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頭に大きなたんこぶを作り湖に浮かぶギャラドスたちの手当てをし終え、リッシ湖を眺めながらのランチタイムを堪能した後、私たちはこの群れを率いる親方様に会うため彼ら本来の住処に向かっていた。

親方様、引いてはティナちゃんのお父様。一体どんな人……いやポケモンなんだろう。ギャラドスなのは確定してるけど。


「……ねぇ、」


そういえば、親方さんは私以外のポケモンの言葉を話せる人間に会ったことがあるんだよね。その人の事も気になる。どんな人だったんだろうか。


(……。)


気になってしまった途端、様々な不安が頭の中を駆け巡る。

考える暇もなかったから気に止めて無かったけど、改めて、私のこの力は何なんだろう?どうして私だけが原型のポケモンの言葉を理解できるのか、理由がずっと不明瞭なままで。旅を続けていても分かることもなくて。
しかも元々違う世界からやってきた人間なんているはずもなくて。シンジ湖で倒れていた私を保護してくれたナナカマド博士。友達になってくれたヒカリちゃんにコウキ君。ジュン君……はライバルって言ってたけど、友達だよね、うん。
私はあの人たちとは違うんだ。どれだけ仲良くしてくれても、どれだけ似通っていても。ポケモンの言葉を理解できる人間なんて、ましてや他の世界から来た人間なんて、普通なら有り得ない。

だから少しだけ、ほっとした。


「……ちょっと、」


(私以外にもいたんだ、ポケモンの言葉を理解できる人。私だけじゃないんだ)


自分だけじゃないことに安心した。イレギュラーが私だけじゃなくて、独りだけなんだという孤独が少し消えた気がした。
それと同時に、顔も知らないもう一人の理解者に対して申し訳ない気持ちが芽生えた。


「━━ねぇったら!」


耳元で叫ばれ、堪らず肩が跳ねた。声のした方をむくと、ほっぺを膨らましたティナちゃんがさっきから声かけてたじゃないとむくれている。


「あ、……ごめん。考え事してた」
「もう。やっぱりあの子たち、変なことをあなたに吹き込んだんじゃないわよね」


お仕置が足りなかったかしらと自身の手を見つめながらポツリと呟くティナちゃんに慌てて待ったをかける。ギャラドスさんたちの頭があれ以上に大変なことになってしまう。
私たちの後ろでは、他のみんなが原型で横並びでゾロゾロと話し込みながら進んでいる。


『見られてるのには気付いてたけど、まさかバラされてたなんてね……』
『ギャラドスとミロカロスは対の関係として扱われることも多いですし、お似合いではないでしょうか』
『緋翠、お前怒ってると思ってたけど案外普通なのな。“マスターを慕っていると仰ったのは嘘だったのですか”って晶にやるみたいに圧かけるかと思ったのに』
『僕にやるみたいにってどういう意味だ』
『怒りませんよ。初めにお会いした時から何となく分かっていましたし、マスターが気にしていらっしゃらないのなら私がとやかく言う必要はありませんから』
『つまりユイが仮に怒ってたらやる気はあったと』
『……さぁ、どうでしょうね』
(底知れぬ何かを感じる)


ガヤガヤと喋りながら進む道すがら、ティナちゃんが「あ」と思い出したように碧雅を呼んだ。


「あなた、ここから先は擬人化を取らない方がいいわよ」
『……なんで?』


……なんか、嫌な予感がするんだけど。その予感はすぐに的中した。


「お父様が住処にいるのは怪我をしたからなんだけど、その原因はステラと戦ったことによるものだから。きっとあなたの顔を見たら彼が来たと思って暴れ出すわよ」
「えっ……ステラ!?」


