!きゃっははははキミがこんなの持ってるなんてウケる〜!』
「…………好きに言ってください」


ツボに入ったらしいポケモンはゲラゲラと笑い倒した。かと思うと灯された青白い炎が一段と燃え上がる。


『ねーえー。なーんであの娘盗らなかったの?要望ピッタリの魂じゃん。取れたじゃーん!』


ぐるりと真ん中の顔らしき部分が一回転し、黄色い目がジェイドに迫る。ジェイドは小さく息を吐き教会を後にする。ゴースたちは散り散りに還り、ヨスガシティの暗い街道を歩く。ピッピ人形は気に入ったらしいポケモンが頭に乗せてゆらゆらと着いてきていた。


「今日だけは、やらないと決めているのです」


振り向きざまに見つめたのは、教会の屋根に建てられた十字架。そして片手で握り締めた、翠玉が埋め込まれたアンティークの懐中時計。


『見上げた忠誠心もここまでいくと病気だよねェ』


独り言のように呟いたポケモンのぼやきは、ジェイドに届かなかった。
流れで仕方なしに貰ったピッピ人形を、ポケモンか取り上げ頭部を鷲掴みにして持ち上げる。ピッピののほほんとした表情は、不思議と彼女を連想させる。力を加えると、人形の頭部が歪んだ。


「良かったですね、レディ」


感情を宿していない目に光はない。口元だけが、弛んでいた。
人形を高く投げ上げ、ピッピは宙を舞う。ひゅんと空気を斬る音が流れ、ピッピ人形は綿を撒き散らし無惨な形で地に落ちた。


「“もしも”の時を、オレも楽しみにしていますね」


青白い炎を纏うポケモンが、人形だったものを燃やす。天に昇る煙を眺め、彼は“その瞬間”を思い浮かべて、恍惚と笑うのだった。


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