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「……少し違うな」


聞かれることを想定していたのか、驚くことも無く破れた世界の破れた景色を人間味のない表情で眺めながら、私の方を見ずにステラは答えた。


「……違うって……?」
「…………。」


続きを待ったがステラはいつまで経っても答えてくれることなく、長いようで短い沈黙が続く。しびれを切らした金色の目が私を睨むように見つめた。


「なんで俺がいちいちお前に言わないといけないんだよ。お前に詮索される筋合いはない筈だぞ」
「…………!」


それはそうだ。自分の過去……誰だって他人に話したくないことは一つや二つある。ましてや自分が“何か”をされたかもしれないことを、顔見知り程度の、本来ならば敵である私に話してくれるわけ無かった。


「……ごめん」


気付けば口から謝罪の言葉が零れていた。同時に私は自分を責めた。相手の気持ちを考えず聞いてしまったことに。ステラはそんな私を見て仕方ないとばかりに息をつく。


「ひとつ言っておくならば、俺は確かにジジイに連れて来られているがギンガ団の実験でこうなった訳じゃない。ギンガ団とは利害が一致しただけで……ジジイが入団するために俺を利用したに過ぎないからな」
「……そう、なんだ。ごめんなさい、不躾に聞いて」
「…………。」


利害の一致って言ったけど、ステラは何の目的を果たしたくてギンガ団にいるんだろう。でももう聞き出す空気でも、無闇に聞き出したい訳でもなく、ただこの微妙な空気が過ぎ去ることを祈るのみだった。
意外にもその空気を壊したのはステラだった。


「なら詫びとして、ここから戻ったらメシ奢れ」
「ご飯?」
「もしくは作れ。あのピンク色の菓子作った奴に。湿気ってたけど味はいけた」
「流石紅眞だ」


遂にステラの舌をも唸らせたか、マイパーティのシェフ紅眞。うーんでも、敵であるステラに紅眞が料理作ってくれるかなぁ。「白髪頭にかーつ!」って意気込んでた相手だし、勝ててないし。


「じゃ、そのこうま?って奴に作っとくよう伝えとけよ、“ユイ”」
「勝手に決めないでよ……って私の名前なんで知ってるの?」
「お前の仲間が散々呼んでただろうが」


そうだっけ。あの時はみんな必死だったから、そんなこと気にしてる余裕なかったもの。


(……そういえば、ステラの名前って、なんなんだろう)


今まで出会ったギンガ団の幹部はマーズとジュピター、あとプルートのお爺さん。3人とも惑星の名前をしていたし、本名じゃないのは明らかだ。
それに向こうだけ名前を知っていて、私はコードネームしか知らないのはどうなんだ。一応破れた世界から出るまでは一緒にいるんだし、それくらいなら許されてもいいはず。


「じゃあ、あなたの名前も教えてよ」


何の気なしに聞いた質問だったのに、彼は金色の目を見開いて私を見た。そして徐々に視線を逸らす。


「………………、……ねぇよ」


口をつぐみ子どもがしょんぼりと落ち込んでいるように、ステラは小さく紡ぐ。
え、名前が無い?


「お母さんから、もらったとかは……?」
「だから言ったろ、あんたの想像してる母親とは違うって。俺は生まれた時から名前なんてねぇし、ギンガ団に入ってジジイと一緒に俺もコードネーム付けられただけだっつの」
「……でも“ステラ”って名前は、あなたには似合わないと思うよ。星って要素はともかく、璃珀曰くステラって名前は基本女性に付ける名前っぽいし」
「は!?!?」


あ、知らなかったんだ。てっきり知ってるんだとばかり。「あの老け顔許さねぇ」と呟いてる背後からメラメラと怒りの炎が燃え上がってるのが感じられる。
そしてダンと物音を立て勢い良く立ち上がった。


「決めた、俺は改名する」
「いやそもそもコードネームだから名前でもないんじゃ」


私のツッコミが届いているかはさておき、自分の名前を持つのは良いんじゃないかな。大事な個性だもんね。


「……丁度いいな。おい、あんたが俺の名前考えてみろよ」
「っ私?」
「メシの代わりにそれで我慢してやるよ。どうだ、悪くないだろ」
「えぇ……」


何故私が。なんかジーッと見てるなとは思ったけど、そういうパターンになるとは。仲間になったみんなに(一部を除いて)名前を付けたことはあったけど、敵に名前を贈る展開になるとは予想してなかったぞ。


