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「生まれはテンガン山……?でも、さっきリッシ湖が故郷だって」
「……思えば昔のことを誰かに話すのはご主人が初めてだね」


昔話を読み聞かせる母親のように、璃珀はゆったりとした喋り方で話し始めた。




「俺が生まれたのはテンガン山の洞窟にある大きな泉。そこには俺以外にも沢山のヒンバスとミロカロスが生息している場所でね。人間が来るには厳しい場所だったから、乱獲される心配も少ない、良い場所だったと思うよ」


さっきヒンバスの姿を図鑑で見てもらっただろう。ヒンバスの色違いはあれより更にみすぼらしい、毒々しい色をした姿なんだ。


慣れた手つきで図鑑を操作し、色違いの姿を見せてきた。言われた通り確かに、一見すると身構えてしまうかもしれない。


「そのお陰か、俺はあそこで気味悪がられていてね。本来なら秩序を守るはずのミロカロスたちも醜い醜いって、むしろ迫害に回る方だっんだ」


“うわ、今毒がここを通ったよ。気持ち悪いな”

“どうしてお前はそんなに醜い色をしているんだ?ああ、その毒のような色の身体でここを泳いでいると思うと耐えられない!”

“今度人間が住処に近づいてきたら、お前を餌として差し出してあげるよ。気持ち悪くても珍しい色なんだから、きっと人間はお前を喜んで捕まえて高く売ってくれる”

“仮に売れなくても研究材料として解体してくれるさ。良かったね!こんなお前でも役に立てるよ!”

“ねぇ、毒”

“おい、毒”

“なぁ、毒”


「思えばその当時のあだ名は“毒”だったなぁ。あの見た目だし、仲間のヒンバスたちより近所のメノクラゲたちと仲良くしてたし。両親も俺を産んだことで迫害されて、とっくの昔に俺を置いて逃げてしまって後ろ盾が無かったこともあるかな」

「もちろん俺も、そんな風に自分を忌み嫌う彼らに良い感情は持ち合わせるわけなかった。仮にも世界で一番美しいと評されるポケモンと、その進化前なのに。俺の事を蔑む彼らの姿は、心は。どこからどう見ても、世界で一番醜かったよ」


けれど種族は同じ。自分も将来はミロカロスに進化する。そうすればいずれ彼らも自分を認めてくれる筈だ。そう信じて耐え続けていた。

コンディションを上げるために必要な木の実を自分だけ与えられなかったのなら、自分で取ればいい。

新しい技を自分だけ教えられなかったのなら、見て盗めばいい。

ストレス発散のサンドバッグにされるなら、あしらう術を覚えたらいい。

さいみんじゅつを始めとした色んな状態異常を付与する技は、こうして覚えていったんだ。


「…………。」


ギリ、と膝に置いた手に力が篭もる。なんて胸糞悪い話だ。それと同時に、その話を平然と話す璃珀に疑問が生じる。私より精神が成熟しているからその過去を受け入れているのかもしれないけど、この先の話で疑問は解消されるのだろうか。


「そしてある日。俺はメノクラゲたちと洞窟で知り合ったクロバットにある技を教わり、その練習をしていたんだ。もう少しで形になりそうってところで時間になって住処に帰ると、一匹のヒンバスに話しかけられた。どうやら俺たちの様子を見ていたようだった」


“お前!その技でぼくたちに復讐するつもりだろう!”

“え、何のこと?”

“うるさいうるさい!ぼ、ぼくたちがお前をずっといじめてるから、お前はそれでぼくたちをジワジワと嬲り殺す気だろう!?”

“違うよ、そんなつもりはなくて”

“それにその技は本来なら使えるはずないのに、なんでお前はできるんだ!?やっぱりお前はおかしいんだ!パパとママに言いつけて、今度こそお前を追い出してやる!”

“……!待って、危ないよ!”

“ひっ、触るな!……あ、……あ゙ァァ゙あァ゙!!?”


不意に触れてしまった部分から、相手のヒンバスの体の色が徐々に変色していった。ヒンバスは両親を泣き叫びながら呼び付け、ミロカロスの目が鋭く細まり自分を見据えた。


“仮にもお前も将来ミロカロスになるヒンバスだ。わたし達の慈悲でお前をここに置いてやっていたのに、とんだ恩返しだ”

“最早お前にかける情けは無い”


「そして俺は、テンガン山の急流から流されちゃったんだよ。もっと分かりやすく言うと、島流しかな」
「えっ」


あっけからんと話す璃珀に、ヒュっ、と乾いた空気の音が響いた。


「加えてその日は激しい雨が降っていてね。普段よりも流れが急で、当たり所が悪かったら本当に死んでたかもしれない。なんとか“こらえる”や“じたばた”を使って凌いだけど。生き残ることに必死で、何処に流れ着くかなんて考える余裕は無かったなぁ」


そして狭い急流から川瀬に流れ出た。そのまま力を振り絞って川を進んで行くと、広い開けた湖に出た。


“……、出られた”


テンガン山から、あの蠱毒を煮詰めたような巣窟から。流石に力尽きて、濁流に流されて湖畔に打ち上げられた。

そこに近づく誰かの足音。でももう逃げるだけの体力もなくて、抵抗する気も起きなかった。ここまでか、と思ったのも束の間、その人は俺を連れ帰って手当てをしてくれたんだ。


“おまえ、頑張って生きてきたのね”


初めて肯定された気がした。その言葉と温もりに初めての安堵を感じた俺の頬からは、一筋の涙が零れた。


「リッシ湖に流れ着いた俺は、そこで“本当の家族”に出会えたんだ」
(……初めて、こんなふうに笑う璃珀を見た)


今までも笑う、というか微笑んでる姿は毎日のように見ていたけど、今みたいなくしゃっとした屈託の無い笑顔は見た事がなかった。そっか、その家族と出会えたことで璃珀は救われたんだ。


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