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「それって、当時タマゴだったお嬢が人質……ならぬポケ質になったってことか?」
「いやタマゴだったんならタマ質じゃね?」
「そんなことはどうでもいいでしょう」
「……。」


親方さんの言う通り、話を聞く限りは確かに“最低”という表現が相応しいかもしれない。ユニさんのあまりにも傍若無人な立ち振る舞いに、口をぽかんと開けたまま絶句してしまった。
親方さんの中ではもう昇華されているのか、懐かしむように笑いながら話を続ける。


「その後もひでぇもんだ。まずはアサギシティまで向かうことになったものの、道中の野生ポケモンの戦闘は全部俺が担当。無事アサギシティに着いたはいいが、アイツはミオシティ行きの船に乗ってシンオウへ。俺はなんとその身1つで泳いで着いて来いと来たもんだ。“ぜってぇいつかぶっ殺す”と誓ったもんだな、あん時ゃ」
「親方(若かりし頃)をそんなぞんざいに扱えるなんて……!」
「つーか親方(青二才のすがた)も恋とかしてたんすね」
「てめェら身体が治ったら後で覚えとけよ」


ギャラドスたち、親方さんの体調が万全じゃないからって好き放題からかってるな、あれ。
その後ミオシティに着いたあとはリッシ湖に連れて行かれ、有無を言わさず“ここに住め”と言われたらしい。理由は話さず、新たな門出の祝いとしてしんぴのしずくを貰ったらしいけど、それってもしかして璃珀のつけている物だったりするのかな。
「“何の皮肉だ”と叩き割ろうとしたのが懐かしいな」って言ってるけど、そりゃそうだ。


「別れ際に一言、自分の名前を告げてアイツは去って行った。どこへ行ったかは知らねぇがな……。俺が知ってるのはここまでだ。あまり参考にならなくて悪かったな」
「そんなことないです!……その当時の親方さんは、ご愁傷さまとしか言いようがありませんけど。結果として、リッシ湖を守るポケモンとして親方さんは存在するようになったんですよね」
「ああ。いつの間にかリッシ湖周辺に住み始めた他のポケモンや、流れ着いた子分どもをまとめるようになってな。気づいたら親方と呼ばれるようになってた」


さ、流石ティナちゃんのお父さんだ……。ユニさんはそのカリスマ性を見越して、親方さんをリッシ湖に呼んだのかな。理由は今となっては知る由もないけど。
嬢ちゃん、と親方さんが私を呼んだ。


「お前ェはあの当時、ユニの腹にいた赤ん坊だろ?」
「えっ!?」


確信めいた疑問を投げかけられ、肩が跳ねる。思考が上手く働かず、ドギマギしている私を眺め親方さんは「似てねぇなぁ」とくつくつ笑い、胡座をかいた足に肘を乗せ、更に顎を乗せる。


「どことなく、あの女の面影がある。当時の印象は最悪だったが、振り返ってみれば、あれはアイツなりに気を使った結果だったんだと、俺は思う」


タマゴだったティナちゃんは、あのまま冷気に当てられ続ければ孵ることが難しかった。だからアサギシティの船に乗る時に、タマゴは専用の孵化装置に入れられて、安全な船に乗ってシンオウに無事親方さんと共に上陸することができた。

りゅうのあなを出たばかりの親方さんは、地の利もない、体調も万全では無い状態だった。海を渡らせたのも、シンオウという北陸の水温に少しずつ慣らすための訓練に近かったのではないだろうか、と親方さんは語る。


「思えば、俺が海を泳いでるその後ろから、くっついて付いてきている奴がいたからな。恐らく途中でペースダウンして道が分からなくなった場合に備えてたんだろう。それに、」
「親方さん。私は」


親方さんの話を遮り口を開く。唐突に遮ったのに、親方さんは予めわかっていたのか、驚くことなく黙って私を見据えていた。
ユニさんの思い出話を語られても、やっぱり私は彼女のことを知らないから、どうしても反応に困る。どれだけ娘だと、面影があると公言されても、彼女の子どもであるという実感が湧かない。
心の中でふつふつと渦巻いていた感情の泡が、何故か今弾けた。


「私は、ユニさんを知りません。ある日突然、ユニさんの娘なんだと言われて、彼女について知ろと言われても、正直な所実感が湧いていないんです。私の中の母親は、実際に私を育ててくれた里親のお母さんただ一人だから」


いつもニコニコと笑って、美味しいご飯を作ってくれたお母さん。夜遅く帰ってきた時は叱って、テストでいい点を取れた時は自分の事のように喜んでくれて。

決して顔には出さなくても、私を思ってくれることが伝わったお父さん。私が風邪を引いて学校を休んだ時には、仕事に行く前に必ず顔を出して、帰ってきた時には沢山のスポーツドリンクやゼリー、冷えピタを買ってくれて、不器用な優しさを感じた。

2人とも、例えるならたんぽぽのような人たちだった。私の育ての親は、あの人たちだ。それだけは、何があっても譲れない。


「それに、仮にユニさんが本当に私の母親だったとしたら。……どうして私は、ユニさんのことを知らないで、ユニさんは私を手放して、私は“あの世界”にいたんですか」


出会った人たちそれぞれに私は“ユニの娘”であると突き付けられて、言われる度に心の中に浮かんだ純粋な疑問。私がこの世界の人間ならば、何故物心ついた頃から私はあの世界で暮らしていたのか。何もこの世界に関する記憶が無いのか。そもそも、どうやって私はあの世界に行ったのか。

