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「あぁ……?誰だあんたら」


眉をひそめて全く身に覚えがないと言い放つステラのその顔は、本当に思い当たる節がないようだ。ハクタイシティでの出来事を、彼は覚えていないのか。全員の目がステラに向いたまま、目が離せなかった。


「あれがお前たちの言っていた、ステラか……。確かに雪うさぎそっくりだ、生き写しと言っても過言じゃない」
「おいコラ白髪頭!一度ハクタイシティでボコボコにしといてそりゃねぇぞ!」
「手から放たれてるのは、雷……?」


緋翠の言葉で思い出した。そうだ、ステラは前に碧雅に手を凍らされた時、内側から氷を溶かしていた。あれはほのおタイプの熱気で溶かしていたと思っていたんだけど、今回は雷……即ちでんきタイプの技を使っていることになる。ゴースト、ほのお、でんき、様々なタイプの技を人型のまま原型のポケモンに打ち勝つほどの威力で使いこなす。通常擬人化したポケモンの技の威力は、原型のポケモンが放つそれより大きく劣ると言われているのに。……彼は一体、何なんだ?


「ご主人!」


フリーズしている私を戻したのは、璃珀だった。珍しく声を荒らげ、肩を掴み私を真っ直ぐ見据えてきた。


「彼が気になることは分かる。ただ、今だけは……」
「お父様!」


ティナちゃんの悲痛な呼び掛けに意識がステラから親方さんに移った。そうだ、早く親方さんを助けないと。親方さんは未だステラの下で倒れている。早く治療しないと、あのままじゃ本当に……!


「白髪……ハクタイ……。あー、思い出したわ。お前あの時のワカシャモか」


人のこと白髪白髪って失礼な奴だよなーなんて、まるで友達と話すようにカラカラと笑っている。ぐったりとした親方さんの上に立ち陽気に笑っている構図は、彼の異質さをより増させた。
ティナちゃんは歯を食いしばり、拳を握り締めている。その手は怒りでワナワナと震えていた。


「……いい加減そこから降りたらどうだ、白髪頭」
「だから白髪って言うなっつってんだろ」
「僕たちはそこのギャラドスを助けに来ただけだ。この数相手に戦うのはお前も得策じゃないだろう、大人しく引け」
「……“引け”?俺が、お前らのために?」


晶の言葉にニヤリと嫌な笑みを見せたステラ。ぞくり、と背筋が凍った。
何故だろう、どうして彼と同じ顔なのに、この彼に対してここまでの恐怖を覚えてしまうのは。
私は無意識に碧雅の方を見た。碧雅は何かを考える素振りを見せていたかと思うと、近くにいた緋翠に耳打ちをしていた。


「──……できそう?」
「やってみます。……大丈夫ですか、碧雅」
「闇雲に不安になってても仕方ない。とりあえず目先の優先事項は親方の救出、アイツとの対峙はそれからだ」
「……ええ、分かりました」


緋翠がうなづいたのと、ティナちゃんがステラに飛びかかって行ったのは同時だった。ティナちゃんの蹴りをものともせず躱し、ステラは不敵な笑みを崩さずリッシ湖の孤島に降り立つ。


「まだあたしが冷静であるうちに答えて。ここを狙ったのはリッシ湖に眠るアグノムが目的だというのは分かってる。では1回目の襲撃の時にお父様の片目をかみなりで焼き潰し撤退したのは何故?」
「……かみ、なりで……?」
「ひ、ひでぇ……」


唐突に告げられた親方さんの片目の怪我の全貌を知り、思わず自分の左目を手で覆った。ただでさえ効果抜群なのに、それを目にやられるなんて尋常でない痛みだったに違いない。
ステラは「あー……」と目を細め、当時のことを思い返していた。


「簡単だよ。ただ単にお前らへの見せしめと、俺の興味」
「……興味、ですって?」


そ、とステラは孤島の一番上の方に移動した。


「あんたらがここを縄張りとして我が物顔で陣取ってるのは知ってるぜ。アジトでもあんたらのことは話題に出てたからな、“どうやってあのギャラドスの集団を退けるか”って。だがまあご存知の通り、三湖の神はそもそも守護されることを必要としていないんだよ」


……?
何を言ってるの?だって、グランドレイクに泊まった日の晩に璃珀が言っていたのに。“アグノムを守るために住んでいる”って。ティナちゃんも、驚きのあまり目を見開いている。


「シンジ湖のエムリット、エイチ湖のユクシー。そのどちらにもお前らのような守護を目的としたポケモンの目撃例は存在しないし、伝承も前例もない。この老いぼれのギャラドスになにか理由があったのかもしれないが、要はあんたらが勝手に住み始めて勝手にここを守り始めた、それだけの事なんだよ」
「……聞いたことも、ないわ……。あたしは生まれた時からお父様から、“来たるべき時のためにここにいる”って言われて……。ずっと、お前たちのような存在から湖を守るものだと思っていて……」
「師匠!そんな奴の言うことなんて嘘っぱちに決まってる!」
「なんだ、知らなかったのか。仮に守護を任されているんなら、なんでアグノムはお前たちを助けようとしない?長年仕えているそのギャラドスが倒れ力尽きようとしても出てこようとしないのは何故だ?」


……シンジ湖で初めて碧雅と出会った時のことを思い出した。博士たちの推測が正しければ、私は、あの時エムリットに助けられた。エムリットは不思議な力で私を襲っていたズバットを吹き飛ばした。
そうだ、眠っているとしても必要に応じて彼らは自分で身を守ることが出来るんだ。


「まあ自称守護者とのたまう輩でも、まがりなりにも湖を守ってきたのは事実だ。そんな奴らに対してアイツらがどうするか興味はあったんだが……まあ結果は、想像通りだったな」


嘲るように笑ったステラに対し、ティナちゃんは唇を噛み締める。その赤い瞳は彼への怒りで満ちていた。


「なあ、聞いてるんだろ、おい?」
「もういい」
「……!」


自身が立っている孤島の真下に向けて言葉を放つステラの背後に碧雅が移動し、れいとうビームを放つ。死角に回ったにも関わらず間一髪避けたのは敵ながらあっぱれと言わざるを得ない。碧雅の目は静かに憤りの感情を宿していた。


「おいおい、せっかく俺が話してるのに攻撃するのはやめろよ」
「もうその話はいい。結果はどうあれ、彼らの努力を無下にする発言は止めろ」
「碧雅くん……」


……そう、だ。彼らの得たものは、神と呼ばれるポケモンの守護者という肩書きじゃない。守られる権利じゃない。トラブルがありながらも人間と和解の道を模索した。人間とポケモンの、新たな可能性の道を切り開いてくれた。
すると突然私の目の前に光が発生し、現れたのはステラの前で倒れていた親方さんだった。


『……ハァ……ハァ……、今です!』
「紅眞、いけ!」
『分かってるっつーの、師匠!』
「上等よ、叩け!」


緋翠が親方さんを安全な位置までテレポートで移動させ、碧雅がステラの死角から放ったれいとうビームが湖の一部を凍らせることで孤島まで渡れるようになり、拳に炎を灯した紅眞がティナちゃんと共に渾身の一撃を叩き込む。


『……んで、……来やがった。お前ェら……』
「ッ!親方さん……!璃珀!」
「親方、まだ生きてる?!」
『ハッ……この程度で……ッ、死んで……たまるか』


口ではそう言うものの身体は思うように力が入らず、起き上がる力も無いようだった。この傷じゃ、キズぐすりを吹きかけても意味を為さない。


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