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「…………。このような時間になんの御用でしょう、レディ」


顔を抑えて疼くまる璃珀に聞いても無駄だと判断したのか、ゴミを見るような目で璃珀を一瞥した後私に鋭い瞳を向ける青年。こ、こわっ。


「あ、の……バイオリン……」
「はぁ」
「バイオリンが聴こえてきて!あれ、あなたが弾いていたんですか……?」
「何か問題でも?」


ツンとした態度を崩さず、澄ました態度で答える青年。面倒な、といった態度が露骨に顔に現れている青年は、冷淡な印象を与える目が印象的だった。
痛みが引いてきたらしい璃珀が涙目で体を起こした。


「鼻が折れてなくてよかった……」
「おや、これは失礼いたしました。お怪我は有りませんかジェントルマン」
「本人を目の前にしてよくそんな風に言えるね……」


丁寧な言葉とは裏腹に気持ちが全く籠ってない。最初に向けた目つき同様、どうでもいいと思っているのが私でも分かる。これは、あれだ。慇懃無礼ってやつだっけ。そんなことを思いながら璃珀にハンカチを渡した。

この人が、さっきまでバイオリンを奏でていた人?こんな人が、あの切ないメロディーを奏でていたの?


(申し訳ないけど、とてもそんな人に見えない)


どう見てもツンの要素しかないし、なんだか機嫌悪そうだし。でもさっきのやり取りと状況から考えれば、この人がバイオリンの人であるのは明白。
青年は私と璃珀をそれぞれ一瞥し、呆れたようにため息を吐いた。


「やっぱり、こんな人気の多い場所で行うべきではありませんでしたね。全くとんだ邪魔が入ったものだ」
「あの、どうしてここでバイオリンを弾いていたんですか?」
「……質問の前に、まずはご自分の素性を語っていただけますか、レディ」
「あ、すみません。私、ユイと言います。こっちは仲間の璃珀です」
「……初めまして。ご主人の紹介に預かった、種族はミロカロスだ。よろしく頼むよ」


若干青年への苛立ちがあった璃珀だけど、すぐに平静を装って手を差し伸べる。青年は赤い目を少しだけ丸くした。


「ほぅ?貴方はポケモンでしたか。その割には随分とお粗末な振る舞いでしたが」
「……面目ないね。ご主人は守れているから、及第点としてくれないかな?」
「オレに採点を求められても困りますね」


スタスタと教会の奥に消えていく青年。何も言われていないけど、ずっと出入口にいてもどうしようもないため、恐る恐る中に入ることにする。青年は一瞬こちらを見たけど、何も言わず前に進んだから構わないと受け取ることにした。

真っ暗な教会は月明かりが差し込むステンドグラスだけが唯一の明かりだった。コツコツと靴の音が壁に跳ね返り、教会全体に響き渡っていく。
青年は一番前の長椅子に荷物を置いていた。黒いケースに、手入れの行き届いた綺麗なバイオリン。やっぱり、彼だったんだ。


「ジロジロと見ないでいただけますか」
「あ、ごめんなさい。……綺麗、ですね」
「…………。」


何を語るわけでもなく、彼はバイオリンを手に取って、構えた。ゆっくりと、弦を引いた。


「…………。」


……♪♪…………♪〜……


バイオリンにしては低い音から始まった。先程奏でていた曲とは違うと、音で分かった。数分前に見せた素っ気ない態度を感じさせない、力強くも柔らかな旋律。
教会の造りは音を反響させやすいと聞く。バイオリンから奏でられた音が反響して、音が私の体を包み込むような感覚に襲われる。耳だけじゃない、体全体で“音”を感じられる。
私だけじゃなくて、璃珀も目を瞑り聴き入っているようだった。


(……あの人も、目を瞑ってる)


自分の音の世界に入っているのだろうか。その顔は、私たちに見せたつっけんどんな様子はなく、ただ静かに、滑らかに。彼の瞼の奥に広がる世界には、どんな景色が広がっているんだろう。

時間にしておよそ数分、演奏が終わり私は長く息を吐いた。感嘆の息だ。ぱちぱちと無意識に拍手を送っていた。


「す…………っごい!」


思えばこんな風に楽器の生演奏を聞く機会はそうそう無かった。青年はバイオリンを降ろすと澄ました表情に戻り、バイオリンを布で丁寧に拭く。


「……ただの道楽です。満足したなら、早く去って頂きたい」
「見事なものじゃないか。ここまでの腕に上げるのは並大抵のことじゃないだろう?」
「時間をかければどうとでも。時に貴方、一つ伺いたいのですが」
「あ!待ってください。あなたのこと、ちゃんと教えてくださいよ!」


質問する前に自分の素性を語れって言われましたからね。他ならぬあなたに!
ドヤと笑いながら言うと、青年は少し言葉を詰まらせ、コホンと咳払いする。


「……オレはジェイドと言います。とあるお方に仕えていた者です」
「とあるお方?」
「貴方には関係ありません。……レディ、貴方は何故、オレの音が聞こえたのですか?」


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