「……じゃあ、あなたの知ってる碧雅の事について、教えてくれる?」


そもそも私たちは碧雅の記憶の手がかりを探すためにステラを追っていたんだ。寧ろ今この機会は絶好のチャンスと言っていい。私が名前を付ける条件で碧雅について知ってる事を教えてもらえれば……卑怯かもしれないけど、これは交渉だ。


「あー、そう来る?別に教えてやってもいいけどさ……聞いたところでどうにもならないと思うぜ」
「え、それってどういう……」
「ま!まずはその前にこの世界からさっさと出るぞ。予定通りギラティナをおびき出す」


私の言葉を遮るように、ステラは次の行動に移るようだった。私はこの世界ではただの足でまといでしかないから、大人しく彼に従うしかないんだけど。一応“教えてやってもいい”って言質は取れたし。


(おびき出すって、どうやるんだろ)


疑問の顔でステラを見つめていると、ステラは私を見てニヤリと嫌な笑みを浮かべた。なんかいやーな予感が……。
そしてまた私を丸太のように持ち上げた。


「よしいくぞ。いい叫び頼むぜ!」
「叫び?…………ってぎゃあああァァァァ!!」


元から命綱無しでこの破れた世界を奔走していた訳なんだけど、だとしても滝に直接ダイブは無しでしょ!しかも垂直に落ちてる滝になんて!


「ひゃあぁぁああぁぁ!!」
「うっさ」
「誰が叫ばせてると……いやぁぁぁ死ぬぅぅぅ!!」


けど不思議なことに落ちてる浮遊感は感じず、私たちは水の流れのままに進んでいく。視界は垂直真っ逆さまに落ちているのに、重力は感じなくて、頭がおかしくなりそうだ。

多分時間にして1分もかからなかった滝下りは終わり、私はすぐ側の地面に降ろされた。安全装置のない命懸けのアトラクションに乗った気分だ。


「……し、死ぬかと思った……」
「流石に上には戻れそうにねぇな」
「なんでそんな平然としてるの!?」
「そりゃお前がこんなに慌てふためいてたらなぁ。……そら、来たぜ」


ステラの向く方角を見ると、その言葉通り翼の生えた蛇のような、棘を携えた龍のような、おぞましいと思わせる巨大な何かがこちらに近づいているのが見えた。


「あ、あれがギラティナ?」
「普通に考えればそうだろ。んじゃちょっくら行ってくるか」


待ってろよ、そう言い残してステラはギラティナと思わしき何かの元へ向かって行った。え、私は!?私はどうすればいいの!?
まあ普通に考えればバトルするみたいだから私を連れて行けるわけないのはわかるけど!


『……来たか、紛い物よ』


低い声が空気を揺るがし、思わず背筋が強ばり息を飲む。
数々の浮かぶ岩をジャンプしながら移動しながらステラは手から複数の小さなシャドーボールの弾を放つ。だがギラティナの尾に全て弾かれてしまった。


『小癪。その程度で我を御するか』
「今のはほんの小手調べに決まってるだろ。……一応聞いてやるけどさ、あんたここから出してくれるわけ?」
『……我が本来狙ったはあの獣。あのトゲピーのバトンタッチに邪魔をされ、御心が呼び出した娘をも巻きこんでしまったが……さりとてやるべき事は変わらぬ。この世界の理を正すため、貴様らの命を貰い受けよう』
「ハッ!随分自分勝手な野郎だなぁオイ!」


何を話しているかは聞こえないけど、恐らくギラティナは私たちをこの世界から出してくれないんだろう。ギラティナの虫のような顎が開き、青色の炎が揺らめくりゅうのいぶきが放たれる。


『果てよ』


空中で身動きの取れないステラに直撃してしまう。危ないと思った刹那、ステラは腕をクロスさせりゅうのいぶきを受けていた、そして狙っていたとばかりに金の瞳を輝かせ笑う。


「お返しだ」


りゅうのいぶきを受けた彼の手は鏡のように輝き、そのまま次に放たれたりゅうのいぶきをギラティナに向けて弾き返した。速さと威力が上昇した自身のりゅうのいぶきを喰らったギラティナは一瞬後退するものの、その威厳を損なわず悠然と佇む。


『……ふむ、』


ギラティナが闇に包まれたと思うと、次の瞬間その姿は影のように消えていた。


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