ここで、その名前が出てくるんだ。確かにティナちゃんもグランドレイクで人型の碧雅に攻撃していたし……下手なトラブルは避けた方がいいよね。


「ねぇ、ステラって……」
「そういえば何か知ってそうな口ぶりだったわね。顔のよく似た碧雅を連れ歩いているのも気になるけど、あの坊やに会ったことがあるの?」
「私もそれを聞きたかったんだよ!あんなに敵意剥き出しにしてるなんて何かあったに違いないって思ってたけど、まさか家族が怪我をしてたなんて……!」
「……。一度お父様に会った後、互いの情報を共有しましょう」


少し考え込んだティナちゃんが真剣な表情でそう伝えてきた。私もそれに相槌で応え、住処へ進む足を早める。璃珀が擬人化を取り私たちに並んだ。


「親方は無事なの、姉さん」
「命に別状は無いわ。ただ、本調子では無いけどね」
『なんでステラのヤローはそのオヤカタさんと戦ったんだ?』
「さあ?詳しくはお父様に聞いてちょうだい。……さて、着いたわよ」


人目を避けるように湖から繋がっている小さな川。川を添いながら進んでいくと、森の緑にカモフラージュされ、木の葉で覆った家の形を模した植物のような物が姿を現した。ツリーハウスっていうのかな……中には木の上に建っているものもある。
ティナちゃんはそのツリーハウスの内、一番高い木に建てられている家に慣れた身のこなしで乗り上がっていった。私はというと勿論高い木を軽々しく登れるはずも無く、先にみんなに上がってもらい緋翠のサイコキネシスでふよふよと上にあげてもらった。


『晶が飛んで運んでやれば楽なのによー』
『ほざくなトサカ頭。何故僕がちんちくりんを運んでやらないといけない』
『分かった!チルタリスの体格がちっちゃいからユイを落としそうで自信ないんだな?』
『なるほど、お前はそんなに自ら進んで戦闘不能になりたいんだな』
『いでででで!』
『わーっしょい、わーっしょい』
『……何馬鹿やってるの鳥コンビ』


鳥コンビの名前が定着しつつあるね碧雅。あと白恵は盛り上げないで。
中には先に着いていたティナちゃんと、髪を乱雑にした男の人が肘に頬を乗せてこちらに背中を向けて横になっていた。


「お父様、今入ってきた女の子が先日お話しした友達のユイよ」
「……。」


気だるそうにこちらを振り向く。切れ長の赤い目が私を捉え、徐々に身体が私たちの方を向いた。


「…………!」
(あれ、驚いた……?)


私の全身を見た瞬間、目を見開き有り得ないものを見るような目で見られた、気がした。

けど私の気の所為だったのか何事も無かったように起き上がり、私を含めた仲間を見定める。その中で璃珀の姿があるのを確認したけど、ティナちゃんから報告が上がっていたのか特に触れることは無かった。


(あの、目……)


私を起き上がる前の肩越しで見てきた側とは反対の目。今まで出会ったギャラドスたちが人型になると揃って赤い目をしていた。彼もその例に漏れず燃えるようなガーネットの瞳をしている。ただ、本来それがあるはずの左目には、黒い眼帯がしてあった。健康的に焼かれた肌と厳つい顔立ちが相まって、海賊のような印象を受けた。


「……懐かしいじゃねぇか、璃珀」


あぐらをかき右手に顎を乗せるその仕草は一見ずぼらそうだが、薄く笑い鋭利な眼差しの中にある落ち着いた風格は正しく“王”と呼ぶに相応しいものだった。


「……親方……」


ポツリ、と璃珀が独り言のように小さく呟く。


「また生きてそのツラ見れただけ上等だ。……よく帰ってきた」


目を細め口角が僅かに上がった。良かった、璃珀が本当に彼らに見捨てられた訳じゃなくて。
そして親方さんは私の方に話を振る。


「おめェさんがうちの娘が話していた嬢ちゃんか。娘と息子が世話になった」
「い、いえ。初めまして、ユイと言います」
「……。」


何故だろう、すごく見られている気がする。言葉では歓迎していたけど、それとは裏腹なじろりという効果音が似合う探りを入れる蛇のような瞳から思わず目を逸らしてしまう。
長いようで短い無言の時間。ここは、私から話を進めないと。ゴクリと唾を飲み、絞るように声を出す。


