「お前に迫られてるとさ、女に迫られてるみたいで、俺がかっこ悪いじゃん」

 だからお前とは絶対付き合いたくない、そんな南沢さんの言葉にどれだけの衝撃を受けたことか。言葉で説明できるような程ではなかった。ぐわんぐわんと鐘が響くようで自然と千鳥足になってしまう。俺はその後どういう行動をとって帰宅したのかも判らなかった。
 そうして俺、霧野蘭丸の初恋は無惨にも儚く散ったのだ。



 そもそも恋をする相手が悪かった。クラスメイトにだって可愛い女の子がいるのに、どうして俺は一つ上の男の先輩を好きになってしまったんだか。
 ライバルである倉間を押し退け、俺も南沢さんに必死のアピールを繰り返した。時には倉間に嫉妬することもあったさ。同じフォワードで南沢さんとツートップを張れて、なのに俺ときたらフィールドの上ですら南沢さんとの距離が遠い。これはやっぱり不公平だと思うんだ、サッカーはどんな時であれ公平でないといけないと思う。あれ、論点がずれたかな。
 まあつまり俺はそれなりに本気だったわけで。決死の思いで南沢さんに告白したのだが、それは予想もしない形で失敗に終わった。
 今思い返しても涙が出そうだ。真正面より自分を睨む鏡の中にいる自分を殴ってしまいたくなる。
 まさか俺の容姿が原因でフラれるとは思っていなかったんだ。



「神童、俺の髪を切ってくれないか」

 工作に用いるような鋏を神童に手渡すと、神童は困ったように首を横に振った。
 俺は至って本気だった。顔はもう今更どうにもならない。ならばこの伸びた髪を短く切って少しでも男らしくなるしかないじゃないか。
 なら美容室が床屋に行けって? それは無理な話だ。昔から母さんや姉さん達が俺を可愛く育てようとしてきたから、今の俺がいるんだ。そんな母さん達に髪を切りたいだなんて、言ったところで一銭も貰えるわけがない。
 となると自分で切るか、知人に切ってもらうかの二択になる。流石に自分で切るのは怖いので、ここは親友の神童に頼もう、という考えだった。

「神童にしか頼めないんだ。頼むよ」
「そう言われてもな……万が一の時に責任が取れないだろう?」

 神童が脇にある机に安っぽい鋏を置いて溜め息をついた。こんなの霧野らしくない、と。
 それを合図に俺の涙腺が決壊した。突然のことに神童があたふたする中、俺は何故か妙に冷静だった。ああそうか、俺失恋したのがやっぱり辛かったんだ。泣く程辛かったんだな。
 心はいくら冷静であっても溢れ出る涙は止まらなくて、いつの間にかその涙は神童にまで移って二人でわんわん声を挙げて泣いた。泣き声を聞き付けた神童家のお手伝いさんが飛び込んで俺達を宥めてくれるまで、俺と神童は泣き続けた。



「目、真っ赤じゃん。どうしたんだよ」

 事の元凶でもあるような人が俺に心配そうな表情を浮かべて声を掛けてきた。
 あれから一日経ったけれど久々に泣いたせいか瞼の腫れが治まらなかった。俺の気持ちを知ってそれを断っても尚、俺に話し掛けてくれるのは、何というか南沢さんらしいと言えばらしいのかもしれない。この人は周りの様子にはかなり敏感な人で、声を掛けずにはいられない優しい人なのだ。まあでもそうなった理由までは気づけないある意味鈍感な人なのだが。

「何でもないですよ、ちょっと目が痛くて」

 俺は嘘を吐く。南沢さんもそれに対してふぅん、と呟くだけだった。
 二人きりの部室でユニフォームに着替える。今日神童は委員会の関係で遅れるらしい。だからこうして一人で部室に来たわけだが、南沢さんまでいるのは予想外だった。
 相変わらず綺麗な人だ。本当に男なんだろうかと思うくらいに整った顔。南沢さんがワイシャツを脱ぐと、その白い肌が露になって、ドキッとした。
 いけない、俺フラれた相手に何を思ってるんだ。ぱちん、と軽く両手で頬をサンドする。

「……なあ」

 とそこで、南沢さんが重たそうに口を開いた。その表情が何処か不安げで、俺は“あのこと”かと身構える。

「お前、本当に俺が好きなの?」

 何を今更。好きですよ、えぇ大好きです、失恋したと理解して大泣きするくらいにはあんたに本気です。
 南沢さんの目をジッと見つめてそう言ってやると、南沢さんはみるみる顔を真っ赤にして目を逸らした。その反応が可愛くてたまらない。
 少し意地悪をしたくなる男心を抑えて、南沢さんのその先の言葉を待つ。もうあれ以上にショックに思うこともないだろう、だから妙に俺は気楽だった。

「……昨日は、あんなこと言って悪かったよ」

 ところが予想とは真逆に、まさか南沢さんが頭を下げるなんて予想もしていなくて、俺はぽかんと目を丸くして佇んだ。

「昨日のあれ、さ。何かの罰ゲームとかそういうのじゃないかってあの時は思って。だから、悪かった」

 俺が言葉を発しないのを怒っているとでも思ったのか、南沢さんは言い訳と謝罪を更に口にした。ああどうしよう、つまりこれって南沢さんは俺のことで少しは悩んで考えてくれたってことじゃないか。緩む唇をきゅっと締めて、俺は自分のユニフォームを掴んでそれに着替える。

「大丈夫ですよ、怒ってませんから」
「……ん、それならいいんだ」

 それから二人は無言で着替え続けた。キィ、と音を立てて隣のロッカーが閉まる。南沢さんだった。先行くからな、そう一声掛けてくれたのが少し嬉しい。南沢さんの後を追おうと急いで仕度を始める俺の後ろで、南沢さんが小さく呟いた。

「お前が本気だって言うなら、俺も本気で考えてみるよ」

 えっ、と思って振り返った時には南沢さんの姿はなくて、開いた扉から射し込んだ光に、俺は何故かこれは失恋でないのだとそう言われた気がした。



本日はシツレンデー
(明日は、もしかして)
fin.
-------
三月入ったしラブラブ蘭南書いてみよかな!
って思って書き始めたのにどうしてこうなった。












2011.12.08-  

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -