IB | ナノ

4/4

「ね、言った通りでしょう?」


ワーワー騒いでるギャラドスさんたちに絡まれてる光景を唖然と眺めている私の背後でティナちゃんが口元を緩ませて共にその様子を見つめる。その顔は仕方ないなと言わんばかりの家族を見守る母のような表情で、璃珀が“姉さん”と呼んでいたのも頷ける気がした。見た目は私と同じくらいなのに、全然大人っぽい。ちょっと座りましょうと促され芝生に腰掛け、何をする訳でもなく夜空を見上げる。さっきは星が見えてたのに、今は曇ってしまって月が朧気に輝くだけ。

あのね、ティナちゃんが話を切り出した。


「あたしたちがあの子を追い出したのは本当よ、それは認めるわ。でも決して、あの子やあなたたちが思っているような理由では無いの」
「じゃあ、どうして……」
「──ねぇ」


ホテルで会った時みたいに私を見上げ、小首を傾げるような仕草をする。


「あなたはここを見てどう思った?」
「えっ……?」


抽象的な質問をされ困惑した声が出た。思考が頭を巡るけど、言葉通りの解釈でいいのなら……、


「……とっても綺麗な所、だと思った」


景観の美しさも勿論、ギャラドスたちの幻想的な光景も、月に照らされる水の澄んだ美しさも、璃珀の彼らを大切に思う気持ちも、璃珀とギャラドスたちの絆も、全て。


「……当たり障りの無い、妥当な表現ね。でも、そっか、あなたにはここが“綺麗”に見えるのね」


その言い方だとまるで、ここが綺麗じゃないみたいだけど。ティナちゃんは悲しそうに目を伏せた。


「ミロカロスがどのような環境で生きるポケモンか知ってるかしら?」
「え、えっと……みずタイプだから、やっぱり水辺とか?」
「まぁそうね。ミロカロスは澄んだ湖の湖底に生息するの。争い事を感知すると姿を現し、その怒りを鎮めにやってくる。争いの気配を感じると昂るあたしたちとは対になる存在ね」


対の関係。確かに、ギャラドスとミロカロスってどことなく対照的な気がする。


「そして進化前のヒンバスは反対にどれほど水が汚くても、どれ程水量が少なくても、劣悪な環境で生きることが出来る生命力を持っているの。あの子が前の仲間に手酷く扱われても生き延びることが出来たのはあの子自身の身体の丈夫さもあるけど、元々持っていた生命力の高さのおかげね」


誰もいない湖を静かに見つめる。畔にいたコイキングたちも璃珀たちのもみくちゃに勢いよくはねながら混ざってたから。


「あの子、ヒンバスだった頃は元気だったのよ。でもミロカロスに進化してここで過ごしている内に、徐々に身体が弱ってきたの」
「え、どうして?」
「今話したでしょ。簡単よ、ここの水が汚かったから」


汚い?夜だから視界が悪くてそう感じないのかもしれないけど、そんな事なさそうなのに。ティナちゃんは答えだとある場所を指さした。そこは、ホテル・グランドレイク。


“リッシ湖は観光地化が進んでいて、人がとても多く行き交う”


昨日打ち明けてくれた璃珀の言葉を思い出した。


(もしかして、)
「元々ここはシンオウ地方の地元民や神話の研究者が訪れる程度の場所だったの。でも、あの子がミロカロスになってリッシ湖で姿を現したのを偶然見られた時、“色違いのミロカロスが住む湖”として有名になってしまった」


……逆だったんだ。元々観光地化が進んでいたんじゃない。話は出ていたんだろうけど、璃珀が……“色違いのミロカロス”という珍しいポケモンが現れたからこそ、それが決定打で観光地化が早く進んだんだ。その部分は璃珀の推測と合っている。
増える観光客に、沢山の人に訪れてもらうために早急に進むホテル開発。工事や営業される中発生する沢山の廃棄物やガス、マナーの悪い観光客が畔や湖に捨てていくゴミ。それは徐々に水質を汚染し、湖のポケモンに害が及ぶ。


「ポケモンの中には釣り竿を使って釣り上げられる子もいるの。ミロカロスもその一匹ね。それを狙って湖で釣りを始めて、狙いでは無いポケモンが釣れた時、素直に逃がしてくれる事もあれば苛立ちが募って手持ちに攻撃させて湖に投げ捨てる事もあった」
「──…………。」
「あたしたちギャラドスは進化の条件がただの成長だから、あまり身体に変化は無いの。コイキングもヒンバスと同様、どれ程の悪環境でも生きられるから。なるべくあたしたちも水質を汚染しないよう務めたわ。見かけたゴミは処理するし、人間が訪れてゴミを廃棄しようとしたり、必要以上に攻撃を加えようものなら姿を現し威嚇する。でも、情報収集のためグランドレイクで働いていた時に聞いたの。“湖の弊害になるポケモンたちを排除する”って」
「はい、じょ、」


