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『それじゃあ行くよぉー』
「おー」
「は、はーい」
あれから数十分後、私たちはウバメの森の祠の前で時音に手を繋がれ、“時渡り”を経て元の時間軸に戻ることになる。時渡りとはセレビィが持つ時を越える力の総称みたいなものらしい。そういえば、あの本にもセレビィっていうポケモンについて書かれていたことを思い出した。“幻のポケモン”に時に関する力を持つって、なんだか時の神のディアルガと似てるなと思ったけどそれは本人も自覚しているようで、どんよりと暗いオーラを放っていた。
『まさかぼくなんかがディアルガと同じなんて冗談甚だしいよ。向こうの方が規模も格も段違いだもんザ・神って感じだもん』
……セレビィも一応幻のポケモンと呼ばれるくらい珍しいはずなんだけど、時音は随分とネガティブ思考な持ち主のようだ。
「……フォローしてやるとするなら、こいつは移動できる時間軸はディアルガより劣るがその分異空間の移動が可能って事だ。もしかしたらあんたの元いた世界にも戻れるかもしれないぜ」
「……え!?」
うっそ。私、帰れるの?
『そっか、ユイは元々……。どうする?きみの過去の時間を辿れば行けなくないと思うよぉー』
「……そりゃ、帰りたくないと言えば嘘になる。けど、」
みんなとお別れもしてないし、あんな状態のみんなを残したまま帰るなんて出来るわけない。
「まだ帰らないよ。みんなをあのままにして、帰れるわけない」
「…………ふーん、あっそ」
『分かった。それじゃ、行くよぉー』
ふわりと身体が浮かび、時音の創り出した不思議な色をしたパステルカラーの空間に入り込み、プールを漂うかのように私たちは時音に手を引かれるまま不思議な空間を漂っていた。
「……あの、色々とありがとう」
「うわ今更しおらしく礼とか言うなよ気持ち悪っ。俺に散々な口叩いてた奴と同一人物かお前?」
「やっぱ嫌い、あなた敵だわ」
本当に気持ち悪そうな表情をしている彼に感謝の気持ちが消し飛んだ。
……本当に、長かったように思う。あの破れた世界での出来事は数時間程度の出来事だったはずなのに、仲間のみんなに何日も何年も会ってないような、そんな感覚。
横目で彼を見やる。出会いこそハクタイビルだったけど、その後は運良くと言うべきか、会うことは無かった。そしてリッシ湖で再会して、未だに力の差があることを思い知らされて、助けられて。
一緒に過ごして分かったことは、彼もただの生きているものということだ。アカギが以前形容した“兵器”なんかじゃない。笑うし、怒るし、意外と冗談も分かるし、たまに気遣ってくれる、普通の人だ。……いや、でも普通の人は紙袋や土は食べないし心を読むことも無いからやっぱ普通じゃないか。
(多分……リッシ湖で見せた恐ろしい面も、破れた世界で見せた意外な面も、どっちも本当の彼なんだ)
敵なのは頭では分かってるし、前よりも彼についての謎は増えてしまったけど……前よりも彼について知ることができたと思ってしまうのは、駄目だろうか。
そんな私の思いを知ってか知らずか、彼は「おい」と真剣な面持ちで声をかけてきた。
「この世界に残るなら、一つアドバイスしてやるよ。あんたはまず、知識を求めろ」
「え、今も一応ポケモンについて勉強したりジム巡りしてるんだけど」
「そっちじゃねぇ。もっと根本の、この世界特有の要素について」
この世界特有の要素……擬人化とか?
「あんたはまず、ユニと相棒と称して連れてるアイツについて知っておく必要がある。ただ教えたところであんたの頭がどうせキャパオーバーするだろ?自分の足で調べた方が頭に入りやすいはずだ」
「……うん、私のことよくご存知で」
「記録に残ってるかは知らねぇが、シンオウで一番の情報量を誇るのはミオシティの図書館だ。まずそこから漁ってみろ」
ミオシティ。確か、コトブキシティから西にある港町だ。無事に帰れて、みんなと一息つけたら次の目的地はそこにしようかな。
『珍しいねぇ、きみがそこまで親切にするなんてぇー』
「あ?俺は元々優しいだろうがさっさと飛べ」
『ごめんなさいぃぃ!』
時音のスピードが加速する。苦笑いを浮かべ、時々時音とも会話を交えながら、私たちは時渡りを経て元の時間軸に当たる地点にやって来たようだ。
『それじゃあ、せーの!で戻るからねぇー。またねぇー』
「本当に短かったけどありがとう時音!またねー!」
「……早くしろ」
ギューッと抱き締めていると低い声で脅してくる彼に脅えひぃと小さく鳴いた時音が空間に穴を開ける。一際眩しい光に目を瞑っていると、不意に肩を掴まれ、耳元から囁くように声をかけられた。
「 」
……私の口元は、緩く孤を描いていた。眩しい光の中、できる限り彼の顔を見た。
「……またね、“ ”」
この瞬間できる、最大の笑顔を向けて、不思議な時間旅行は終わりを告げた。
「……ぶっさ」
『行くよぉ。“せーの”!』
口ではそう言いつつも、声音はどこか柔らかく、嬉しそうな声色のその言葉が最後に聞いた彼の言葉だった。
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