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「紅眞、大丈夫!?」
『……おうっ!あのヌオー、攻撃はそこまで高くねぇみたいだな』
口ではああ言ってるけど、効果抜群技を喰らってしまったからやっぱり辛そうだ。ジムリーダーのポケモンとなれば、攻防共に隙なく育てているに違いないから。対してヌオーはまだ余裕といった感じ。……ほんとは最後までこの技は出したく無かったんだけど、この際しのごの言っていられない。
「ヌオーに背後から近づける?」
『任せろ!』
フィールドの足場でのほほんと佇んでいるヌオーにスピードを活かして背後に移動した。拳に力を込めて放たれる技は、今回のバトルのとっておき。
「──きしかいせい!」
「いかん!ヌオー、プールに逃げ……」
マキシさんが指示を言い終わる前にきしかいせいが直撃し、ヌオーは衝撃でジムの壁に吹っ飛ばされた。審判によって戦闘不能である判断が下された。
「まさか相性不利なほのおタイプでここまで俺様を追い詰めるとはなぁ。特にさっきの技には驚かされたぞぉ!」
笑ってはいるものの、きっと警戒されている。きしかいせいは残り体力が少ないほど威力が上がる技。上手く決まれば一発逆転のチャンスも狙える、正に起死回生。
本当は最後のバトルまで取っておきたかったんだけど、現実はそう上手くいかないよね。紅眞の体力が尽きて戦闘不能になってしまったら元も子もないから。
マキシさんが最後のボールを手に取る。次はきっと、彼のエースが来る。ここからが本番だ。ごくりと唾を飲み、集中を切らさない。
「頼むぞ、フローゼル!」
現れたエースポケモンのフローゼルはオレンジと黄色を基調としたイタチのような風貌のポケモンだった。身体についてるあの黄色い浮き輪みたいなのは何だろう。
フローゼルは大きな瞳をウィンクさせ、ヒレの付いた片手を顔の前に持って行く。
『チーーッス!』
『…………。』
「…………。」
はい?
紅眞共々目が点になってしまった。チャラい挨拶と仕草を披露したフローゼルはノーリアクションは私たちを見てあり?と首を傾げている。
『聞こえなかったんスかぁ?マキシマム仮面の頼れる相棒のフローゼル、ここに参上ッス!チーッス!』
「え、えっと……ち、ちーっす?」
見よう見まねで同じ動作をやってみたところ、フローゼルからグッドサインを貰ったからOKらしい。
「何故ちんちくりんもその挨拶で返してる!敵と和やかにするな!」
「あのフローゼルのテンション僕絶対無理」
「やっぱり最後はあいつで来たわね」
「え、姉さんあのフローゼルと知り合い?」
「あのテンションにムカついたから一度のしてやっただけよ。……それは置いといて、紅眞との相性は最悪と言っていいかもしれないわね」
「フローゼルは高い素早さと攻撃が特徴です。速さは紅眞の方が上ですし、防御力は低かったはずですが……」
『いやー、ボールの中から見てたけどそこのワカシャモ!ナイスバトルだったッスよー。特にさっきのきしかいせい!アレ受けたら人たまりもないッスわ〜』
『お、おお?ありがとうな!』
『でもその快進撃もここまで。トレーナーが女の子だからちょっと心が痛むけど……。俺っちもジムリーダーのポケモン、悪いけどアンタを倒させてもらうッス』
さっきまでの陽気な雰囲気はどこへやら。一段階低くなったフローゼルの声と鋭く細くなった目は彼の本気を示していた。
「さぁ行くぞチャレンジャー!全力でかかってこい!」
最終戦がスタートした。ここまで来たんだ、ティナちゃんやみんなにも沢山手伝ってもらったんだ。絶対に、“勝ち”を得て帰るんだ!
「紅眞、もう一度きしかいせい!」
『おう!』
先程と同じ要領で素早さで翻弄してから背後の奇襲を狙う。けれど同じ手が二度通用するほど敵は甘くなかった。読めていたとばかりに不敵に笑ったマキシさんは落ち着いてフローゼルに指示を出す。
「アクアジェットで避けろぉ!」
「……!」
その技名を聞き、ティナちゃんの言葉を思い出す。
“紅眞の弱点の2つ目……と言ってもこれはどのポケモンにも言えるけど、先制技に対する手段が乏しいこと。みきりで一時しのぎ出来たとしても、連発は出来ないからいつか必ず攻撃が命中する時がくる”
攻撃を避けることにアクアジェットを使ったけど、フローゼルは方向転換し紅眞に向かっている。みきりで……!
「──やっぱり、ヌオーまではノーダメージで行くべきだったわね」
そう呟いたティナちゃんの言葉が私にも届いた気がした。
私の指示が間に合わず、アクアジェットは紅眞に直撃し、吹っ飛ばされた衝撃で水飛沫と共に紅眞が空中を舞った。
その光景がスローモーションに動いているように見えて、一瞬音も何もかも認識できなかった。どさりと音を立て紅眞がフィールドの足場に倒れ込む。
「トドメをさしてやれ、しおみず!」
「!紅眞、動ける?みきりで避けよう!」
『…………っ、う…………ぐ……』
アクアジェットを食らってマトモに立てる状態じゃなかった。そうこうしている内にしおみずが放たれ、頭上から畳み掛けるように紅眞にしおみずが直撃した。
『っがあぁああぁ!!』
絶叫を上げて私の目の前にまで飛ばされてきた紅眞の身体は、もうボロボロだった。
(……あ、)
どくん。心臓が嫌な鼓動を大きく立てる。
しおみずは相手の体力が半分以下だと更に威力を発揮する。こんな状態じゃ、もう……
『……ゴホ、ッ……まだ、だ……!』
身体が震えているのに、みず技を受けてびしょ濡れなのに、紅眞はゆっくりと立ち上がった。
背中越しでも分かる、紅眞まだ、あの真っ直ぐな目に闘志を宿したままだ。
(……私、最低だ。一度、諦めた)
倒れた紅眞を見て、心のどこかで“ああ、やっぱりダメだった”って思った。だって相性が良くないから、紅眞だけで戦っていたからって、理由をつけて。紅眞は本気で勝つためにここにいるのに。
立ち上がった紅眞を見てマキシさんたちも驚いていた。そして、頭に着けてあるハチマキを見て納得したようだった。
「きあいのハチマキか、魅せてくれるじゃないかワカシャモ!」
『うーわマジで。俺っちたち、悪役みたいじゃないッスか』
『……っへへ、……大事な、約束が……あるからなぁ!』
「…………。」
この……馬鹿!
乾いた音がフィールド上に響いた。音の発生源は私だった。ああ、頬が痛いけど今の私には丁度いい。
緋翠がマスター!と悲愴の面持ちで声を上げていたけど、これは私への罰なんだよ。
「……紅眞、ごめん」
『……勝つぞ、ユイ』
まだ勝負は終わっていない。
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