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二月十四日。聖・バレンタインデー。乙女達の決戦の日であり、男達の勲章を賭けた大事な日でもある。
そしてここにも今日という日に悩む中学生男子がいた。南沢篤志、雷門中学校女子の話題に上がらないことはない、正真正銘のモテ男である。
南沢は目の前に広げられた数々の紙袋を前に声を唸らせる。
「大半は断る心算っつっても、勝手に入れられてる奴とかあるしな……」
そう一人呟く南沢。全く、世の男子が聞いたらなんとも贅沢な奴だと憤慨することは間違いないだろう。
毎年、こんなにも悩んでいるわけではなかった。そう、確かに去年までは大量の紙袋を学生鞄に詰め、手渡された菓子類も、そうでない物も“自分の好きな甘い物”ということで、ごっそり持ち帰っていた。
だが、今年は違う。南沢に想う相手がいるのだ。本当ならば渡される物を総て断るのが普通だろう。そうして相手に示すのが男というものだ。
だが南沢という男は大変なモテ男であったがために、南沢の手元へと渡るための手段はどんなことでも取ると、その方法は様々であった。直接的な女子からの申し入れは断れても、そうでない者からの物は、断りようがないのだ。そのための紙袋を用意して持ち帰れば、きっとそれでは不公平だと積極的な彼女らに菓子を押し付けられてしまうのではないか。だからといって、南沢に好きな菓子類（真心が込められたと、性格が若干歪んでいる彼は考えられない）を捨てるだなんて行為がとれるわけがなかった。
（今日一日だけ非モテ男子になりてぇ……）
憂鬱だとあからさまな表情を浮かべて、南沢は悩み抜いた末、結局例年よりは少な目の紙袋を学生鞄に詰め込んだ。あ、そう短く声を上げ、思い出したかのように机にしまってあった小包にも手を伸ばす。毎日同時刻に鳴る律儀なチャイムの音が聞こえると、南沢は一度ふぅと息を吐いて部屋を出た。
さあ、いざ戦場へ。
「チッス、南沢さん。あれ、元気ねーっすね」
毎日毎日自分を家まで迎えに来る律儀な後輩――否、恋人に南沢はまぁなと返す。
「あー成程、今日バレンタインデーですもんね。まあ南沢さんは嫌でも沢山貰えんだし心配しなくても大丈夫っすよ」
「いやそうじゃね……つかお前俺が貰って嬉しいのかよ」
的外れなことを言う倉間に南沢が不満を口にすると、倉間は目を丸くして、後直ぐに意味を理解したようにニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
「もしかして南沢さん、俺のために女子からのチョコ断る心算でした？」
倉間の言葉に、南沢の顔が火がついたように赤くなる。今更だが自分で墓穴を掘ったことに気づく南沢。慌てて否定するが、それはあまりにも説得力に欠けていると倉間は感じた。
正直このモテ男であり生粋の甘党が菓子類を自分のために断るとは、倉間は考えていなかった。考えていなかったからこそ、このサプライズのように可愛いことを言われて倉間の気分は最高潮だ。
「やべー南沢さん超可愛い」
「五月蝿ぇよ、もう俺先行くからな！」
ニヤニヤと頬を緩ませる倉間から逃げるように南沢は駆け出した。やはり雷門サッカー部エースストライカーの名は伊達ではなく、あっという間に姿は小さくなる。
一人置いてきぼりである寂しさはあるものの、照れ屋であるけども自分を好いてくれている恋人に倉間の心はかなり満足していた。自分は心配することなんてないだろうけど、万が一にでもチョコを渡された時はきっちり断ろうと誓う。
一方南沢は、冷たい風を受けているにも関わらず、相変わらず熱を持った両頬をぺちぺちと軽く叩いて、あーくそ、倉間の馬鹿野郎、と内心で悪態を吐いた。
そうして校門が見えてきて、減速すれば、大事なことを恋人に伝え忘れたことに気づき南沢は溜め息を吐く。全く、後輩に振り回されるだけ振り回されて、情けないったらこの上ない。
「くらまのばかやろー」
今度は口に出して、けれど誰にも聞こえないように文句を呟き、昇降口で靴を履き替えようと下駄箱を開けると中からどうやって入れたのかも判らない、まるで四次元ポケットから出てきたような大量の菓子類が南沢を襲った。
「倉間くん、好きなの。同じクラスになった時から、好きで……もし私と付き合ってもいいよって思ってもらえたら、これ受け取ってほしいな」
放課後校舎裏に呼び出されて来てみれば、やはり予想通りというか、今日という日に相応しい展開に倉間は見舞われていた。
ゆるふわカールのセミロング、甘い香りにスタイルのよい身体、可愛らしいナチュラルメイクと、これまた男子が喜ぶような美少女に告白されて、そういうことの経験があまりない倉間は内心で、これはドッキリ作戦とかそういうのではないのかと疑い、相手の子にバレないようにチラチラと周りを疑うも、怪しい人影は見当たらないのだから、どうやらこれは本気の本気で告白されているらしいと倉間は漸く悟った。
南沢さんならこういうの、どう断ったらいいのかとか判ってるんだろーけど。生憎と倉間は優しい断り方の一つも知らない。
「悪ぃ、俺好きな人いるから」
ストレートに本当のことを口にすれば、相手は「そっか、ごめんね」と小さく呟き走り去っていく。その瞳に透明な物が浮かんだ気がして、倉間は罰が悪そうに頭を指先で掻いた。
「まあ仕方ねーよな。うん」
自分に言い聞かせるように呟いて、倉間は制服のポケットから携帯を取り出す。メール機能を開いて慣れたようにカチカチとキーを打って、送信したことを確認すると携帯を閉じた。
送信相手は、言わずもがな、自分の恋人である南沢篤志であった。
南沢さん、女子から解放されたら校舎裏来てください。
簡素な着信音に呼び出されて開いた携帯にはそう映し出されていて、南沢はチラリと周りを見た。
相変わらず自分の周りから女子の姿が絶えない。今日一日どれだけ非モテ系男子からの羨望と嫉妬の眼差しを受けたことか。慣れているとはいえ、やはり居心地は悪かった。
倉間が待っている。南沢は逸る気持ちを抑え、
「あー、俺もう帰らねーと。用事があるんだよな」
そう苦笑しながら（苦笑と言っても普段気心知れた相手に見せるような物ではなく、完全に外行き用の人のいい笑みだ）言って、机に下げた鞄と大量の紙袋を手に取る。
「えー、南沢くんまだ私のチョコ貰ってくれてないじゃない」
「去年は受け取ってくれたのに……」
拗ねる彼女らに、また今度なと伝えて、足早に廊下を駆け階段を降りる。今朝の教訓を忘れずに、下駄箱は慎重に扉を開けて、今度は入っていた菓子類の雪崩を浴びることなく、上手く空きの紙袋でキャッチした。ふぅ、と一つ息を吐いて靴を履き替えれば、荷物を引っ付かんで全速力で走った。
これは願ってもいないチャンスだ。
南沢はそう感じて、ぐっと荷物を握る手に力を込める。緊張しているからか、それとも走っているからか心臓がバクバクと音を立てる。
そう遠くない待ち合わせ場所にはすぐ着いて、小さい姿を見かけて南沢はくらま、と叫んだ。その声に倉間は振り向いて、南沢の姿を確認するとぱぁっと顔を綻ばせた。
そうしてその次に、南沢の手元にある大量の紙袋を目にして倉間は苦笑する。だけど去年自分が見た時よりも明らかに数の少ないそれは、朝の通り南沢が“頑張った”証なのでそう気分も悪くならない。
「南沢さんモテモテっすね」
「るせー」
人の苦労も知らないでさ、とぶつぶつ南沢は文句を言う。
そんなお疲れの様子である恋人の鼻先に、小包を一つ倉間は差し出した。
「南沢さんの好きな店のチョコですよ。高かったんですからね」
お陰で俺の小遣いパーです、と倉間。
