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言われた内容について、言葉の理解はしたものの真の意味では理解が追いついておらず、私の目は瞬きを繰り返した。


「最低な、女……?」


私はいつの間にか、親方さんにそんな印象を抱かせていたらしい。ショックだ。
ティナちゃんが静かに親方さんを睨み付け、親方さんも流石に今の言葉のチョイスがマズいと悟ったのか、即座に訂正してきた。


「言い方が悪かった。お前ェとは見た目はよく似ているが、中身はまぁ……割と違ぇよ。アイツはとにかく、手段を選ばないところがあったからなぁ」


ポリポリと頭をかきボヤく親方さんを見て、悪い方の意味で最低な人ではなさそうだ、と感じ一先ず安堵する。
そもそもユニさんと会ったのは一度きりで、そこから消息は一切分からないらしい。けれど昔の記憶を引っ張り出して、少しずつ当時のことを思い出しているようだ。


「んでテメェらも集まってやがる」
「いいじゃないすか親方!」
「俺らも割と、いや結構、いやめちゃくちゃ気になってたんすよ!」


ギャラドスたちが親方さんのベッド周りに集まって、なんだか圧がすごい。みんなニコニコしてるから余計に。ギャラドスたちの話ぶりから察すると、どうやら親方さんはこれまで自分の過去を話すことはあまりなかったようだ。大きくため息を吐いた親方さんは観念し、ポツポツと語り出す。


「まずはそうだなぁ……俺はそもそも、シンオウの出身じゃねぇ。ジョウト地方のフスベシティ、りゅうのあなで暮らしていたギャラドスだ」


ジョウト地方って、時音がいた地方だったような……?頭の中でこれまでの情報を浮かべていると、ギャラドスたちがザワザワとざわめき出した。


「な、なななな……!」
「ジョウト地方って……!」
「マジすか親方ァ!?」
「そんなに騒いでどうしたんですか?」
「ジョウト地方のフスベシティといえばドラゴン使いのトレーナーの出身地として有名なんすよ!」
「中にはジムリーダーやポケモンリーグチャンピオンも出てるらしいんす!」
「おいテメェら、ここは病室だうるせぇぞ!」
「お父様もお前たちも全員うるさいわよ」


ティナちゃんの静かな一喝で押し黙るギャラドスたち。うん、流石です。
ごほんと咳払いをし親方さんが空気を戻す。


「確かにフスベシティはドラゴンタイプの扱いに長けるトレーナーが多いが、それと俺は別に関係ねぇ。あそこは本物のドラゴンタイプのポケモンが生息していたからな。寧ろ俺たちは体のいい戦いの練習相手だった」


淡々と語られる過去は、一言で片付けるには想像を絶するものがあった。ポケモンにもそれぞれ人生があり、様々な過去があることは承知の上だった。親方さんの過去は、晶や璃珀とはまた異なる凄絶さがあった。


りゅうのあなで生まれた時から自分たちはドラゴンタイプではないため、あくまでドラゴン使いの熟練度を高めるための足がかりにされていたこと。

野生のポケモンの中には好戦的なポケモンも多く、常に生傷の絶えない環境下だったこと。

種族柄自身たちも怒りに身を任せ、常に戦いに明け暮れていたが、ある日ふと悪夢から目覚めたようにその行為に疑問を感じ、ある一匹のギャラドスと心を通わせたこと。

そのギャラドスはある日、どこの誰とも分からぬトレーナーに捕らえられてしまったこと。残された鱗と争いを好まなかった彼女が争ったであろう形跡、住処の惨状から、彼女の生存は絶望的であったこと。

忘れ形見のようにりゅうのあなに残されたタマゴを守るため、この環境下に自分の子に身を置かせたくなかったため、りゅうのあなを抜け出そうと決意したこと。

その決行日の夜、彼女に出会ったのだそうだ。


「元々北に位置する街だったが、その日は珍しく雪が降っていた。旅行客や旅人にしては荷物の一切を手にしてない、そして大事そうに自分の腹を撫でながら雪空を眺める様子を見て、俺は気づいたら声をかけていた。こんな夜更けに何してるんだってな。したらアイツは俺を見ずに、こう答えた」


“世界一周旅行中よ”

“あ?”

“だーかーら、世界を巡ってるのよ。まだ私が動けるうちに、ちゃんと見ておきたくて”


あなたは何をしているの、ギャラドス?


問いを投げかけると同時に、初めて女はこちらを見た。答える気は無かったが、その瞳を見た途端、口は自然と開き、今までの経緯を流れるように話してしまった。

自分と同じ赤い瞳なはずなのに、彼女の瞳はより深く、より鮮やかで。命を称えた色が、目を離すことを許さなかった。

長く豊かな黒髪に対して、その肌は白く、漆黒がより清らかさを際立たせる。

彼女の身に纏う神秘的な雰囲気と、瞳が物語る力強さ。雪が降りしきるほど寒いのに、彼女が身に纏う防寒着は長いマフラー1枚のみ。

そのなんともいえないアンニュイさは、一瞬でも目を離せばすぐ消えてしまいそうな儚さがあった。何故擬人化をしている自身の種族を知っているのかという疑問を、その瞳の強さが打ち消させた。

女は事情をひとしきり聞いたあと、自分の抱えるタマゴを見つめた。


“……あなた、行くあてはあるの?


正直に言うと、出ていくことに精一杯でそこまで考えていなかった。図星を付かれて何も言えないでいると、小さく笑う声が聞こえた。


“もし良ければ、私が良い所を紹介してあげるけど?”

“結構だ”


そんなもの必要ない、自分だけで十分だ。踵を返した次の瞬間、手元が軽い衝撃を感じた。柔らかな温もりが消えたと気づいた時には、白いポケモンがあの女の元へタマゴを運んでいる最中だった。


“ハーイ、いらっしゃい可愛い子♪”

“なっ、てめ……っ何しやがった!離せこのクソ女!”

“こんな冷える夜にタマゴをそのまま連れ歩く方がどうかしてるわよ。……でもそっか、天気はあなたに味方しているのね”


ドラゴンタイプにとって雪……いや、冷気は天敵だ。この日を狙ったのはたまたまだったが、確かに天候は自身に味方してくれているように思う。この気候ならば、彼らは例え自分が逃げ出したと分かっても追って来れない。


“ま!ここでのあなたがそこまでする程の価値があるとは思えないけど”

“てめぇは一体何がしてぇんだよ”


さっきからなんなんだ、妙なちょっかいばかりかけてきて。女はほくそ笑んだ。
その笑みにぞくりと背筋が粟立ち、気圧された。孤を描き細まった瞳が一瞬、金色に輝いたような気がしたが、頭上に光が生じ思わず目をつぶった。光に慣れ徐々に目を開けると、後光に照らされるように女が佇んでいた。その傍らには先程のポケモンが、陽の光を放っている。


“……いいわ、私も今はあなたの味方になってあげる”


だから大人しくついてきなさいよ。この子、壊されたくないでしょう?


ニコニコとした笑みとは裏腹にタマゴを掴む手は今にも地面に叩き割ろうと構えてある。にこやかに語りかける言葉の内容は間違いなく“脅し”だった。


(さ、最低だ……)


それが俺がユニに抱いた、第一印象だった。


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