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「わーおじちゃん、まだいきてるなんてすごいねぇ」
「白恵……?」


白恵が突然現れ親方さんの身体を触る。親方さんがそれに痛みを感じ顔を顰めるが白恵は止めることはせず、そのまま目を瞑り念を込めているようだった。
患部を触る手から淡い光が発生し、その光は徐々に親方さんの身体を包み込む。


「はやくさきにいっておいで、ユイちゃん」
「……白恵、だよね?」
「これは、ねがいごと……か?」
「ふふふっ」


この空気に似合わない、楽しそうに笑う白恵に先に行くよう言われる。彼の言葉通り、早く紅眞たちの手助けに回った方がいいのも事実だけど、度重なるテレポートで体力を消耗した緋翠と白恵、親方さんを置いて行くなんて……。


「璃珀、ここに残って親方さんたちを守って。晶、みんなの手助けに向かうよ」
「ああ、無論だ」
「……いや、申し訳ないけどご主人、それは断らせてもらう」


珍しく璃珀が反論した。その目は静かに先程の奇襲で砂煙がたつ湖の孤島を見つめ、冷たい怒りを孕んでいるように感じた。
……そうだよね。璃珀にとってここは大切な場所だし、仲間がこんな目に遭わされたら、誰だって怒る。
すると緋翠が『行ってください』と私たちを促した。


『私なら大丈夫です。まだ彼らを守れるだけの力は残っていますから』
「ううん、すーちゃんもいっておいで」


はい、と白恵が手を差し出すと緋翠の身体も淡い光に包まれて、ねがいごとの効果で体力が回復したようだった。今まではいのちのしずくを使うことが多かったのに……いつの間にこんなに力を使えるようになったの?


『あ……ありがとうございます、白恵』
「うん。ぼくはこううんのポケモンだから、ここまでこうげきはこないよ」


その言葉には妙に説得力があった。確かに白恵は運に恵まれている。グラシデアの花を難なく見つけたり、カフェやまごやでも結果として自分に一切被害が及ばなかったり。他にも彼は沢山、不幸に見舞われることは無かったように思う。
殻の中にたくさんの幸せが詰まっており、それを幸運という形で周りに分けてくれるトゲピーの白恵がいるのなら、攻撃の余波がここまで及ぶ可能性は低いかもしれない。それにステラと戦うには戦力は一人でも多いに越したことはない。


「…………白恵、親方さんを守ってくれる?」
「うん、まかせて」


念の為親方さんを湖の畔にいるギャラドスの近くまで移動させようと奮闘する。流石にギャラドスの巨体は私はもちろんみんなも悪戦苦闘していたけど、途中ステラにやられ吹っ飛ばされていたらしい見張り番のもう一匹のギャラドスが人型を取りこちらにやって来てくれた。まだ人型を取れる彼と体力が少し回復し心配で様子を見にきた畔のギャラドスとの2人がかりで親方さんは見事に運び出されることになったのであった。


「親方と坊主は俺たちが守る。お嬢たちのサポートに回ってくれ」
「っ、はい!」
「……ありがとうな」
『…………。』


ギャラドスに見送られ、3人の仲間を引連れてリッシ湖の孤島に向かう。辛うじて目を覚ました親方さんが白恵を黙って見据えていることなど、私は知る由もなかった。


未だ砂煙が立ち込めるそこはどのような状況になっているのか判別がつかなかった。けれど急がなくては、と気持ちが焦り、足のスピードは自然と早まる。
砂煙から突然何かが放り出され、それは私の目の前でどさりと音を立てて倒れ込んだ。


「っ、碧雅!?」
『……っ……』
「碧雅くん、大丈夫かい?!……緋翠くん」
『はい、微力ながらいやしのはどうを送ります』
「!僕は先に行くぞ』


原型で倒れている碧雅に一瞥を残し、一足先に原型に戻り晶が砂煙の中へ紅眞たちの手助けのため進んで行く。流石の璃珀も人目が無いこともあってか原型に戻り、緋翠がいやしのはどうを送り碧雅の回復に務めた。


