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◇◆◇




「────!」


ぱちりと目が開いた。いつの間に眠っていたんだろう、白い無機質な病室の天井が目に飛び込んできた。窓から広がる景色には見覚えがあった。のどかな街並みに今は爆発事件で塞がれている大湿原に続くゲート。ノモセシティだ。


(帰ってこれた……?でも、どうしてリッシ湖じゃないの。どうしてここで寝てるの?)


身体を起こし病室を見渡したけど誰もいない。多分ここは、ノモセシティのPCの一室だ。病院独特の薬品の臭いと誰もいない物寂しさで、本当に帰って来れたのか不安になってきた。


(ステラ……彼も、無事に帰れたのかな。あ、碧雅のこと聞くの忘れた)


私の仲間と鉢合わせない為にでんこうせっかで立ち去ると言っていたから、恐らくその通りに動いてギンガ団の元に戻ったんだろう。……敵であるけど、また会う機会があればと思ってしまうのは、間違っているんだろうか。


「…………え、」


不意にドアが開き、入ってきたのは驚いたように目を見開いている紅眞だった。手には花瓶が抱えられていて、綺麗な赤いバラが瑞々しく咲いている。紅眞と声をかけると、彼は花瓶を割るくらいの勢いで床に投げ捨て、私の肩を掴んで揺さぶった。


「ユイ!目が覚めたんだな!」
「め……めが……っ」
「お前突然あの影っぽいやつに襲われて消えたと思ったらその直後に倒れてるって何があったんだよ!?しかも中々目を覚まさねぇしさ!」
「……めがまわる……」


ずっと揺さぶられてるので気持ち悪くなってきた。顔が青くなってきた私を見て紅眞は我に返り手を離してくれた。


「あ、悪い!……ってこうしちゃいられねぇ!みんなに知らせてくるな!」


漸く解放され一息ついていると、紅眞がみんなを呼ぼうと病室を出て行こうとする。けどその前に開きっぱなしのドアから緋翠を筆頭にゾロゾロと他のみんながやって来たのだ。


「ちんちくりんの気配がするとひっつき虫が言うから来てみれば……本当だとはな。お前、将来ルカリオにでもなるつもりか」
「ご主人、おはよう。気分はどうかな?」
「あぁ……!無事目を覚ましていただき何よりですマスター!お加減は如何でしょうか!?」
「晶、璃珀、緋翠……うん、大丈夫だよ」


それより一人だけ纏う空気が違いすぎるんだけど緋翠こそ大丈夫?なんで私に跪いて手を組んでるの、祈ってるの?
緋翠を宥め、改めてみんなと顔を見合わせる……けど、2人足りない。


「碧雅と白恵は?」


すると全員、複雑な心境が顔に表れた。どう話すべきか、どう切り出したものかと悩んでるみたいで。2人のことだけじゃない、親方さんやティナちゃん、他のギャラドスたちの安否も気がかりだ。
もう一度強めに聞き出そうと身を乗り出した時だった。白恵がいつもの無表情で中途半端に開いていたドアを全開にして入ってきた。


「ぼくならここだよー」


その喋り方、雰囲気。……あの白恵じゃない。いつもの、不思議ちゃんな白恵だった。


「ユイちゃん、おかえり」
「白恵……戻ってる……?」
「そうなんだ。実はご主人があの影とステラと共に消えたと思いきや、影の後からご主人が倒れた状態で現れて、碧雅くんや姉さんたちの状態も気がかりだったからそのまま全員でノモセシティのPCに向かったんだ」
「……お前は調べた結果体に異常は見られず、栄養を点滴してPCのベッドで目覚めるのを待っていた。そしてその間あのマメ助に事の次第を聞こうとしたが、こいつはいつの間にか元に戻っていたんだ」
「……そっか。そうだ、碧雅や親方さんたちは?」


特に親方さんはかなりの重傷を負っていたから心配だ。思わず璃珀の方を見たけれど、璃珀は安心するように微笑んだ。


「白恵くんの回復のおかげで、親方は一命を取り留めてるよ。姉さんも、他のギャラドスたちも無事だ」
「……よ、良かったぁー……」


親方さん、生きてたんだ。本当に良かった。今彼らは別室で手当を受けて休んでいるらしい。後でお見舞いに行かないとね。

「ただ……」と緋翠が顔を曇らせた。


「問題は、碧雅なんです」


その表情は不安が色濃く表れていて、私は自然と自分の胸元に添えていた手に力を込めていた。


「どうしたの……?」


思わずそう聞くと、白恵が私に近づき、胸元に寄せていた私の手を握って軽く引っ張った。


「いこ、ユイちゃん」
「おい白恵。ユイはまだ起きたばっかだし……」
「みゃーちゃんにあいにいこうよ。みんなで」
「……確かにあれは、直接見た方がいいかもしれないね」
「そんなに状態が悪いの?」
「悪いというより、あれは……」


