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その後もお客さんを捌きつつ料理を運び、どれ程の時間が経ったのか。写真撮影を控えてもらうよう事前に告知していたおかげで人手と時間が割かれることもなく、なんとかフロアが回っていた。

けれど昨日できていた事ができない事に不満を抱く人も中にはいて、不満を“お気に入り”では無く、私やクルミさんに告げ口のように言ってくるのはある意味では女性らしいと言うべきなのか。クルミさんは毅然とした態度で理由を説明し納得させているけど、私はどうしても最初に謝罪が口から出てしまい、下手になってしまう。
グラスを片付けながら様子を見ていた璃珀が庇うように私を後ろに下がらせた。


「あまりこの子を虐めないでくれるかな、お嬢さんたち。俺たちも仕事があるから、ずっとあなたたちに付きっきりにはなれなくてね」
「……まぁ、忙しそうだし仕方ないけど……また来るからいっか、ご飯美味しかったし」
「お待ちしております。……大丈夫、ご主人?」
「う、うん。……ごめんね」
「気にしないで。彼女たちの不満の捌け口になっちゃってるね。ご主人が悪いわけじゃないんだから、もっと強気でも良いと思うけど」


璃珀はそう言い眉を垂らしているけど、あの人たちはみんなにいつも会えるわけじゃない。形ある思い出を作りたかったんじゃないか、その機会を奪ってしまったんじゃないか、心のどこかで申し訳ない気持ちがあるのも事実だ。割り切らなきゃいけないことも分かってるけど、要望を100%叶えることは難しい。


「ほら璃珀、お客さんが呼んでるよ。私は大丈夫だから、ね?」
「……分かったよ、無理しないでねご主人」


いつもならここで頭を撫でてくれる所だけど、今日はやめておくみたいだ。まあ、更に女性客の目が凄まじいことになっちゃうからね。不思議とこの2日間、嫌味や悪態をつかれてもそこまで苦痛にはならなかったのは、私も心のどこかで優越感を抱いていたからかもしれない。申し訳ないと思いつつも、私は決して損をしているわけではないから。
……ああ、最低だな、私。


「ちょっと!何してるのよ!」


自己嫌悪に陥ってた時に、女性の声が店内に響いた。この声の主は、紅眞がいないことに不満を抱いていた女性のものだ。みんなの視線が入口に向かっていたので私も続くと、そこにいたのは白恵が覆面を被った男の人に捕まっている場面だった。


「っ白恵!?」
「あ、ユイちゃん。やっほー」
「あれ思ったより呑気だぞ」
「黙ってろ小僧。……なぁアンタ、ここの従業員だろ?随分儲かってるって話じゃねぇか。店長を呼んでこい、話があるって伝えてくれや」


下衆れた笑みを浮かべるこの人は、間違いなく強盗と呼ぶにふさわしいんだろう。店内の女性客が声の出ない叫びをあげ、彼から離れようとするけど強盗さんはそれを見逃さない。傍に控えさせていたヘルガーが一吠えすると全員動きを止めた。クルミさんのいた方を向くと既にその姿は無く、緋翠からミルクさんを呼びに行ったと教えてもらった。

……戦力はある。だけど生憎全員擬人化してしまっていて、原型に戻ると周りのみんなを困惑させてしまう。擬人化については完全に人間の文化に浸透していないみたいだから。人間の姿で違和感なく戦えるのは肉弾戦だ。それを仲間で得意とするのはかくとうタイプを持つ紅眞だけど、生憎彼は厨房にいる。下手に動くと人質に取られている白恵がどうなるか分からない。
みんなも動きたいけど、仲間を人質に取られている以上言われた通りに動くことしか出来ないのが歯痒いようだった。碧雅は表情は変わらないけどその視線は冷たく見据えていて、晶に至っては最初に出会った時のような鋭い目を強盗さんに向けている。

とにかく、まずは白恵を助けないと。


「おい早くしろよ。俺は気が短ぇんだ」
「あの、白恵を離してくれませんか。その子はまだ子どもです」
「あん?アンタが俺に物言える立場か…………ほぉ」


顎に手を当て私の全身を眺めてくる嫌な視線にグッと堪えつつ、白恵を解放するよう目で訴える。ニヤリと強盗さんが笑ったかと思うと、ミルクさんが静かに現れた。その後ろには紅眞もいて、紅眞がどうにか強盗さんに近づく機会があれば彼を捕えられるかもしれない。


「こんなちっちゃな個人経営店にわざわざ来るなんて。あなたの目的は?」
「ここの売上金だ。相当稼いだんだろう?つーか店長はどうしたんだ」
「残念ながら旅行で不在だよ。今は私が店長代理」
「はっはは!だろうなぁ!?」
「……お金なら用意するから、お客様たちに手は出さないで」


ミルクさんたちの両親が不在のところをわざと狙ったんだ。知ってて聞くあたり、相当な性格の悪さが伺える。ミルクさんも静かに怒りを溜めているのが分かった。お金を用意しているミルクさんを余所に強盗さんは徐々に私に近付いてくる。思わず後ずさりしたくなったが強盗さんは「そらよ」とこちらに白恵を解放してきた。突き飛ばしてよろけた白恵を支えたと同時に腕が強盗さんに捕まった。


「代わりにアンタがこっちに来てもらおうか」
「……私?」
「その子は関係無いよ!」
「“従業員”なんだろ?なら立派な関係者だ。それにアンタ……──」
「その方から今すぐ手を離してください」


強盗さんが何か言いかけたところで緋翠が割り込んだ。いつも穏やかな目は強盗を睨み付けていて、初めて見るその表情はちょっと怖い。緋翠だけじゃない、璃珀や紅眞、晶も表情無くこちらを静かに見据えている。


「お前ら動いてみろ、このお嬢ちゃんがどうなっても知らねぇぞ」


両手を後ろに回し縄で結ばれているのを感じながら言いようの無い恐怖を感じていた。強盗さんが怖い、というよりも


(みんな静かなのが逆に怖い)
「おじちゃん」
「お、おじっ……!?」


緊張感漂う空気の中幼い声が響く。白恵はこの空気をものともせず窓に近寄り、外を指差し笑ったのだ。


「おじちゃん。いまならまだ、にげられるよ。おにいちゃん、おこってないもの」


そう言い仲間のみんなを見渡す白恵。いや、どう見てもみんな腹立ってると思うんだけど。


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