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あれからやっと満腹になったらしい碧雅。色々と話をしようとしたところ丁度ジョーイさんの検診が入るとのことで、元の部屋へ戻ることになった。
私がベッド、みんながそれぞれ椅子に座って円を組むように囲って座る。


「さてそれじゃあ……どこから話を進めよう?」
「では私から。マスターはあの影のようなものに取り込まれた後、どうなったのですか?ずっと疑問だったんです。マスターの気配が消えたと思った途端、再び同じ気配を感じ、元の場所に倒れていらっしゃったのですから」
「あと、ステラのヤローはどうなったんだ!?一緒にいたよな、あの時?」
「えーっと、話すと長くなるんだけど……」


まずは私があの後どうなったかを掻い摘んで説明した。ステラと一緒に常識では考えられない世界にいてなんかんや協力関係にあったこと、白恵も言っていたユニという人物について少しだけど知ることができたこと、ギラティナと戦いセレビィの時音の力で脱出・元の世界と時間に戻ってきこと。……ステラに名前を要求されたことは、別に話さなくてもいいかな。

はぁ!?と紅眞と晶が驚愕の声で叫んだ。


「なんっだそりゃ!?そんなのアリかよ!?」
「お前、よく生きていたな。実は霊体でいるんじゃないだろうな」
「オイヤメロ」
「……驚いたな。俺たちには一瞬の出来事だった訳だけど、ご主人はそのような出来事を経ていたなんて」
「幻のポケモンであるセレビィと知り合い……?彼は一体、本当に何者なんでしょう?」
「私もよく分かってないけど、話すことはこれくらいかな。こうして無事に帰ることができたし、結果オーライってことで」
「いや良くねぇよ!……けどまぁ、話すことは他にもあるよな」


自然と全員の視線が椅子でクルクル回ってる白恵に向く。白恵は視線を感じたのか動くのを止めこてんと首を傾げて私たちの顔を見回していた。私が彼の名前を呼ぶと、トタトタと私に駆け寄ってくる。


「……あの時の白恵は、君?」
「?」
「ええっと……リッシ湖で白恵も、色々と手伝ってくれたでしょ?あの時の白恵、凄かったね」
「……うん」


あ、れ?何故か悲しそうに眉を下げて、目線を下げている。不思議に思い次の言葉に詰まっていると、晶がまどろっこしいと白恵に言い放つ。


「あのマメ助はなんだ。明らかに普段のお前と違っていたが、お前の中には何がいる?」
「……あっちゃんも、あっちがいいの?」
「はぁ?」


白恵の声が、震えていた。唇をギュッと結んで、泣くのを堪えるような表情を浮かべていた。


「ユイちゃんも、あっちの“しえ”がいいの?ぼくが、ユイちゃんのやくにたてなかったから、いらないの?」
「え……えっ?」
「……っ……ひっく……」


うわぁぁーん!


白恵がここまで感情を表出したことがあっただろうか。大きな目からボロボロと涙が白恵の頬を濡らして、叱られている子どもみたいにひたすら泣きじゃくっていた。これには流石の晶も戸惑いを隠せず、白恵の目の前で手をあたふたさせている。


「お、おいマメ助!?」
「晶が泣かしたー」
「そんなこと言ってる場合かトサカ!」
「泣き止んでください、白恵。どうしたんですか?」
「……っぐ……ぼく……ひぐっ……わぁぁぁん!」
「……弱ったね。何がきっかけで泣き出したんだろう」
「“あっちがいいの”って……」