『……ご主人、俺は気になっていたんだ』
「な、何が?」
『どうして彼は“ステラ”という名前なのか』
「どうしてって……?」


唐突な投げかけられたステラについての疑問に私は答えを出すことが出来ない。璃珀は治療される碧雅を見つめたまま言葉を続ける。


『“ステラ”という言葉自体は存在する。別の地方の古い言葉で“星”の意味を持っているんだ。ただ……今までギンガ団の幹部は惑星の名をコードネームとして貰っているのに、彼はその法則に当てはまらない。名も無きただの星なんだ、文字通り』
「……星、」
『それにこれは一般論だけど、“ステラ”という名前は普通は女性に付けられることが多い。……彼は本当に、ギンガ団の仲間なのか?』


沈黙と孤島の戦いの覇音が響く中、璃珀の投げかけた疑問が頭の中で昇華されていく。確かに彼は、他のギンガ団から敬遠されているような扱いだった気がする。テンガン山で遭遇したボスのアカギでさえも、彼を“兵器”と形容していたくらいには。
璃珀の目は次は緋翠を促すように見つめた。


『緋翠くんは、何か知らないのかい。あの時は聞き出す空気じゃなかったから控えたけれど、元々ギンガ団にいたなら彼の話は聞いたことがあると思うんだ』
『……。』
「緋翠?」
『……確証が持てなかったので、今まで言い出せ無かったのですが……。無礼をお許しください、マスター』


申し訳なさそうに表情が歪んだ。続きを促すと、ぽつりぽつりと緋翠が話し出す。


『彼がギンガ団に来たのは私が支給ポケモンとして団員の手持ちになった後なので、実を言うと私も詳細は知らないのです。ですが、噂によれば彼はプルートと共にギンガ団に入団したと聞いています』
「プルート?」
『マスターは一度会ったことがあります。谷間の発電所にマーズと共にいた、老人の科学者です』


……あの胡散臭そうな小柄なお爺さんのことか。あの人が、ステラを連れて来た?


『あくまで噂ですから、本当のところは分かりません。あと聞いたことがあるとすれば……そのステラの高い能力を他のポケモンに適用させる為、密かに実験が行われているという話ですが……』
「また実験……そういえば、緋翠がされた実験とその噂の実験は違ってるの?」
『私がされたのは“個体ごとの得意分野をより強化させる”もの。噂の実験は“ステラの高い能力値を他のポケモンでも再現可能にする”ものです。平たく言えば……常時限界突破をさせると言ったものでしょうか』
「そんな事しちゃえば……」
『はい。間違いなく身体の細胞が悲鳴を上げ、寿命が大幅に縮む、若しくは身体が不可に耐えきれなくなってしまう事でしょう』


言葉を濁しているけど、緋翠の言わんとしている事は……そういう事なのだろう。璃珀も理解しているようでミロカロスの麗しい顔が人間の所業に憤りを帯びるように歪んだ。


『そこまで具体的に分かっているということは……恐らくその噂はビンゴだろうね』
「どうして、そんな事をするんだろう……」
「俺が知るかばーか」


突然後ろから聞こえてきた声。今聞こえるはずのない声に驚きで心臓が高鳴り、反射的に後ろを振り向いた。
璃珀も、感情や気配に敏感な緋翠でさえも、気付かなかった。


「なん、で……いるの、?」


紅眞は、晶は、……ティナちゃんは、どうなった?


「ああ、アレ?」


ステラの視線が指し示す方角にゆっくり目を向ける。孤島に立ちこめた砂煙が徐々に晴れていき、煙が晴れた先にいたのは衝撃が凄まじいことを物語るクレーターに倒れ伏した紅眞と晶。
そして辛うじてまだ立ち上がっているティナちゃんだった。


「……ご、ほっ……」
『姉さん!』
「ティナちゃん……!」
「まだ……やられるものですか……。あたしは……あたしたちは……!」
「最後まで原型に戻らず俺とここまでやれたのは認めてやるよ。ただなぁ……──あー、やっぱりもう飽きたからいいわ」


そう言うとステラは片手からシャドーボールを放ち、立つのがやっとのティナちゃんに向けて放とうとしていた。


「やめ……!」
『やめてもらおう、ステラ』


低い声で璃珀がステラの片手を逃さないとばかりに長いしなやかや身体で巻き付いた。そのまま至近距離でハイドロポンプを放つ。大量の水が飛沫となり、私たちに雨のように降り注ぐ。


『……これ以上姉さんを傷付けるなら、俺が相手になろう』


それは慈しみの心を持つ彼の、最大の怒りだった。


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