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おっといけない、と白恵は白々しく独り言を止め笑う。……この声、どこかで聞いたことがあるような。元々の声は白恵がベースだけど、この人特有の癖、みたいなものが。


「このままだとタイムリミット。一番最悪のパターンになってしまうな」
「最悪のパターン……?」
「相打ち。両者とも力尽きることだよ」


思わず息を飲み、目を見開いた。嫌な予感ほど的中してしまう。私の顔を見た白恵が「決まりだね」と言い、小さな手で人差し指を立て振り始めた。仄かに光り始めた人差し指は蛍の光のよう。


「さぁユイちゃん、そこの氷を持ってきて」
「え、氷……?」


白恵の指定した氷、というか氷の板。あの吹雪の中凍てついた氷はそう簡単に溶けそうもなく、人一人なら乗れそうだけど……ま、まさか。
白恵は体力が回復しきっていない紅眞たちを見やり、笑って告げた。


「キミたちも来れそうならおいでよ、ボクとしては見学することをオススメするけどね。さあ行くぞ、ザッブーン!」
「ぎ、ぎゃあああ!!」
『マ、マスター!?』


白恵のゆびをふるが出した技はなみのり。白恵に腕を掴まれされるがままリッシ湖の水面に投げ出され、運良く氷の板が下に落ち私はビート板に乗るように氷の板に乗っていた。そしてなみのりの効果で波が高く上がり、まるでサーフィンの要領で割れた氷を避けつつ碧雅たちのもとへ向かっていく。


「冷たっ!せっかくあっためてもらったのに意味ないし!」
「あっははは〜。ユイちゃん面白い姿勢だね〜」
「白恵のせいでこうなってるんだけど!?」


あはははーと笑ったまま白恵は何も答えない。ちなみに白恵はちゃんと氷の板に立ってなみのりしている。何このキャラチェンジ。普段の白恵ならもうちょい私を気遣ってくれるぞ!多分。


「あ、そうだ。ユイちゃんにあげるよ、ラッキーアイテム」
「ぶふっ……甘い匂い?」
「モモンのみをふんだんに使ったポフィン〜」


私の顔目掛けて投げ込まれた紙袋の中に入っていたのは鮮やかなピンク色のあまいポフィン。これもしかして、紅眞が以前ヨスガシティで作ってたポフィンじゃ。そう思って白恵を見ると、私の思惑が分かっているのか誤魔化すようにあはははーと笑うばかり。……い、いつ作ったと思ってるの!?絶対食べたらお腹壊す。食べ物を粗末にしちゃいけないってのに。

と思っている間に、避けきれない位置にある氷塊がもう少しでぶつかりそうな距離に近付いていた。嘘、今手持ちが誰もいないのにこのままじゃ激突しちゃう。白恵はちっちっちと舌を鳴らし、反対の指で岩を召喚した。


「最初に“白恵”が言ったろう?ボクはキミを手伝うために来たんだよ」
「……白恵って、攻撃技使えたんだ」


げんしのちからで氷塊を粉々に破壊し、気づけば碧雅たちにもう少しで接触できそうな距離まで来ていた。そこで一旦なみのりが止まり、白恵が私に打ち合わせのように耳打ちをする。


「キミが望めばきっと彼らは戦いを止めると思う。“私のために争わないでー!”ってやっておいでよ」
「嫌だよ。……それに思い出したけど、私さっき碧雅を引き止めた時、ダメだったよ」


寧ろ私のことを覚えてない様子だったし。あの氷のように冷たい目がまだ記憶に焼き付いている。


「そりゃあアレだ、キミの気持ちが足りなかったから。本気で望んでみなよ。ポケモンレンジャーだってそうだろ?生半可な気持ちじゃキャプチャできないんだしさ」
「ポケモンレンジャー……?」


聞き慣れない職業だけど、ポケモンってつくくらいだからこの世界特有の職業なんだろうな。キャプチャって用語もよく分からないけど、文脈から察するになんとなく心を通わせる、とかそういう意味合いなんだろうか。


(本気の、気持ち)


自分の胸元に手を当てて考えてみる。さっきだって碧雅のことが心配な気持ちは本気だったのに、何が足りなかったんだろう。今までと明らかに違う様子で、不安で……というか、この状況は本当にどういう事なんだ。


(どうして私たち、こんな目に遭ってるんだろう?)


気にしてる場合じゃなかったけど、私が“ユニ”って人の娘だとか白恵が言うし、碧雅は私のこと忘れて何故かステラと命懸けで戦ってるし、ステラもステラで突然リッシ湖を奇襲するし、親方さんも紅眞単身でジムに挑めだの…………あれ、なんかイラついてきた。


「……ムカつく」
「へ?」


ああ、そっか。私イラついてるんだ。自分が氷と水でびしょ濡れで風邪を引きそうなのも、ステラに腕を折られかけたのもあるけど、それよりも。


「状況が分からないまま色々振り回されて、巻き込まれて、怒ってるんだ」
「おーい?ユイちゃーん?」


何より友達や仲間が何もしてないのにボコボコにされたのが一番イラつく。うん、いくらなんでも理不尽だ。この状況はおかしい。私たちが何をしたっていうんだ。真顔で淡々と整理した頭の中の意見を述べる私の目の前で引き気味な様子で手を振る白恵を余所に、私は考えを更にめぐらせていた。


(そもそも私がこの世界に来た理由も未だに知らないし分からない。アルセウスが送り返したとか言われたけど、勝手すぎない?旅をしていればいつか分かるって白恵が言っていたけど、それまでずっとこんな目に遭わないといけないの?)


タイミングよろしく碧雅とステラがアイアンテールの鍔迫り合いの衝撃で互いに後ずさる。碧雅は氷塊の上にバランスよく乗っていて、私たちに気づく振りは無いけど手を伸ばせば届きそうだ。


(色々あるけれどまずは、こっちが先だ)


私は思い切り、碧雅のマフラーを引っ張った。


「っぐ!?」


彼の目が私を捉えた。
私は思い切り、息を吸い込んだ。


「──いい加減にして!」


一度怒号が出たと思えば、私の口は捲し立て止まることを知らず、滅多に出さない大声を出しまくった。


「何さっきからステラとガチバトルしてるの!?こんなに身体が熱い状態でさ、明らかに普段と体調が違うのに何やってるの!バカ?バカなの!?今この瞬間だけは碧雅の方が大バカだよ!あと私は人間じゃなくてユイって名前がある!なんで忘れてるのか知らないけど結構傷付いたわ忘れんなバカ!」
「……は……」


あとそこ!とステラを指差す。「え、俺?」とステラもまさか自分が指名されるとは思わずポカンと口を開き自分を指さしていた。


「痕は残らないように切ったとか言うけどそもそも女の子の顔を切るな!私の心を読むな!親方さんやティナちゃんが何をしたの?誰かを痛めつけたって、私の腕を折ったって神様と呼ばれるポケモンがそう簡単に来ると思ってるの!?来るわけないでしょそんな危険人物が近くにいるんだったら!ていうか来ないって予感してたなら最初から襲うな!」
「……な、なんだコイツ……」
「その言葉そっくりそのままお返しします!」


もう一度私は碧雅の方に目を向ける。マフラーを握り締めてるから苦しそうだけど、私は今ムカついてるんだから。私の方に力強く引き寄せて、聞こえないなんて言わせないくらい目の前で、子どもが騒ぐように喚き立てる。色んな感情がごちゃまぜになって、目からは無意識に涙が浮かび、視界が潤んできた。

所々切り傷が生まれて、氷の瘡蓋から滲む赤い血が痛々しくて、眉を垂らしつつ口元をギュッと噛んだ。悲しいし、イライラするし、ああもうどうにでもなれ。
両手で碧雅の顔を覆い、青い目と目を合わせる。


「君の名前は碧雅。同じ名前をしている人やポケモンは、探せば存在するかもしれない。でも私があの日シンジ湖で出会って、ギンガ団に襲われて、なんだかんだ一緒に来てくれることを選んでくれた物好きで、アイスのことになると一気にIQが下がるグレイシアは世界中探したって君しかいないでしょ!」


シンジ湖の出来事を経てナナカマド博士やコウキ君と出会い、人の温かさを知った。

コトブキシティでアチャモだった紅眞が仲間になり、仲間が増える喜びを知った。

ズバットに襲われていたラルトスの緋翠を助けて谷間の発電所でギンガ団の幹部と戦い、この世界のリアルと非常さを知った。

ハクタイシティで私の事情を話しても引くことなく話を聞いてくれて、誰かを信じることの大切さを知った。

206番道路で荒んでいた晶と出会い、捨てられるポケモンの存在とその悲しさを知った。

カフェやまごやで色々な体験をして誘拐もされかけたけど、みんなは勿論新しい出会いで結ばれる誰かとの繋がりがあることを知った。

ティナちゃんや親方さんたちと出会って、種族のレッテルに縛られる苦しみを抱えつつも人間とポケモンが手を取り合って生きている者がいる共存の可能性を知った。


碧雅と出会ってから、こんなに沢山の出来事があったんだよ。どうして忘れちゃったの。まるで別人みたいになって、ただ戦うだけの機械みたいになって。

ポロリと涙が重力に従って頬を伝った。咽び返り徐々に言葉が出なくなってきて、額同士を鈍い音がするくらいの勢いで合わせた。彼の暗い目が一面に映る。海底の目が融けて、奥にいる彼自身に戻るよう祈って。


「かえして」


その言葉は、以前どこかで言ったことがある気がした。


「碧雅を“かえして”!」


その言葉は一体、誰に向けて放ったものなのか、自分でも分からなかった。


シンと空気が静まり返り、私の乱れた呼吸音だけがリッシ湖に流れる。白恵の「うっわぁ〜……」と引いた声が嫌に耳に入った。ハァ、ハァと息を整えている間に碧雅が小さく「……みやび」と自分の名を復唱していた。そして目には徐々に光が戻り、瞬いたと思うと次の瞬間には元の碧雅に戻っていた。


「……もど、った?」
「…………たおれそ」


一言、それだけ言うと碧雅は宣言通り原型に戻り倒れ込んでしまった。慌ててグレイシアの体をキャッチし、呼吸と心音を確認すると……生きている。


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