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あの後ジュンサーさんがやって来て、強盗さんは無事捕まった。お店はどうだったのかと言うと、もう面倒くさいと碧雅や紅眞が原型に戻って白恵は紅眞の回復。璃珀と緋翠が事情を説明し晶は一足早く追跡に回っていたそうだ。擬人化という現象が本当に起きるのかと初めはみんな驚いていたけど、段々と話の内容が「自分のポケモンも擬人化するのか」という内容に変わっていき、碧雅たちのことはすんなりと受け入れてくれたみたいだった。


「あのイケメンたち、あなたの手持ちだったのね。そりゃあトレーナー第一に動くわけだわ」
「私たちのポケモンも擬人化?するのかしら?」
「噂は本当だったってことね〜……」

「なんだか、擬人化が一般常識化しそうなのは気の所為かな」
「あっはは!まぁ学会もメカニズムが分かんなくて公になってないだけで、割と周知されてるけどね」


暗黙の了解、ってことなのかな。ポケモンと触れ合う機会が少ないと知らない人もいるみたいだけど。
碧雅たちの正体がポケモンだとわかるや否や、女性客たちの態度も軟化した気がする。寧ろどうやって仲間にしたのか興味があるみたい。こりゃまた別の意味で一苦労しそう……。


「ユイさん、この度はご協力ありがとうございました」
「いえ……あ、一つあの強盗さんに聞きたいことがあるんですけど、今聞いてもいいですか?」
「?ええ。両手は拘束しているし、私も一緒に立ち会いますよ」


ジュンサーさんにお礼を言い、強盗さんとパトカー越しで顔を合わせる。バツが悪そうに反対方向を向いた強盗に、すみませんと話を伺う。


「緋翠が言葉を遮る前、あの続きはなんて言おうとしたんですか?」


私の顔を見てなにか知ってそうな口ぶりだったから、妙に気になってしまって。強盗さんは私の顔をもう一度見て、ポツリと言葉を零した。


「……アンタ、ホウエン地方のルネシティを知ってるか」
「ルネシティ?」
「俺の出身地だ」
「いやどうでもいいな」


紅眞もツッコミが流れる。ホウエン地方は碧雅の講義で聞いたことあるけど、ルネシティは知らないな。首を振ると強盗さんはそうかとだけ呟いた。


「アンタによく似た女がいたんだよ、昔。今はどうなっちまったか知らねぇけど」
「……私に、似た人?」
「あ、性格とか雰囲気は似てねぇよ。ただ、その髪はよく似てる。黒髪はよく見かけるけど、なんだろうな……アンタは直感で似てる、って思ったんだよなぁ」


そう言いぼんやりと外の風景を見つめる強盗さんの目は、いつの頃を思い浮かべているんだろう。何故だがその目が少年のように思えて、懐かしいものを見ている気持ちになった。


「ま、そんだけだ。乱暴にして悪かったな、お嬢ちゃん」


初めて人間らしい困ったような、申し訳ないような笑みを浮かべ強盗さんは連行されていった。




◇◆◇




2日間のお手伝いを終え、モーモーミルクから作られたチーズでディナーはチーズフォンデュだ。オレンジ色の炎がカフェのロッジハウス風の木の壁を暖かく照らし、トロトロしたチーズも濃厚でとっても美味しい。
明日から私たちが旅に出ることを知ったお客さんたちは残念そうにしていたけど、頑張ってねと励ましの言葉を送ってくれた。
2人は私が危ない目に遭ったことをまだ気にしているみたいで、眉を下げて何度も謝っていた。


「本当にごめんなさい。怖かったよね」
「あの!私全然大丈夫ですから!」


気にしないでいつもと変わらない元気な姿を見せてほしいのが本音。それに私の方も色々気を遣わせてしまったりフォローを沢山してもらったり、お礼を言うのはこっちの方だ。あ、恥ずかしかったけどメイド服を着るのも貴重な体験だったしね。みんなの意外な一面や特技を知れたし、楽しかったことも沢山あった。そう言って笑う私を見たミルクさんは少しほっとしたような、まだ罪悪感がありそうだけど少し救われたような顔になった。


「……ありがとう。そうだ!良ければこれ、受け取ってくれる?」
「え、これって」


渡してきたのはあの青い花のコサージュ。確かジョウト地方で買ったって言ってたよね。これを私に?


「お詫びと言ってはなんだけど、私たちもお店に飾ってばかりで使ってなかったから」
「ユイちゃん似合ってましたし、良ければ貰ってくださいねぇ」
「でも、こんな高そうなもの、」
「あとモーモーミルクとモーモーアイスもおまけしちゃう!」
「よっしゃあぁぁ!」


ガッツポーズで喜んでいるのは我が家の料理担当。あと碧雅もアイスが貰えたからか、僅かに目が輝いた気がする。すぐになんでもないように目を閉じて食事を再開していたけど、嬉しいんだろうな。白恵もモーモーミルクが気に入ったみたいで沢山おかわりしているし、有難いけど寧ろこんなに頂いていいものか。ご飯もご馳走してもらってるのに。


「言ったじゃないですかぁ、お礼もするって。今日のことを考えると足りないくらいだと思いますけどぉ」
「……すみません。私の方こそご迷惑をおかけして、気遣ってもらって」
「ユイちゃん!」


両方の頬を包まれ、ミルクさんの顔がドアップに映る。悲しそうに微笑むその顔は、お母さんのように慈悲深く見えた。


「こういう時はね、“ありがとう”でいいんだよ。ユイちゃんが申し訳ないと感じる気持ちも分かる。でもこれは、私たちの感謝の気持ちだから。私たちがそうしたいからやってるだけで、ユイちゃんが気に病む必要は無いんだよ」
「…………。」
「人の厚意は素直に受け取っておくこと。お姉さんとの約束ね!」
「……あり、がとう……ございます」
「うん!よしよし!」


ガシガシと頭を豪快に撫でられ、「さぁ飲むぞー!」とどこからかワインを取りだしたミルクさん。動向を見守っていた緋翠と璃珀が近寄り、乱れた髪を整えてくれた。


「マスターが捕まってしまいご迷惑をかけたことを悔いているように、お二方もマスターを危険な目に遭わせたことを悔いているんですよ。それにかなり心労を負わせてしまったことも気にしていましたから」
「ここは彼女たちの気持ちに応えてあげよう。今度また、遊びに来たら良いんじゃないかな」
「……そうだね」


明るく振る舞いながら仲間にワインを勧めるものの、殆どのメンバーが外見が未成年な為お酒が飲めないらしく、堂々と飲みあかせると思っていたらしいミルクさんが面白くて笑ってしまった。グラスに注がれたワインに興味を示しクンクンと匂いを嗅ぎ始めた白恵に待ったをかけ、意外にお酒に強かったクルミさんがワインを全て飲み切ったのと反対に早々に酔い潰れたミルクさんを介抱し、やまごやでの一時は終わりを告げた。

次の日の朝、二日酔いを起こしたミルクさんとケロッとしミルクさんを抱えるクルミさんに見送られ、私たちはトバリシティに向かって行った。


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