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『時間ダヨ!時間ダヨ!コッチキテ!コッチキテ!』
「……なんだこの馬鹿そうな鳴き声は」
「ぺラップの鳴き声とはこの事なのでしょうか」
「ご丁寧にちゃんと人間の言葉で喋ってるね」


窓を開けて外を確認すると、音符のような頭にカラフルな色が混ざった鳥のようなポケモンが空を飛んでいた。私と目が合うと『ワカッタ!ワカッタ!』とリッシ湖の方へ飛んで行く。どうやらあれが合図で間違いないようだ。
みんなをボールに戻し指定された場所へ向かう。あくまで話をするだけと思っているけど、念には念を入れて準備は万全に整えたつもりだ。みんなの体力は満タンだし、道具も完備、ついでに時間があったのでお風呂に入って身も心もサッパリだ。

指定されたルームハウスに着くと、ティナちゃんはハウスの壁に体を預け空を眺めていた。その目にはどんな星空が映っているんだろう。


「……ティナちゃん、」


静謐な空間に私の声が融け、ウェーブのかかった髪がふわりと舞った。


「ユイ。こんばんは、ちゃんと来てくれたのね」
「……うん」
「そう警戒しないで……と言いたいけど、あの子の話を聞いたなら無理もないわね。知ってるんでしょ、あたしの本当の姿」
「……。」


その問いにゆっくり小さく頷くと、ティナちゃんは諦めたように微笑んだ。距離を、置かれたような気がした。
ただ、ティナちゃんの言葉には語弊があった。仲間の──璃珀が入っているボールを撫で、私はティナちゃんに微笑みかけた。


「緊張はしてるけど、警戒はしてないよ」


緋翠の言っていたティナちゃんの気持ち、あの時見せた悲しい顔。それに理由を話すだけならあの場で説明すれば済むことなのに、ティナちゃんは何故か今晩の機会を自分から設けてくれた。一歩、また一歩、ティナちゃんに少しずつ近づいて行く。初めて友達になった時のようにティナちゃんの手を両手でそっと包み込み、赤い瞳を真っ直ぐ見据えた。


「私は“友達の”ティナちゃんを信じてるから」


彼女の大きな目が更に見開いた。信じているからこそ、仲間にも事情を説明して一人も外に出さずに私は彼女と対面している。人間が、いくら擬人化しているとはいえポケモンに襲われたらひとたまりもないのは重々承知している。これは私なりの彼女への信頼を示しているつもりだ。
知り合ってまだ間もないけど、璃珀と違ってたくさんの時間を共に過ごしたわけではないけど、私はティナちゃんがどうしても璃珀の話したような事をするような子だとは思えなかった。
ホテルの外灯が仄かに照らされる中、ティナちゃんが声にならない声が唇から微かに漏れ出た。


「……危うい子」
「え……?」


小さく呟かれて、何を言ったか聞き取ることは出来なかった。聞き直そうとしたけどティナちゃんはルームハウスの裏手の崖にスタスタと歩き出し話を進める。


「ねぇ、あなたの手持ちに空を飛べるかロッククライムの技を使える子はいるかしら」
「え?えーっと、空を飛べるのは晶だと思うけど……本人の性格上無理そう。ロッククライム?は聞いたことないから使えないと思うな」
「そう……なら申し訳ないけどあたしがあなたを連れてくわ」


そう言うとティナちゃんは失礼と私を横抱きで抱え、ルームハウスの裏の崖から飛び降りた。強烈な浮遊感が襲い、髪が空に向かい風に吹かれる。時間にしておよそ数秒。落ちているということに気づくのが一呼吸遅れた。


「え、ぎゃぁああぁああ!!」
「ユイ、少し静かにしてもらえる?ホテルの人が気づいちゃうわ」
「崖から命綱無しで飛び降りられたら誰だって叫ぶよぉおお!?」


生まれて初めてお姫様抱っこされたわ!しかも女の子に!無事に崖下に着地して下ろしてもらい、四つん這いの姿勢で地面を噛み締める。大地、偉大。


「……そ、そうだったの。ごめんなさい、人目に憚られずに行くならここのルートが一番近いものだから……」
『ならせめて僕たちに一声かけて欲しいんだけど?』
「あら、お前たちのようなひょろっちい坊やが確実に安全に迅速にこの子を運べると思ってるの?」


それって暗に重いって言ってない!?碧雅も『はぁ?』って怖い声出さないで!


