たまたま少しだけ遠くに出掛ける用事があって電車に乗っただけだった、普段は使わない乗り物に少しはしゃぎ気味の天馬であったが、あまりに混んでいた車内に早速天馬のテンションゲージは下がり始めていて、早く目的地に着かないかなあ、そんなことを思いながら、どうでもいい車内広告を見つめてひたすら暇を潰していた。今どの辺かな、扉上のディスプレイを見ようと頭をそちらに向けようとする。と、目が合った。え、天馬はどきりとする。それは自分がよく知っている、二つ上のサッカー部の先輩、南沢篤志だった。やけに潤んだ瞳で真っ赤な顔をしながら南沢は此方を見つめている。天馬は思う、様子がおかしいと。
 南沢といえば、天馬から見たイメージは少し冷たいところのある、ストライカーだ。普段から表情を崩すことのない南沢。付き合いが短くはあるが、今天馬が見ている南沢はどうにも異常だった。
 ガタン、と電車が揺れて天馬は慌てて手摺を掴んだ。南沢先輩大丈夫かな、天馬は一瞬目を離してしまったそちらにまた視線を送る。

「    」

 天馬は本日二度目、心臓を大きく跳ねさせた。
 どうしよう、南沢先輩は困ってるんだ! 直接的な声は聞こえなかったが、天馬からは南沢の必死な唇の動きで、たすけて、そう言われているのだと解釈した。電車内で助けを求めるなんて何があったんだろう、そう考えると一つの疑惑に辿り着く。
 南沢先輩、もしかして痴漢されてるんじゃないのかな。
 そう思って天馬は首を横に振る。違うよ、痴漢って女の子がされるものじゃないか! だけど他に思い当たらなかった。相変わらず少し先にいる南沢は辛そうに眉を寄せている。悩んでる場合じゃない、助けないと! だけど人を掻き分けようにもぎゅうぎゅうで、天馬は全く南沢に近づけない。寧ろこの状況で天馬と南沢の視線がかち合ったことすら奇跡に近い程だ。周りは大人ばかりであるし、なんといっても南沢は少しばかり身長の低い男であるからにして、調度この人と人との間、僅かな隙間がなければ南沢を発見するなど、天馬には出来なかっただろう。
 次は――…。車内アナウンスが流れる。天馬はハッとした。次の停車駅は天馬の目的地。それも都合のいいことに、降車扉は南沢の後ろ、つまり南沢のすぐ傍にある扉だったのだ。
 これを利用しない手はない。天馬は緊張からかごくりと唾を飲む。降りる人の流れに乗って、南沢の方へ行く。そうして痴漢を捕えて駅の人に突き出すんだ(天馬の中では完全に、南沢は痴漢されている、で落ち着いたらしい)。
 少し揺れた後、扉がゆっくりと開いていく。比較的大きな、人の多い駅だった為、車内にいた誰もが降りていくようだった。天馬もイメージ通り、人の流れに沿って進んでいく。

「……あれ?」

 だけども天馬が進んだ先には南沢の姿など何処にもなかった。降りてすぐホームをきょろきょろと見回してみたが、やはり探している紫を視界に捉えることは出来なかった。が、代わりにまた見知った青を見つける。

「倉間先輩!」
「んぁ? げっ、お前かよ……」

 天馬の一つ上の先輩、南沢と同じくフォワードを務める倉間典人だった。天馬を見るや否や、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、天馬は全く気にせず(寧ろ気づかず)、探し人を尋ねる。

「あの、南沢先輩見かけませんでしたか?」
「はあ? 何でお前が南沢さん探してんだよ」
「あ、えっと、その、電車の中で南沢先輩を見掛けた気がして」

 それで会話は終了した。強制的に終了させられたのだ。南沢さんがこんな狭っ苦しくて人の多いモンに乗るわけねーだろ、そんな倉間の言葉で。
 天馬はそれもそうかと納得して、丁寧にお辞儀をして、トイレに向かっていく倉間を見送った後改札口に繋がる階段まで駆けていく。確かに南沢の人混み嫌いはよく聞く話だった。だから天馬も素直に聞き入れたのだ。他人の空似だったならいいや、ああでも明日部活に行ったら、南沢先輩に訊いておこう、大丈夫でしたか? って。天馬は笑顔を浮かべながらそう思っていた。





「ねぇ南沢さん、松風いましたよ」
「ん、知ってる」

 倉間が向かったトイレの中には満足そうに笑う南沢の姿があった。



ちょっとそこまで
fin.
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痴漢プレイしてただけの倉南ちゃん。
倉間はちっさいからきっと南沢に手ぇ出してても絶対バレないわ(笑)












2011.12.08-  

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