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「あ……ユイちゃん」
「白恵……えっと、おかえり?」
「…………。」


無言で俯いたままこちらを見ようとしない。紫慧が言っていたように、私の発言を“いらない子”と言われたように感じてしまって、塞ぎ込んでいるのだろうか。


「白恵、こっち向いて」
「…………なぁに」


私は白恵の小さな体を、包み込むように抱き締めた。真綿を包むようにそっと、それでいて離さないように手を背中いっぱいに広げて。


「白恵は私の大事な仲間だよ。紫慧も白恵も関係無い」
「……うん」
「ごめんね。知らない間に傷つけて、泣かしちゃって」
「ううん、大丈夫。……ユイちゃんは、ぼくのことすき?」


確認するようにこちらを覗き込む白恵に、勿論と頭を撫でて応える。私だけじゃない、ここにいるみんな、白恵のことが大事で大好きだからこそ、一緒にいるんだ。だからこそ、白恵のことが心配で、紫慧のことを聞いたんだよ。


「……ぼく、たたかうのはこわい。でも、ぼくもユイちゃんのやくにたちたいの」
「別に、無理することないんだよ?白恵はまだちっちゃいんだし、ウチにはバトルストイックな晶とか紅眞がいるし」


ブンブンと白恵は首を横に振る。そして原型のトゲピーの姿に戻り、更に小さくなった体は私の手を離れた。


『こんどはぼくも、がんばるから』


その言葉と共に、白恵の体が輝きを放つ。トゲピーのシルエットが徐々に変わり、小さな羽が見えた。光が収まった白恵は……トゲピーではなくなっていた。


「……トゲチックに進化したのですね」
「おぉー!おめっと白恵!今日はもーもー祭りだな!」
「そうか……進化の条件はいつの間にか達成していたんだね。なんだか感慨深いな」
「さっきの発言、お前も遂にバトルをするということか?それならば僕がトレーニングに付き合ってやろう」
『ぱたぱた〜、とべるようになったよ〜』
「……白恵」


はーいと白恵がトゲチックの小さな羽を羽ばたかせ私に近付く。トゲピーの頃と比べて大分スラリとした体格だけど、手足は変わらず少し短いのがまたどこかこの子らしかった。白い体に白い羽を携えたその姿は、御伽噺の天使のよう。


「……一緒に頑張ろうね」
『うん!』


トゲチックの手を握って、約束を交わした。




◇◆◇




「──……はい、特に問題無いですね。でも寧ろそれが不思議だわ。あの子たちの話だと相当無茶をしたみたいだから、体にダメージがいってると思うんだけど……あなた、本当に大丈夫なの?」


検診を終え、その結果はやはり問題なしということだった。ジョーイさんは経緯をざっくりと聞いていたようで自分の体調が異常がないことに疑問を抱いているけど、正直言ってこっちだって不思議な気分だ。あの時何が起こったかは紅眞たちから説明があったけれど、自分は途中から記憶が一切無くなっていて、初めは信じられなかったのだから。


「……僕は大丈夫です。ありがとうございます」
「何かあったら、すぐに私かラッキーに知らせてくださいね。お大事になさって」


予定が立て込んでいるのか、ジョーイさんは次の患者の元へ向かって行く。彼女の助手として控えていたラッキーが慎ましくお辞儀をしたので、自分も小さく会釈した。

人の気配が無くなったのを見計らい、ベッドにぼふんと仰向けに倒れ込む。


(……悪いことをしたな)


ユイが自分を力づく……というか、怒鳴りつけて止めたらしいけど、普段の彼女からはあまり想像ができない。嫌悪はあれど、怒りを抱くことはそうそうないと思っていたから。
トレーナーでもあり、なんの力もない人間に、僕は助けられたんだ。


(……眠い)


なんだか今日は食べて寝てばかりだ。頭ではそう感じつつも体は正直で、まだリッシ湖での戦いの疲れが取れていないんだろう。そのまま深い眠りの世界へと誘われ、静かで規則正しい寝息を立て始めた。




