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「緋翠くんにくらい、声をかけておけばよかったかな」
「起こすのも悪いし……。それに、いざとなったら逃げるから問題なし!見て、ちゃんと持ってきたんだよ、ピッピ人形とゴールドスプレー」
「…………。」
「なんで無言で頭撫でるの」


ピッピ人形は野生ポケモンから逃げられるアイテムだってティナちゃんに教えてもらったんだけど。あとゴールドスプレーは実際に体験したから効果はお墨付きだ。一緒にいる璃珀には申し訳ないから、基本は使わない方針で行きたい。
全体的に洋風な塗装と建物が多いヨスガシティは、華やかな雰囲気の昼間とは一転して、夜の帳を纏い荒廃したような、淋しい空気が顔を出す。ある一点に向かうゴースたちの後をついて行くが、彼らは私たちに気づく様子もなく、ゆらゆらと漂っていた。
時々耳に入る、嗚咽のような咽び。あるゴースは静かに涙を流している。彼らは、悲しんでいるのだろうか。


……♪……♪〜♪……♪♪……


旋律の音が、徐々に大きくなっている。近づく度に、メロディーははっきりと姿を現し、曲の全容を伝えてくれる。ゴースの悲しみを凝縮したような、切ないメロディーだった。綺麗だけど、どこか哀しくて、泣きそうになる。弦楽器だと感じた直感は間違いじゃなかった。多分、これはバイオリン。


「……璃珀、聞こえる?」
「うーん……やっぱり、俺には聞こえないね」


夜に融けて流れるバイオリンの音色は、誰が奏でているのだろう。人気のない、こんな時間に。誰に向けて、奏でているのだろう。

隣を歩いていた璃珀が止まる。私の前に手を出し、制止するよう促す。「ここだね」と小さく告げた。ゴースたちが皆一様に立ち止まり、動かない。
その建物は、明らかにこの街と違う雰囲気を纏っていた。


「教会……」


バイオリンの音は、ここから流れているようだった。教会の扉が開いている。けれど明かりがついてないので中は見えない。暗い教会から流れる謎の旋律、何このホラー案件。


「タウンマップには“異文化の建物”と記されているね。……にしても、夜の教会かぁ。何か化けて出そうだね」
「紅眞じゃないけどやーめーてー」


ゴースたちは中に入らず、じっと教会の前で佇んでいた。霊的な存在だから、入れない……とか?止む気配の無い旋律と、夜の静けさ、そして集まるゴースの群れを改めて見てじっとりとした怖さを感じた。


「……中、入ってみる?」
「驚いたね。ご主人のことだから、帰ろうって言うかと思ったけど」
「うん。でも、ゴースたちがこんなに大人しく、曲を聴いてるだけだし、そんなに危ない気配はしない、っていうか……」


つまるところただの勘なんだけどね。怖さより好奇心が勝っている感じだ。ただ璃珀はトレーナーを危険な目に遭わせたくないからか、少し渋めだった。なので璃珀が先に入る、ということで互いに納得し、璃珀が少し開いている扉の前に立つ。

あ、バイオリンの音、止まった。


「…………え、」


扉は璃珀が手を伸ばしたところで、突然閉まった。そして、勢いよく開いた。


「ぶっ!!?」
「わ、痛そう!」


突然のことで扉が閉まった段階で固まっていた璃珀はその綺麗な顔面が見事扉とごっつんこ。そして堪らずその場でうずくまる。物凄い痛そうな音がした。


「……なんなのですか、全く」


開いた扉から現れた人物は眉をひそめ、黒いタキシードを身にまとい、フォーマルな装いをした青年だった。


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