やっぱり、白恵の中にはもう一つの──


そう仮説を立てていた時、ピタリと白恵の泣き声が止んだ。鼻をすする音は聞こえるものの、目からは涙は流れていなかった。


「──はぁ、全く。またボクが出ることになっちゃったじゃないか」


……変わった。この一瞬で、白恵の雰囲気がガラリと。「あーもー、鼻声じゃないかー」と笑う白恵は明らかに別人だった。


「キミたちのご要望通り、現れてあげたよ。これで満足かい?」
「……君が、“あっち”の白恵?」


白恵は不敵に微笑み、優雅に一礼する。


「改めて初めまして、みんな。ボクは“紫慧”。キミたちのお察しの通り……白恵の中にいるもう一人のボクだ」


その言葉を聞いて息を飲むもの、驚きで声の出ないもの、様々だったけど、璃珀と緋翠は察していたようで冷静に白恵を見据えていた。


「やっぱり、多重人格だったんだね」
「ええ。明らかに、白恵と様子が異なりましたから」
「ふふっ、それとは似て非なるものと考えた方がいいかもしれないね。本来ならこの体はボクのものだったんだから、その理論で言うと別人格として当てはまるのは白恵の方になる」
「お前の方が本来の人格ってことか?」
「うん、ただボクは優しいからね。あっちの白恵に主導権を明け渡して貸してあげてるのさ。……体の性別は生まれる際に異なる形になってしまったけど、まあ性別なんて関係無い」


ニコニコと笑い、仰々しく手を伸ばして、まるで芝居をしているように言葉を話す紫慧と名乗る目の前の人物。その言葉の一言一言に、どこか信じさせにくい胡散臭さを感じる。
え、ていうかその口ぶりから察するに……この紫慧は女の子?


「……でも白恵は、泣いてたよ。“あっちのほうがいいの”って、あなたのことを言ってるよね」
「それはそうだとも。彼は本当に子どもなんだ。キミに“いらない子”扱いされるのが怖くて泣いちゃったんだよ。あれはキミの聞き方が悪い」
「え……?そ、そうなの……?」
「……まぁ、無理もないだろうね。後で謝ってあげなよ、ユイちゃん」


さぁ、それでボクに何が聞きたいんだい?
笑顔を浮かべる紫慧に聞きたいことは、正直言えば沢山ある。ひとつで収まりきらないだろう。
けれどまず、明確に解き明かしたいことは。


「……あの碧雅は、何?」


今まで見たこともない、彼の暴走についてだった。
紫慧は胡散臭い笑みを更に深くさせた。


「彼はね、本来なら生まれてはならないものだよ。だからアルセウスは彼を狙ってる。自分を脅かす可能性を秘めているからね。……と、言えるのはここまでかな」
「はぁ!?なんだよそれ、ハッキリ言えよ!」
「あははっ、こーちゃん焦らないことだ。あんまり沢山の情報を与えすぎても困るだろう?謎は少しずつ紐解いていくのが楽しいんだから」
「何をそんな、楽観的な……」
「……とはいえ、“予定通り”に彼らの事が運んでいる。ボクたちも行動に移した方が良さそうだ。ユイちゃん、次の街はどこに行くか決めたのかい?」


え、そこで私に振る?……どこか紫慧の言葉に聞き覚えを感じながら、次の予定を口にした。


「ステラと別れ際、この世界特有の要素について調べろって言われたの。私たちのいるシンオウ地方で一番の情報量を誇るのは、ミオシティの図書館だって教えられて、そこを目指そうと思う」
「……確かに、ミオシティにはジムもある。鍛錬にもうってつけという訳か」
「なーんかステラの言う通りに動かなきゃならないのが癪だけどよー。ユイが決めたのなら文句は言わねぇよ」
「俺も異論は無いね。緋翠くんはどう?」
「マスターが決めたのであれば、私も璃珀と同意見です」
「……ふむ。なるほど、悪くない」


紫慧は考える素振りを見せたあと、私の方を向いた。


「きっとキミの気になる疑問も、この先解消されることだろう。ボクは有事の時以外は基本現れないけど、キミを見守ってることは忘れないで」
「え、紫慧……?」


紫慧が初めて、眉を下げた。そしてやっぱり、この声はどこかで聞いたことがある。私は紫慧を……どこかで知ったことがある?


「……碧雅を助けてくれて、ありがとう」


それは胡散臭い笑顔ではない、心からの柔らかな笑み。眉を垂らした、嬉しくも申し訳ないと言ったような、控えめな笑み。

その言葉と笑顔を最後に、紫慧は目を瞑って白恵の中に戻ってしまい、再び幼いあの子が表に出てきた。


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