※兵南っぽいとこがあったりする。






 美味しいですよ、一つ食べませんか。
 俺によく似た人物が俺と似た声でそう口にしながら持っていた紅い林檎を差し出した。
 差し出された相手――南沢さんは、何一つ警戒心を抱かずにそれを受け取って、美味そうと林檎に負けないくらいに魅力的な紅い唇を動かして呟いた。
 それにもう一人の俺はほくそ笑み去っていく。一人残された南沢さんに、俺は必死になって叫んだ。
 それを食べちゃダメです、南沢さん!
 何故か俺はもう一人の俺が差し出した林檎の正体を知っていた。知っていたからこそ、今正にそれを口にせんとする南沢さんに目一杯大声を挙げて警告を促す。
 だけどもいくら叫んでも叫んでも南沢さんに届かないようで、南沢さんは俺の方に見向きもせず紅いそれに唇を近づけた。
 しゃり、と軽快な音が響く。南沢さんはそれを咀嚼して、喉を動かした。
 俺の思い虚しく、結局林檎は南沢さんの胃袋の中へ。
 南沢さんは細い指先から実を覗かせた紅いそれを転がして、紫を宙に散らしながらゆっくりと倒れていった。
 南沢さん、南沢さん。意識を沈めた南沢さんを呼び起こしたくて、彼の名前を呼びながら傍に駆け寄った。大丈夫、知っている、どうすれば解毒出来るのか知っている。
 だけどもここで残酷にもある事実に気がついた。南沢さんに、触れられない。どうやら俺は本来存在しない者らしい。だから叫んでも叫んでも南沢さんに俺の声が届かなかったのか。目の前の人を救いたいのに何も出来ない自分に腹が立つ。
 ぐしゃぐしゃに泣きじゃくって、愛しい人にごめんなさい、ごめんなさいとひたすら謝った。あまりにも綺麗なそれは、ただ眠っているだけのように見えるのに、もう目覚めない、それを俺は嫌と言うほど何故か理解していた。
 遠くの方から馬が地を駆ける音が聞こえる。何だろう、此方に近づいてくるみたいだ。俺は草むらの間に身を隠す。
 すると少しもしないうちに見事な白馬が姿を現して、なんと美しき姫だろうか、そう口にした。否、口にしたのは白馬に跨がったやけにこの世界からずれているような、そう随分と古風な男だ。
 男は白馬から降りて、ゆっくりと横たわる南沢さんに近づいた。そうして南沢さんを抱き抱え、顎に指を添えて、さあ俺の接吻を受け目を覚ましてはくれぬか、美しき姫よ。確かにそう言った。
 嫌だやめてくれ俺の南沢さんに触らないでくれ! たまらず飛び出したけれどやはり俺の姿は見えていないようで、制止の声すら聞かず男の唇が南沢さんのそれに近づいて俺はその光景を見ていられず力一杯目を瞑った。






「っていう夢を見たんです」
「……で?」
「浮気は嫌ですよ」
「してねーよ」

 受話器の向こうで南沢さんが溜め息を吐いたけれど俺は至って本気だ。
 何が悲しくて南沢さんを殺して別の男に取られる夢を見にゃならんのだ。俺の手が届きにくい場所にいる南沢さんに変な虫がついた、そう知らせたかったにしろあんな夢はないと思う。

「南沢さんほんっとにあのやけにでかいゴールキーパーと何もないんすよね?」
「何、そんなに俺って信用ない?」

 ほんの少しだけ低くなった声に、俺は南沢さんを怒らせたことを悟る。すんません、そういうわけじゃないんですけど。慌てて弁解すると南沢さんが判ってるよと口にした。

「もう俺お前の前から勝手にいなくなったりしねーから、心配すんなよ」

 嬉しい言葉が俺の耳を通って行く。自然と自分の顔には笑顔が浮かんでいた。間違いなく、ああ間違いなく今目の前に南沢さんがいたら俺は勢いよく抱きついていただろう。
 全く、南沢さんの言葉一つでこれだけ浮かれることの出来る俺ってなんて単純なんだろうか。

「そういえばさ、」

 その夢って白雪姫のストーリーそっくりだよな。南沢さんの言葉に、そうなんですよね、と返す。
 俺も思ったけれど、あの夢は実に白雪姫に似ていた。魔女が俺、白雪姫が南沢さん、で白馬の野郎(意地でも王子とは言いたくない)が月山国光の兵頭とかいうゴールキーパー。夢の中はそれが当然だというような感じであったが、いざ思い返してみると何でそんな世界観になったのか。

「お前の頭ん中がファンシーだからなんじゃねぇの? 夢は真相心理が現れるって言うじゃん」

 似合わねぇ、とケラケラ笑う南沢さんに断じて違いますから! と俺は噛み付いて必死に弁解する。南沢さんの中で、俺イコールファンシーなんて変な式を立てられちゃたまったもんじゃない。ああそうだたまったもんじゃない!
 というかファンシーなのはどちらかと言うと南沢さんの方だ。あの人くまのぬいぐるみとか好きなんだぞ、あの成りで。ゲーセンにデートしに行った時だって、ひたすらだらっとした茶色いくまと白いくまと黄色い鳥のグッズをひたすらねだられた記憶が云々。

「まあまあ、可愛いからいいんじゃねぇの? 似合わねぇけど。自分を隠すなよ」
「……」

 あくまで俺をファンシー系が好きという設定の男にしたいらしい南沢さんに返す言葉もない。
 だけど夢のように南沢さんを誰かに取られるとか、そういったことを心配する必要は本当に無いようで俺は胸を撫で下ろした。
 とりあえずあれだ。もうあんな夢は二度とごめんだね。



恋愛に心配事は付き物ですけど
(だからって悪夢は勘弁だ)
fin.
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白雪姫題材で夢落ちにしましたー
書く直前に兵南読んでて司はぁんってなってたから、司ちゃんをゲスト出演にしてみましたえへへ。












2011.12.08-  

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