「あ、あの……私たち、ステラというギンガ団の幹部について情報を集めているんです。先程ティナちゃんからあなたが彼と戦ったということを聞いて……」
「あたしが情報共有をしましょうと話をもちかけたの」
「……アレについてか」


親方さんは忌々しく眼帯をさすった。……あの眼帯はステラとの戦いで負った怪我を隠すためのものなんだ。


「断る。璃珀を連れてさっさとここから失せることだ」


けれど返ってきた返答は期待していたものでは到底なかった。真っ先に反論したのは紅眞だった。


『なんでだよオヤカタのおっさん!ただお互い知ってることを話し合うだけだろ?』
「ちょ、紅眞……!」
「口の利き方のなってないガキだな。なら一つ聞くが、お前ェたちは俺から奴の情報を聞いてどうする気だ」
『俺たちがステラのヤローをぶっ飛ばす』
「……あ゛ぁ?」


ドスの効いた声で睨みをきかせるそのオーラに堪らず身じろいだ。紅眞も例外ではなく一瞬怯んでしまったが、更に足を踏んじばって親方さんを睨み返す。その様子を見た親方さんは紅眞を鼻で笑った。


「随分と可愛い睨み返しじゃねぇか。話にならねぇぞ、よくそれでステラを倒すと言い放ったもんだ」
「んなっ……やってみなきゃわかんねぇだろ!」
「……お前ェ、よく無鉄砲だと言われてんだろ」


ハクタイシティの一件でも碧雅に無謀とは言われてたね、確か。それは紅眞も覚えていたみたいで、苦虫を噛み潰したような顔で「……分かってるよ」と話を続ける。


「今の俺じゃアイツに勝てないのは分かってる。前みたいな無茶はしない。でも、俺たちはアイツに用がある。だから近付きたいんだ」
「…………。」
「その為にもまずは情報だ。アイツのことをもっと知っておく必要がある」
「そう言われて、俺が教えると思ってるのか?」
「俺にできることならなんだってやってやるよ!頼む!」
『……紅眞……』


紅眞はピシッと姿勢を正し、親方さんに向かって綺麗なお辞儀で頼み込んでいた。思わず息を飲み、碧雅も愕然とした様子で紅眞を見た。


「……何がお前ェをそこまで動かすんだ?」


目を細め静かに紅眞に質問をする親方さん。紅眞は当たり前だと言うように胸を張り、親方さんを射抜くように真っ直ぐな目を向けた。


『友達のために決まってんだろ!』


そうだ。紅眞はトバリシティの時だって一番に碧雅に激励の言葉をかけた。自分もステラに勝てずに負けてしまったのに、そんなの関係ないとばかりに。


(眩しいな、紅眞は)


まるで主人公みたいに、キラキラ輝いてるように見える。
そんな紅眞の後ろ姿を眺めていたみんなも、紅眞と共に並び親方さんに頼み込む。


「俺からも頼みたい、親方。帰ってきて早々こんなことを言うのは無礼だと分かっているけど、彼らは“今の”俺の仲間だからね」


ねっ、と私にウィンクを飛ばす璃珀。


『……私は、元ギンガ団の者です。彼らの行っていた行為の全てを知る訳ではありませんが、このシンオウによからぬ事を企んでいることだけは分かります。仮にもこの地の神の一体に仕えている貴方なら、それを阻止するためもステラとの対決は避けて通れないと理解しておいでのはず』


慎ましく控えつつも、緋翠の口から発されるその言葉は固い意思を含んでいる。そしていつの間に近付いたのか、白恵が親方さんの片目を覗き込み、よしよしと頭を撫でる。


『おじちゃん、やさしーね』
「……!」
『貴方はこちらにお戻りなさい』


サイコキネシスで白恵がこちらに引き戻された。あーれー、なんてこの空気に似合わないセリフを言いながら。


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