晶が珍しく言葉に詰まってる。一体彼に何が起きているか分からないけど、白恵や璃珀の言う通り直接会った方が早いのであれば、行くに越したことはない。体調も悪くないしね。
念の為ですと緋翠に手を添えられて碧雅がいる病室に着く。


「…………。」


ごくりと唾を飲み込み、部屋に入ると、そこに広がる光景は……──


「…………。」


もぐもぐ


「…………ね、なんて言っていいか分からないだろ?」
「…………どういうこと?」


もぐもぐもぐ

多分今は昼食の時間なんだろう。病室にある沢山の空っぽのお皿には所々ソースの汚れがついている。目の前に広がっていた光景は、碧雅がもぐもぐと沢山並べられた食事を一心不乱に食べているところだった。

……碧雅は普通よりの少食だったと思うんだけど、こんなに食べたことあった?


「いやーすげぇよなー。自分の身長以上にお皿が高く積み上げられてるんだもんな」
「アイスならともかく、普段の食事であそこまでの量を平らげるのは明らかに普通じゃありませんよ?!」
「“アイスならともかく”と付く時点でおかしいと思うが」
「ちなみに聞くけど、碧雅はいつ頃起きたの?」
「今朝目を覚ましたんだ。起きて第一声が“お腹空いた”だったのはちょっと面白かったね」
「……ん?」


あ、碧雅がこっちに気付いた。口いっぱいに食べ物を頬張ってこちらを見るその様は、ステラを彷彿とさせた。


「あ、ユイ起きたんだ」
「軽っ!」


いつもと変わらない態度に思わずずっこける。でも思えばそうか、碧雅は私がギラティナに破れた世界へ連れられたことを知らないんだ。
ちなみに碧雅はジョーイさんの診断によると、疲労は見られるもののしばらく休んで体を安静にしていれば良くなるだろうという見解だったとの事。…………本当に?


「体、なんともないの?」
「……特には。強いて言うならひたすらご飯を食べたい」
「これも疲労を回復するために体が栄養を欲しているのか?どうなんだロン毛」
「いや、俺に聞かれても……。ただあの時のパワーは明らかに通常以上に力を発揮していたと思う。その分使用したパワーを補給するために食事を取り続けている……と考えるのが無難だと思うね」
「そうですね。あられではなく、ブリザードと言うくらい激しい天候を辺りに発生させる程の力を発揮した訳ですから。……あの力は、イッシュ地方のキュレムにも匹敵するのではないでしょうか」
「流石に伝説のポケモン程じゃないでしょ」


碧雅は食事を続けながらそう言うけど、でもリッシ湖でのバトルやハクタイビルの時、ギラティナと互角に戦ったステラに技の威力が同等と感じさせることがあった。だとすれば、緋翠の例もあながち間違いじゃない気もする。……キュレムがどんなポケモンなのかは、後で調べておこう。


「まあ、何はともあれ無事で良かったよ!」
「……ごめん」


ふと、碧雅が小さく謝った。一瞬何のことか分からなかったけど、碧雅はそのまま言葉を続けた。


「みんなから聞いた。ユイを凍えさせて、危うく凍傷させるところだったって。……それだけじゃない、記憶にないけど、状況を考えずにステラと戦って自分も危なかったって事も」
「…………。」
「ユイが白恵と一緒に呼び戻してくれたって聞いた。……君の手を煩わせて、巻き込んで、ごめん」
「……謝ること、ないよ。仲間なんだから、助けるのは当然だもん」


……あの、私を忘れていた“碧雅”は、誰だったんだ。力が暴走して気が動転していた?吹雪で視界が見え難くて、誰か分からなかった?……いや、その線はどう考えても違うか、私たちしかいなかったんだし。
珍しく申し訳なさそうに謝る碧雅の手をそっと握り、笑いかける。そういう時は、謝るよりも。


「私は、“ありがとう”って言われた方が嬉しいよ。……なんて、ミルクさんの受け売りだけど」
「…………。」
「やりたい事をやっただけだから、碧雅が謝ることないよ。無事で、こうやって元気な姿を見せてくれただけで、充分だよ」
「…………。」


私の頭に手を伸ばし、そのままぽん、と手を置いた。璃珀とはまた違う、私より大きな男の子の手。ひんやりと冷たい手が、心地良かった。


「……あり、がとう」


カーテンが風に靡き、陽の光が碧雅の顔を優しく照らした。薄く、けど確かに、碧雅は笑ってくれた。お礼の言葉を直接言うのは気恥ずかしかったのか、少しぎこちなさを感じたけど、それすらも嬉しかった。


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