ある村外れに、典くんという若者が住んでいました。
 典くんは十四歳になったばかりの子供でしたが、誰に頼ることもなくずっと独りぼっちで生活していました。
 典くんは忌み嫌われていたのです。村人からは虐められ、頼れる唯一の存在であった母親が死んでしまった後、これ幸いと村から追い出されてしまった典くんは、村外れにある小さな洞窟で小さな体を丸めて生活していました。
 辛いと思うことは沢山あります。けれど負けず嫌いの典くんは、決して弱音は吐きませんでした。小さな毬を蹴って退屈な一日を過ごして、今日までやってきました。
 ある日のことです。典くんは洞窟の外で倒れている少年を見つけました。優しい心の持ち主である典くんは、すぐに駆け寄って倒れた少年の生死を確認します。
 まだ、生きてる。典くんはほっと息を吐きました。そうして少年の体を精一杯の力で抱えて、洞窟内へと入れました。寒いといけないと思って、自分がいつも使っている大きな葉を少年の体に掛けてあげます。だがそれは何故か少年の体を過ぎてしまうのです。
 可笑しいな、そう典くんが首を傾げていると少年が小さな声を挙げて、ゆっくり瞼を開きました。その澄んだ瞳に、典くんは目をぱちくりさせます。

「……誰、お前」

 重たそうに開いた口からは、これまた綺麗な声が出て、典くんは胸がドキドキと高鳴るのを感じました。誰かの声を聞いたことが久しぶりだったからかもしれません。だけども少年は典くんにとってとても魅力的に映りました。



 それから二人は直ぐに仲良くなりました。一人で毬を蹴っていた時よりも断然楽しい日々に、典くんから笑顔が絶えることはありません。
 これで一緒に毬を蹴れたら最高なのに、典くんは思います。少年は何故か、典くん以外に触れることが出来なかったのです。
 それでも、少年が楽しそうだったので、典くんも幸せでした。山奥に行ったり、川に行ったり、毎日が楽しくて楽しくて仕方ありません。もしかしたらこの少年は、自分のことを怖がったりしないのかもしれない、典くんはそんな淡い期待を抱き、ある決心をします。
 夜のことでした。二人で遊んで、木の実を食べて腹を膨らませた頃のことです。典くんは真剣な顔つきで少年に向き合いました。
 貴方に隠し事はしたくないから、気持ち悪いかもしれないんですけど知ってほしいんです、典くんは言います。少年はそんな典くんの気持ちに応えようと、一つ縦に頷きました。
 典くんはそれを合図に、長く伸ばした前髪を掻き上げます。そうして露になった典くんの左目を覆うようにした、蜘蛛の巣に似た痣が姿を現しました。何を隠そう、これが村人に忌み嫌われた物だったのです。
 蜘蛛の巣は魔除けの意もありましたが、同時に蜘蛛はよくない者の使いとしても知られていました。
 典くんの体が震えます。恐ろしかったのです。少年に嫌われたくありませんでした。それ程までに典くんは少年を気に入っていたのです。
 少年は驚きの表情を浮かべていましたが、その後すぐに微笑んで、典くんの頭を撫でました。

「気持ち悪いもんか、典は典だろ」

 その言葉がどれだけ嬉しかったことか、典くんはわんわんと赤子のように泣き続け、少年はそんな典くんの体をずっと抱き締め続けました。
 典くんは泣きながら確信します。今度こそ自分は幸せになれるかもしれない。少年といれば自分は見返すことすら出来る、不幸の象徴と呼ばれた自分だって幸せになれるのだと。
 だけど悲しいかな、神様は典くんの願いを叶えてはくれませんでした。
 何故なら典くんはその三日後、幼い命を絶ってしまったのです。




 少年は泣き疲れました。もうあれから何十年経ったのかも判りません。人々が醜い争いを目の前で繰り広げている間も少年は上の空でした。
 一度は自分の国に帰ろうともしました。けれども追い出されてしまったのです。少年は行く宛も無く、本当の独りぼっちになってしまいました、あの時の典くんのように。
 辛くて辛くて死んでしまいたい程でした。けれども少年は何をしても死ぬことが出来ませんでした。普通ならもう死んでいても可笑しくはなかったのに、死ぬことが出来なかったのです。
 そうして少年は誰に気づいてもらうこともなく、その先もずっと独りで流れる時を眺めて過ごしました。
 二人で過ごした洞窟はもうありません。山は開拓され、川も綺麗な河川敷になりました。典くんが好きだった毬を蹴る遊びはサッカーという名前が付いて、町中の誰もが遊ぶ球技になりました。
 少年は渇いた筈の涙を浮かべます。あちこちから典くんが消えてしまいました。けれども少年にはどうすることも出来ません。それが時代の移り変わりなのです。
 少年は泣きました。誰に見られることもない少年は沢山沢山泣きました。そうして泣き終わった頃に典くんの元へと行ける、そう信じて泣き続けました。
 けれど神様は少年の願いすら叶えてくれませんでした。だけども素敵なサプライズを用意してくれていたのです。

だ、大丈夫っすか!?
っ、あ……。
何かあったんすか? 具合悪いなら病院とか……。
――お前、俺のこと見えるの?

 少年は確かに、その日から独りぼっちではなくなりました。
 けれどもこのサプライズすら、少年にとって辛い運命を強いる物だったのです。












2011.12.08-  

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