『ユイと俺たちに対する態度、違いすぎねぇか?』


紅眞の呆気に取られた声が響く。すると奥の茂みからガサガサと音がした。身構えて音のした方を向くと、徐々に人の影が姿を現した。


「お嬢ー、迎えに来たぜ」
「お、その別嬪さんがこの前言ってた“お友達”か、なるほどなァ!」
「!お前たち……」


突如森の奥から男の人の声がした。茂みから現れたのはティナちゃんと同じ水色の髪をした人で、その体格に似合う逞しい顔立ちをした2人の男の人だった。……別嬪さんって私の事?


「そ、それ程でも……えへへ……」
『アホ面を晒すなちんちくりん』
『社交辞令って言葉知ってる?』
「うるさいわ!」


相変わらず一言余計な2人に一喝すると、ティナちゃんを含む3人が驚いた顔で私を見ていた。あれ、ティナちゃんは知らなかったんだっけ。


「あなた、ポケモンの言葉が分かるの?」
「へぇ!そいつぁ珍しいな!」
「親方から話は聞いたことがあったが、本当にいるとはな!」
「後でまだ擬人化できない仲間たちとも話してやってくれよ。みんな驚くぜ?」
「い、いたっ。いたいです」


体格のいいメンズ×2人に背中をバシバシ叩かれてめちゃめちゃ身体が痛い。多分2人に悪気は無いし寧ろスキンシップなんだろうけどね、身体はダメージを負ってきてるよ!
お前たち、とティナちゃんが低い声で唸るように声を上げた。


「客人に無礼を働くその腕を再起不能にされたいのかしら」


ティナちゃんの一喝で2人は即座にスキンシップをやめてすまねぇ!と謝罪してきた。“お嬢”って呼ばれてたし、もしかしてティナちゃんって結構位高め……?
ティナちゃんは小さく息を吐き森に向かって歩き始めた。


「迎えに来たのは感謝するわ。それじゃあ行きましょう、着いてきて」


暗い森の中を歩いて行く。茂みのガサガサとした音が静かな森に響き渡り、姿を見失わないようにティナちゃんの後を必死に追いかける。後ろはメンズさんたちが付いてきていて、見失わないように私に時々方向を教えてくれる。月光が木々の隙間から零れる唯一の明かりだった。

どれ程歩いたんだろう。それ程歩いてない気もするけど、どこを歩いているのか分からない感覚で進んでいたからか時間が長く感じていた。


「着いたわよ」


その言葉通り、森を抜けるとそこにあったのはシンジ湖と同じくらい大きな湖。夜空が水鏡に融けて、月光と合わさった神秘的な色が広がっている。静謐な青に散りばめられた星屑が揺らめいた。


「わぁ……!」


揺らめいたのは水面が揺れたから。沢山の龍たちが水の中から姿を現し、滴がほとばしる。その龍たちはポケモン図鑑で見たあの姿と同じだった。彼らは、ギャラドスたちだ。

図鑑の説明とは違い彼らは大人しく湖から顔を出し、それぞれが今日の月を見上げその美しさを堪能している。なにかの儀式のように神聖なその光景は、凡そ前の世界では見られることの無い素晴らしいものだった。
ティナちゃんがこちらに向き直す。首元に着けているしんぴのしずくが月光に照らされ冷たい輝きを放った。


「──ようこそ、リッシ湖へ」
(ここが、リッシ湖)


璃珀の、大切なふるさと。


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