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「あ……」
「…………。」


私を見下ろす目が離れ何事も無いように碧雅はステラと向かい合う。
異常な気候を引き起こす程の力、私を認識しても無反応な様子、冷たい外気とは裏腹に本人が持つ熱気。
おかしい。明らかにおかしい。


(この碧雅をステラに近付けちゃいけない)


それは本能だった。動物の持つ直感と言うべきか、つまるところただの勘だけど、碧雅の様子が明らかに普段と異なるのは火を見るより明らかなのだから。
今度は碧雅を腕で抱き留めるように止める。碧雅は足を止めたけど、身体は手と同様熱いままだ。


「碧雅、止まって!」
「…………。」
「ねぇおかしいよ。どうしたの?一旦ボールに戻って休んだ方が──」
「誰」


初めて、言葉を発した。私の言葉を遮り淡々と告げるその様は、やっぱりいつもと違っていて、でも話し方は碧雅そのものだった。
でも自身の肩越しに私を見つめるその目は、光はなく、深い海の底のような冷たい眼差しを宿していた。


「お前は誰だ、人間」


その眼差しは間違いなく、拒絶の意味を孕んでいた。


「…………え?」
『っユイ!』


碧雅が私の腕を振り払い、私が目を見開き愕然としているところに、いつの間にやって来たのかボロボロの紅眞が原型で私を抱えあげた。
『大丈夫か!』とか『うわ血出てんじゃん!』とか、そういった言葉を掛けられた気がする。無意識に相槌をうちつつも、その言葉は右から左へ流れていった。


(……碧雅が、私のことを忘れてる……?)


『マスター!』


紅眞に運ばれて着いたのは、親方さんたちのいるリッシ湖の入口付近だった。親方さんたちの姿が見当たらないけど、更に安全な場所に避難したのかな。緋翠が一目散に駆け寄り、体についた雪を払ってくれる。そうだ、私凄い凍えてるんだった。紅眞がにほんばれを放つけど、天候が変わる気配はない。


『なんなんだよこれ、クッソ!』
『紅眞くん、そこの薪に火を放つんだ』
『主、寝るな。いいか、死ぬなよ』


どうやら碧雅とステラが対峙している間に合流していたらしい。私の救出に向かおうにも無策で挑んだところで成す術がなく、どうしようかというところで碧雅がステラの元にいたのに気付いた。けれど私を助ける気配がなく様子がおかしいと気付いた紅眞が一目散に向かって、私を咄嗟に抱えてあの場所から逃げてきたらしい。
普段なら絶対にやってくれないだろう晶がチルタリスの羽に包ませてくれて、紅眞が薪に炎を放ち緋翠がリフレクターを展開しひとまずの暖を取ることができた。


『マスター、応急処置で申し訳ありませんが失礼いたします』
「うん。……あ痛っ」
『女の子の顔に酷いことをするものだね、彼は』
『……勝てなかった』


どこに持っていたか知らないけど、緋翠がほっぺに絆創膏を貼ってくれた。璃珀が尾ひれで頬を摩ってくれて、晶は悔しそうにポツリと呟く。
いや、待って。まだ状況は何も変わってない。それに碧雅をそのまま置いてきてしまった。


「急いで碧雅を止めないと」
『危ねぇぞ!』


体を起こしリフレクターの膜から抜け出そうとするけど、紅眞に止められてしまう。でもあの碧雅をそのままにしておく訳にはいかない。

すると碧雅たちのいた場所から爆発音が響く。吹雪の勢いが弱まり、白かった視界が徐々に晴れてきた。白煙から2人の人影が飛び出し、互いに技をぶつけ合っている。どちらもその威力は、明らかに通常より莫大だった。


『雪うさぎと白髪頭が戦っているのか?』
『碧雅が、あの技放ってるんだよな……?』
『だがあのれいとうビーム、今まで見たこともない威力だけけど』
『ですが彼は今人型です。人型の状態で原型以上の威力で技を放つ例など聞いたことがありません』
「…………。」


みんなの会話を耳に挟みながら、私はリッシ湖で繰り広げられている光景を漠然と眺めていた。

ステラが的確に弱点を突くほのお技を放つが、碧雅はみずのはどうを防御に使い要所要所で先制のこおりのつぶてを放ちダメージを蓄積させていく。ステラも璃珀の毒を喰らったはずなのに、今はそれを感じさせないくらいのアクロバティックな動きを繰り出していて、素早さで劣る碧雅に接近しほのおのキバを模した爪をたてて攻撃を仕掛けている。

両者共、地面に叩きつけられたと思えばすぐに次の攻撃を行い、その衝撃で湖の氷は割れ、水面が揺れ立ち、互いに避けた技で畔の地面が抉れ、地が悲鳴を上げる。

こんな戦い方私は知らない。こんなバトル見たことない。これはまるで、獣の命の奪い合いだ。


「……!」


ほのおのキバが碧雅の腕を裂いた。私より明らかに出血の多い患部を碧雅は自身の氷で即席の瘡蓋を作る。その顔も無表情で、痛みも感じてないように見えた。そして何事も無かったように、再び戦いに身を投じる。
お返しとばかりに今度はステラが氷で肩を切り裂かれた。けれどステラも気に止めることなく、黒い外套が血で滲むのをものともせず愉しそうに碧雅に向かっていく。
2人とも止まることを知らない。周りが見えていない。ただお互いが倒れるまで、動かなくなるまで力でねじ伏せる戦い方。

その光景に私だけじゃない、みんなも漠然としているようだった。


これじゃあ、このままじゃ……。


「助けたい、ユイちゃん?」


この中でいなかった人物の声。彼には親方さんたちをお願いしたはずなのに、どうしてここにいるの?


「……白恵……?」
「あはは。あーらら、やってるねぇ。これが“彼”の狙っていたことだったのかな?だが流石は神が持つ願いの力。因果はどうであれ、結果的にあの子はキミを守っていることになる」


リフレクターの膜越しに、暢気に碧雅たちの戦いを眺める白恵。どこか、彼の雰囲気が変わったと思うのは私の気の所為だろうか。


「皮肉にも辻褄としては合っているのか。ボクとしては複雑な心境だなぁ」


私はカラカラと笑う白恵に近寄った。


「白恵。どうしたら碧雅を助けられる?」


白恵は私の方へ振り向き、2色の眼が細め口元に弧を描き狐を思わせる狡猾な笑みを浮かべた。そのまま静かに2人を指差した。


「そりゃあ止めればいいのさ。普通にあの中に入って、“やめなさーい”って止めるといい」
『なっ!そんな事をマスターにさせるなんて……』
「できるとも。なんせ彼女はユニの娘だから」


さも当然とばかりに言い退ける白恵に私含め全員が困惑した様子だった。


『……ユニ……?』
『誰だその人間の名は。お前を何を知っている、マメ助』
『ていうかお前、親方さんたちどうしたんだよ!?』
「はいはい、話は後々。早くしないとキミたちの仲間が死んでしまうよ?ちなみに言うとあのギャラドスたちはあくびで眠ってもらっただけだとも。あのメスのギャラドスも一緒にね」
「メスのギャラドスって、ティナちゃん?私たちと一緒にいたから距離は大分遠かったと思うけど……?」
「ゆびをふるでテレポートを2回出せばいいだけだからねぇ〜この身体なら容易いよ」


サラリと笑顔でとんでもないことを吐く白恵に口元が引き攣った。理論上は可能だけど、それってとんてもなく運が良くないと無理じゃ……?
あ、でも白恵は幸運のポケモンだったと合点がいき、未だ戦いを繰り広げる碧雅たちに目を向けた。……さっきよりも動きが遅くなっている?それに所々、傷が増えているように見受けられた。それはそうだ、人型で尋常じゃない動きを繰り返して、ポケモンの技を放ち続ければ体力がすぐ無くなるのは想像にかたくない。
ふむ、と白恵が手を顎に当て考え込むような仕草をする。


「やはり長時間の戦闘は無理か。ボクも動いているあの子たちを初めて目の当たりにするが……なるほどなるほど、成果としては概ね成功していると言える」


……前々から不思議な子だと思っていたけど、今の白恵は本当に謎だ。妙な喋り方になってるし、雰囲気がガラリと変わってるし。まるで人格そのものが入れ替わっているみたいな。


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