「……また会ったのぉ、童」


……誰だ、この少年は。真っ暗な空間に夜空の星のように散りばめられた白い粒子。そこに立つ一際映える金色の少年は、鮮やかな羽織の袖で口元を隠して目元だけで僕に笑いかけた。……その弧を描く目の奥の輝きは、無い。


「おぬし、無意識にわしを求めたな。記憶に無くとも本能がわしを呼び起こし、力を引き出したということか」
「……君は誰。ここはなんだ、夢?」
「……まだ早いが、冥土の土産で教えてやるとするか」


着物を翻し、彼の顔が姿を現した。……金髪翠眼の、絹のように細く長い髪を結んだ容貌は、ジョウトで見るような和の雰囲気を醸し出す。


「わしはなぁ、おぬしの持つ力が意思をもったもの。じゃが元よりわしはこの体の中では長年居続けても所詮異物でのう。……徐々に徐々に枷を外し、元の場所に戻らねばならぬ」
「僕の……力?」
「自惚れるなよ童。元々これはわしの……わし本体の力。おぬしが順応しわしを取り込むなど言語道断。あってはならぬことよ」
「…………。」


僕には幼少の記憶が無い。覚えていたあの声も、今となっては何時どこで聞いたものなのか分からない。僕の過去は吹雪で視界が覆われているようにあやふやで、何が僕を形成しているのか、分からない。

けれどこの少年は、僕の知らない僕を知っている?元々違う存在なら、何故今僕の中にいる?


「……元の君の名前は、何」
「ほぅ?それを聞いてどうする?」
「どうもしない。ただ、君が僕じゃないのなら、君にだって個人の名前があるはずだろ」
「……わしはおぬしがイーブイだった頃からいたから、実質おぬしとも言えるのじゃが……まぁいいじゃろう」


少年はひらりと着物をはためかせ、僕に顔を近づけた。


「“願いが叶う音”と書き、叶音と呼ぶ。わしら幻のポケモンは、アルセウスを奏者としわしらを世界を奏でる音と見立てそれぞれの名を構成しているのじゃ」
「かの、ん……。幻のポケモン……?」
「……わしの力を使いたければ使うが良い。わしは構わぬぞ?じゃが、その後おぬしがどうなろうがわしの知ったことでは無い」


精々足掻いてみろ、童。


叶音と名乗った少年は、僕を嘲笑った後に着物を翻して暗い空間の先を歩き初め、影のようにその姿を消した。




「──ッ!」


ガバリと起き上がった。珍しく心臓が激しく動悸し、小さく息が乱れていた。外を見ればかなりの時間寝ていたんだろう、カーテンが開けっ放しで月が浮かんでいる夜空が見えた。
ベッド脇に備えられたテーブルには恐らく仲間の誰かが来たんだろう、紅眞の作ったお菓子たちがカゴに沢山入れられていた。


(どうせ来たならカーテン閉めてほしいんだけど)


まぁ、時刻が早かったのかもしれない。仕方ないかと起き上がりカーテンを閉めようと手にかけた時、喉の奥から何かが込み上げてくる気持ち悪い感覚を覚えた。


「…………んぐっ、!?」


不味い。何か出る。堪らず口元を抑え、その場に蹲り、腹の底から咳き込んだ。無理やり咳き込んでいるからか、喉が痛む。ねっとりとしたものが口の中から出てくるのを感じる。こんなことは初めてだ。

しばらく咳き込み時間が経過すると、気持ち悪い感覚は消えていった。


「……げほっ……。何なんだよ、もう──」


口元を抑えていた手元を見た。それは明かりの付いていない室内で、月の光だけでも分かるくらい明らかだった。
掌についている、赤い、吐瀉物。


「…………血?」


目を見開いて、暗い室内で蹲りながら目の前の現実を信じられず固まっていた僕の様子は、さぞ“彼ら”からすれば無様で滑稽だった事だろう。


“さぁ、早く。早く堕ちてこい”


唖然としていた頭の奥で、叶音と名乗った少年がそう囁く声が聞こえた気がした。


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