親方さんはその答えを知るはずないのに、溢れる感情が声を震えさせ、八つ当たりのように親方さんに言葉をぶつけてしまった。
しんとした空気が流れ、その静寂に我に返った私は言ってしまったと咄嗟にごめんなさいと謝る。ただ親方さんはあぐらをかいて私を見つめたままで、不思議と怒ってはいなかった。

ただ、「そうだよなぁ」とぼんやり窓の外を見た。


「確かにお前ェからしてみれば、何を言ってんだって話か」


ギャラドスたちはティナちゃんが気を利かせてくれたのか、気付いたら誰もいない状態で、部屋には私と親方さんだけが残っていた。窓から吹き込まれる風に紛れ、春を感じさせる新緑の葉が真っ白なシーツに舞い落ちる。


「全ての命には、役目がある。少なくとも、俺はそう考えている。お前ェが今まで何をして過ごしてきたか知らねぇが……きっとお前ェは、役目を果たす時が来たからこそ、ここに来る運命だったんじゃねぇのか」


感情をコントロールできずに吐き出した言葉の中に、明らかに気になる箇所があったはずなのに、彼が私の出自を聞いてこないことに対し、彼なりの優しさを感じた。
大湿原の爆発後、リッシ湖に向かう前にも似たようなことを考えたことがあった。私の役目、私の運命。


「俺がユニと出会ったのは一度きりだが……アイツはちゃんと、お前ェを大事に思っていたと思うぜ。じゃなきゃ、お前ェは今ここにいないだろ。……母親は、強ぇもんだからな」
「……。」
「人間の生命の誕生は命懸けだ。愛情を持ってなきゃ、産もうという選択肢が出てこないだろ。その先はどうであれ、確かにそこには“愛”がある」


空を眺めるその瞳に過ぎるのは、もうこの世界にはいない、かつて愛した存在のことだろうか。私も倣うように、空を眺める。

私より不思議な、大きな力を持っていたらしいユニさん。私の、お母さん。


(どうしてあなたは、ここにいないんですか)


心の中で問い掛けても、誰も答えるはずもなく、寂しい風の音が耳に流れていく。
その音に何となく意識を傾けていると、ぽふりと頭に大きな手が当てられた。


「なぁーに泣きそうなガキみてぇな顔してやがる。お前ェは今、独りじゃねぇだろ」


その手つきは、璃珀そっくりで。
ああ、彼らはちゃんと、繋がっているんだ。
手の温もりがじわりと心に染み渡っていく。


「……私、次は、ミオシティに行こうと考えているんです。図書館で、情報を集めたいと思って」
「ミオか。身体が元気でありゃ、送ってやれたがな。俺らの回復を待ってたんじゃ時間が勿体ねぇ。お前ェの好きなタイミングで行きゃあいい」
「でも、お世話になったのはこちらですし」
「客人がいねぇ方が、俺もゆっくり休めるってもんだ」


ゴロリとベッドに腕枕を作って転がり込む。暗に、気にしないで早く行けと言っているニュアンスを含んだ言葉は、私の旅路を後押ししてくれているようだった。口元が少し、緩まった。


「……碧雅の体が治ったら、向かおうと思います」


そう伝えた次の瞬間、親方さんの纏う空気が変わった気がした。ありがとうございましたとお辞儀をして部屋を去ろうとドアノブに手をかけた時、親方さんが私を呼び止めた。
何故か、親方さんの方に顔を向けられなかった。


「恐らくお前ェはしねぇだろうが、一応忠告だ。……あのポケモンは、手放した方がいい」


ドアノブの冷たさが手を通じ、霜が走るように私の腕を伝っていく。
言われるかもしれないという予感はあった。親方さんもあの時の碧雅を、白恵に眠らされる前に状況から察したのだろうから。又は、璃珀があの時の出来事を伝えてくれたのかもしれない。ティナちゃんや、他のギャラドスたちが言わなかった、言えなかったであろうことを、親方さんは言ってくれた。


(分かってる。分かってるよ、私たちの身を案じて言ってくれていることは)


でも、仮に手放したとしてそれが何の解決になる?何も分かってない中彼を放ったところで、根本的な解決にならず、ただ私の手持ちの枠が一つ空くというだけだ。もしかしたら、親方さんが群れの一員として面倒を見るのかもしれない。でも、それでは親方さんに迷惑をかけるし、またステラがリッシ湖にやって来るとも限らない。

私の中では、親方さんの言う通りそんな選択肢は存在しなかった。


(私のやるべきことなんて、知らない。これは私の人生だ。私がやりたいようにやって、生きたい)


それは碧雅に対しても言えることだ。彼のやりたいようにやって欲しい。
要は、私はまだみんなと……碧雅と一緒にまだ旅を続けたいということだ。


「分かってるでしょう?」


だから、顔を向けて不敵に微笑んだ。親方さんが残された片目を見開き驚いた表情をしたのを見届け、「失礼します」と伝え部屋を後にした。


「──…………、はぁー……」


廊下を歩き、段々と歩みがゆっくりになり、病室から大分離れたところで壁に体を預け、深いため息を吐いた。


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