あんまりじゃないか。だって悪いのは、私たち人間なのに。


「あたしも初めはあなたたち人間を恨んだわ。どうしてあの子があんな目に遭うのか、あたしたちが人間に危害を被らせたかって。でも同時にボランティアで湖を綺麗にしてくれるのも、ポケモンを人間の都合で始末するなんてと抗議してくれたのも、仲間と仲睦まじく湖を訪れる姿を見せて共存の可能性を示してくれたのも……人間だった」


結果として自分たちの開発の影響でポケモンに被害が及んでいることを知り、環境を壊さない程度に開発を進めることになった。この辺りに住むポケモンに誠意を込めて湖に向かって謝罪してくれたわ。


「それはホテル開発のオーナーでね。その姿を見てあたしも覚悟を決めて、直接会って自分の本当の素性を説明したの。その縁あってかあたしは今もグランドレイクで働いて、動向を見張るついでに人間の社会について学ばせてもらってるわ」
「そうだったんだ……」
「……まあでも、あの子はどの道ここから追い出していたとは思うの」
「どうして?」
「…………だって、」


きゅっ、とあの時の辛そうな顔になった。そのまま言葉は続く。


「だってあの子は、こんな所で終わっていい子じゃない。あたしたちみたいに恐れられて周りに迷惑をかける存在じゃない。今は良くてもいつかハンターのような人間に捕まって売りさばかれたら?それにいくら環境が改善されたと言っても、まだミロカロスが安全に住めるほどとまではいかなかったの。身体に異常を来たしてもここに居続けようとするあの子を見てあたしは決めたわ。“ここではない拠り所を見つけてもらおう”って」


自分の手で道を切り開いて、自分が心から安心できる所を自分で見つけて欲しい。

ティナちゃんの言った通りだ。璃珀を大切に思うからこそ、彼をここから追い出したんだ。


「ミロカロスという種族は人間にとても需要があるから。あとはあの子がトレーナーを見定めて、自由に生きてくれればいい。そう思って……」


璃珀、私の他にもトレーナーいたんだけど。とは流石に言わないでおこう、本人の為にも。


「……話してくれてありがとう」


やっぱり璃珀の推測は半分合ってるけど、半分違っていた。


(でもまだ、分かってないことも多い)


結局ティナちゃんが碧雅を襲った時に呟いたステラやギンガ団の事については何も判明していない。まあまずは、璃珀の問題が解決したことを素直に喜ぶべきなんだし、その点は良かったと思っているけど。
ただ……ティナちゃんたちの行動は璃珀の為を思って動いていたのは本当だろう。私から言うべきことじゃないのは分かってる。でも……


「……良いの?璃珀はこれからもリッシ湖にやって来ても」


いくら相手を思って行動したからって、ティナちゃんたちの行動はただのエゴだ。本人がどうしたいのかを聞くまでもなく、こうすべきだと動いてしまった。璃珀は結果、心に傷を負って今日までここに来ることができなかった。そう言われていたこともあるけど。
それはティナちゃんも自覚していたようで、一瞬喉を詰まらせた。


「そうね、あたしも悩んだわ。でも……恋仲のあなたが一緒ならもうあんな無茶はしないでしょ」
「はい?」


何やらとんでもないワードが聞こえたんだけど?ティナちゃんはキョトンとした表情で私を見つめている。


「え?あの子が心を許して自分の過去を話すくらいだし、てっきりそういうものだと思ってたんだけど……」
「違います!!」


過去に告白されましたけどね!?結局それも嘘だったんだけど!あのいつものニコニコ顔でバレちゃった?って言われてごらん、流石にその顔一発殴らせろってなるから。
それに、そもそもポケモンと人間の恋愛なんて無理に決まって……る、よね?璃珀が昔は人間とポケモンの恋愛は当たり前だったって言ってたけど……。
私が必死で否定している様子を見て、ティナちゃんは勘違いだったのかと漸く気づく。


「……そう、だったの……。そ、そう……」


ティナちゃんの目は放心してどこか心ここに在らずと言った様子で、自分に言い聞かせるように胸に手を当てていた。
その様子に心配になった私が手を目の前で振って声をかけたら、物凄い驚かれた。


「ひゃっ!」


……なんか顔がほのかに赤いんだけど、大丈夫?


「あ、……その……そろそろあの子たちを助けてあげましょうか」
「……行っちゃった」


早足で未だにギャラドスさんたちにもみくちゃにされてるみんなの救出に向かったティナちゃん。私は何がなにやら分からず、首を傾げるのみだった。


prev / next

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -