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身体はまだ夢の中に沈んだ感覚が残ったまま、意識だけが覚醒しぱっちりと目が覚めた。カーテンが全開された窓から陽の光が入り思わず目を細める。たまらず陽射しと反対の方向に身体を向けると、赤と青のオッドアイと目が合った。


「おはよ、ユイちゃん」
「あれ、白恵……?」
「うん。もうあさだよ、ぐっもーにん」


抑揚の無い喋り方で白恵が朝だと伝えてくる。寝ぼけて少し寝癖のついた自分の髪を整え、ぼんやりとした意識が徐々に現実に帰ってくる。

白恵がモーモーミルクを入れてくれてる様子を眺めていると、ドタバタと誰かの騒がしい足音が近づいてきた。私用に宛てがわれた一室のドアが開き、入ってきたのは少し息を切らした緋翠だった。あれこんな緋翠珍しいと思いつつおはよう、と挨拶をすると、緋翠はゆっくりとベッドに近寄り、力が抜けたように座り込んだ。


「マスターの……目覚めた気配がして、参りました。おはようございます」
「う、うん、おはよう?そんなに慌ててどうしたの?」
「覚えていらっしゃいませんか。昨夜のことを」
「昨夜のこと、……あ!」


そうだ。言われて夜の出来事を思い出した。あの後私はさいみんじゅつの効果で眠ってしまって、誰かがベッドまで運んでくれたんだ。後でお礼を言わないと。
でも今はそんなことよりも、彼の方が問題だ。


「璃珀は今、どうなってるの……?」


“ごめんね。さようなら”


あの時の言葉の意味は、一体。
緋翠は振られると分かっていただろうけど、悄然とした面持ちで言葉を選ぶのに時間がかかっているようだ。
やっと出た返事は、私を驚愕させるには充分過ぎた。


「……別室にて、手と足を縛り目隠しをして拘束しています」
「……!」


言葉が出なかった。そこまでやるなんていくらなんでもと思ったけど、その気持ちが顔に出ていたのか緋翠は静かに首を横に振った。


「いけません」


丁寧な物言いだが解かないという意志はひしひしと伝わった。


「璃珀の目はさいみんじゅつを放つ可能性があります。マスターもそれに当てられてしまったのですから。手足を自由にすれば技を駆使し、逃げてしまう可能性もあります。それに……」


それに?復唱して続きを待った。


「……本人が、それを望んだのです」


分からない。璃珀がどうして私を眠らせようとしたのか。あの時の表情の真意はなんだったのか。でも、方法が無いわけじゃない。動物とは違って、言葉が通じるんだから。


「……私、会いに行くよ。止めても聞かないからね」
「はい、私たちが問いただしてもマスターが目覚めた時にとはぐらかされてしまいました。私たちがお傍におりますので、また怪しい素振りを見せれば、すぐにでも」
「……攻撃は、しちゃダメだよ」


簡単に身支度を整え、拘束されているという部屋に案内された。




「主、目が覚めたか」
「大事は無さそうだね」
「おはよう。晶、碧雅。……璃珀は、この先に?」
「今は紅眞が見張ってる」


そう言い一枚のドアを見つめる碧雅。思えば碧雅はハクタイシティで会った時から璃珀に対して警戒をしていた気がする。最近漸く打ち解けてきたと思ったのに、こんな事になるなんて。
話を聞くと、あの夜私たちの異変に気付いたのは碧雅だったんだって。お礼を伝えたけど表情を変えずに「警戒心が無さすぎ」と一蹴。それには全く返す言葉が無くて、心配かけてごめんねと謝る。


(意識が落ちる前に怒った声がしたのは、私の思い違いだったのかな)
「僕たちの中から代表で緋翠が同伴する。他のメンバーは外で待機してるから、何か変だと思ったらすぐ突撃すると思って」
「キルリアのひっつき虫ならロン毛の感情の変化を常に察知できる。更には防御技も使えることから、監視においてはこの中で最も適任だろう」
「分かった。緋翠、よろしくね」
『はい』


キルリアに戻った緋翠が頷き、準備が整ったと判断しドアを開けた。カーテンで光が遮られた暗い室内には紅眞と、椅子に座って手足を縛られ、黒い布で目隠しをされた璃珀が飄々とした様子で佇んでいた。


「やぁ、ご主人」


口元から分かる。彼は、この状況でも笑っている。
ごくり、と生唾を飲んだ。
紅眞が出て行ったのを見計らって、私も椅子に座る。緋翠は気が散らないように後ろにスタンバイしてくれていた。


「あの時と似ているね。ハクタイシティで疲れた様子のご主人を眠らせて、碧雅くんに凍らされたっけ」
「……うん」
「突然技を放ったのは申し訳なかった。ごめんね」
「……うん、」


いつもと変わらない話。いつもと変わらない表情。
まるで笑顔の仮面を貼り付けてるかのように、普段の璃珀だ。明らかに異常な状況なのに普段通りに接してくるのが不自然で、違和感しか無かった。
彼の本当の顔は、この仮面の裏は、どのような表情なんだろう。

私は璃珀に近寄り、目元を隠す布に手をかけた。長い睫毛に縁どられた水色の瞳が姿を現し、続けて手足の拘束を解いた。


「……驚いたな。いいのかい、また技を放つかもしれないよ」
「だって、こんな状態のまま話をするなんてフェアじゃないもの。それに璃珀だって、もうそんな気無いでしょ。原型に戻ればこんな拘束関係ない筈だし」
「ご主人が怖がると思ってしてもらってたけど、無意味だったかな」


手足を伸ばし、ずっと同じ姿勢でいたのかポキリと骨が鳴る音がする。緋翠は私の決定に口を挟むつもりは無いらしく、ただ黙っていた。


「それじゃあ改めて、話を聞かせてくれる?」
「そうだね。あなたの誠意に応えて、俺もちゃんと話そうか」


向かい合う形で璃珀と対面する。暗い室内でも彼の金髪はその光沢を損なわない。


「あの時私を眠らせたのはどうして?」
「眠ったご主人からボールを拝借して、壊そうと思ったから」
「……私たちの旅に着いてくるのが、嫌になったの?」
「いいや、そういう訳じゃないよ。これは俺の問題だ」


彼の壁は未だ崩れない。真意を掴みかねてる私を見て、璃珀はふふっと不敵に微笑んだ。


「教えてあげるよ。俺は今まで色んな地方を旅してきたと言ったけれど、あれは今回のように偶然出会った誰かの手持ちになって、毎回彼らの旅路に沿って旅をしていただけなんだ」
「え……」


唐突に始まった璃珀の話。理解する前に“誰かの手持ちになって”というワードが頭から離れなかった。


「そして決まって離れるキッカケになるのは、みんな必ずある場所に行こうとするから。その前にボールを壊して、また別の場所へ赴いて。ずっとその繰り返しだったんだよ。ご主人ならもうそこが何処なのか分かるんじゃないかい?」
「……リッシ湖、」


昨日の発言から予想は容易だった。正解、と璃珀は言葉で褒めこそすれ、以前のように頭を撫でることはしなかった。
懐かしむように、慈しむように眼差しを閉じた。


「あそこはね、俺の故郷なんだ」
「ふるさと?」
「そう。ご主人、ポケモン図鑑でヒンバスっていうポケモンの生息地を調べてご覧」
「ヒンバス……」


出てきた。魚の外見をしたポケモンだけど……なんと言うべきか、ボロボロな体色に隈のような黒い模様に覆われた大きな目で、人を選ぶポケモンだと感じた。
そして言われた通りに生息地を見ると……テンガン山?


「ヒンバスは、ミロカロスの進化前のポケモンなんだ」
「ミロカロスの進化前……!?」


驚きを隠せない私を尻目に、彼の語りが始まる。


「俺の生まれは、本当はテンガン山なんだよ」


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