まさか倉間から貰えると思っていなかった南沢は（役割的にも女役をしている自分が渡すのが当たり前だと思っていた）、目を丸くしパチパチと瞬きさせながら、その綺麗な小包を受け取って、後にさんきゅ、と今日一番の綺麗な笑顔を浮かべた。その様子に倉間はほっと安心して胸を撫で下ろす。正直、沢山貰ったから要らねーよ、と言われはしないかとドキドキしていたのだ。
「大切に食べて下さいね」
「ん」
南沢はそれを数ある紙袋の中に――ではなく、学生鞄の方に入れた。とそこで、自分の用事も思い出して慌てて鞄のスペースを陣取っていた可愛らしい小包を手にして、
「……やる」
片手でぶっきらぼうに倉間へ差し出す。その顔は朱に染まっていて、恥ずかしさからか目を合わせようとはしない。倉間はそれを受け取って、ありがとうございます南沢さんと感謝の言葉を口にして手作り感溢れる小包をまじまじと見つめた。
「開けていいっすか？」
「お前にやった物だし、好きにすれば」
「それもそーっすね」
南沢の少しキツい物言いもただの照れ隠しだからと気にせず、ピンクのリボンをほどいて箱を開ければ、これまた綺麗なトリュフチョコが居座っていたものだから、買ったやつだったのかな、と倉間は首を傾げたが、手作りだから有り難く食えよ、との言葉が降ってきて、倉間は南沢の料理の腕に改めて感心する。
「売り物みたいっすね」
「当然だろ？ っつーか、トリュフって簡単だしな」
丸めるだけだし、と続ける南沢だが、料理なんてカレーすらまともに作れるか怪しい倉間にとっては、商品顔負けの物を作れる南沢は凄いとしか思えない。
ひょい、と一粒口にすると当然ながら甘い味が口いっぱいに広がった。だがそれもしつこくはない程度で、見た目通りの美味しさに倉間の口からは自然と感嘆の言葉が溢れる。
「気に入ったなら、よかった」
安心したのだろう、南沢がふっと笑みを漏らすと、倉間はそれにたまらなくなって、
「みなみさわさん、」
南沢の名を呼んで、精一杯の背伸びをして南沢の唇に口付けた。
それはただ触れるだけの幼稚なキスだったけれど、
（甘い）
チョコのせいではないそれを二人とも感じ取っていた。
「南沢さん」
「ん」
「好きです」
「……俺も」
お互い愛を確かめ合い見つめ合って、はは、と声に出して笑い合った。
そうして少しだけ居心地のいい沈黙が流れて、もっと倉間といちゃつきたい、と顔を真っ赤にしながら小さく口にした南沢に、倉間は笑顔を浮かべてじゃあ俺の家行きますか。そう提案して南沢の大量の紙袋の半分を手にする。その然り気無い紳士的行動に胸をときめかせた自分の頬を南沢はつねって、残された紙袋と鞄を掴んで置いてくぞと足早に倉間の前を行くのだった。
後日。
「南沢先輩が相手じゃ敵いっこないです……！」
二年教室前でそういきなり捨て台詞を吐き廊下を駆けていく女生徒に南沢は首を傾げながら、なぁ倉間いるー？ と、何時も通り教室出入口近くにいた生徒に声を掛けたことに倉間は気づいてはいなかった。
あまいあまい、日。
fin.
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お待たせいたしましたー！
3000hitキリリク、倉南のバレンタインです……！
イチャイチャしてる……のかこれは……？
と疑問が尽きないのですが、自分の中ではイチャイチャしてる心算ですすみません。
遅くなった上に何とも言えない低クオリティ、申し訳ない。
最後のはあれです、告白受けたとこでいちゃついたからですね全くもう倉南ちゃんったら！←
補足的に説明しますと、付き合って一年も経ってない二人だったりします。
初のバレンタインってことですね。
上手くリクにお応え出来たのかは判らないのですが、返品受け付けておりますので、バシバシ仰ってくださいませ！＞＜
キリリクありがとうございましたー！
リク頂けてすっごくすっごく嬉しかったです(笑)