最近風邪ひいたかな、と思うことはあった。
 だから予防と悪化させないことも含めて市販の風邪薬を飲んでいたのだが、今現在南沢の手に握られた体温計は三十八度を軽々と超えていて、南沢は体調の悪さからきたものではない頭痛に頭を抱えた。
 何度計り直しても結果は同じ。間違いであってくれと思えどそれは残酷にも微熱と称するには高過ぎる体温をはっきりと明確に示していた。
 本日は休日だ。学生が泣いて喜ぶ休日だ。社会人は忙しさに泣く者もいるだろうし同じく久々の休みを満喫する者もいるだろう。南沢も例外でなく、学生らしくこの自由である休日を有意義に使おうと予てより恋人と出かける――デートの約束を取り付けていた。

「楽しみですね、南沢さん」

 そう言って嬉しそうに笑う自分の恋人が頭から離れない。
 行けなくなったと言えば、がっかりするだろうか。
 だからと言って無理をすれば、何かと過保護な彼はきっと自分を叱るのだろう。そうして南沢さんに無理をさせる存在になんてなりたくないと、嘆くに違いない。
 となれば、やはりここは正直に伝えることが一番なのだろう。南沢は枕元にある携帯に手を伸ばした。

(……行きたかったんだけどな、アイツと遊園地)

 決して彼には照れ臭くて言えないだろう本音を心中で吐きながら、カチカチとキーを押して簡単なメールを打った。
 ごめん、風邪ひいた。熱高いから行けねーかも。
 可愛さの欠片もない、男のメールの模範であるような文章だ。クールな南沢らしいと言えばらしいのだが。
 南沢は二、三度その短い文章を読み返して、やけに重く感じた送信に対応したボタンを押す。そうしてまた携帯を枕元に投げ捨てて、はあ、と盛大な溜め息を吐いた。
 すると少しもしないうちに、なんとも簡素な、デフォルトの着信音が鳴り響く。倉間かな、そう思いながらまた携帯を開いて届いたメールを開いた。今からそっちに行きますね、とまた此方もなかなかに質素な物だ。だが倉間が此方に来てくれる、その事実が南沢の機嫌をよくさせた。

(……ちょっと待てよ、倉間が来る?)

 思い返して今の自分の姿を見直す。部屋は問題ない、綺麗すぎるくらいだろう。だが自分はといえば完全に寝起きで、まだ寝間着姿だし髪はセットしていないし、この姿に年上の威厳なんて微塵も感じられない。
 今更気心知れた相手に体裁を繕わなくても、と思いつつ何事にも完璧であってこその自分、重たい身体を無理矢理に起こし顔を真っ赤にしながら慌てて着替えて髪を整えた。
 あーこれ、倉間に馬鹿にされるかな。そう考えながら。




「……南沢さんなんすかその格好」

 家に来た倉間の開口一番がこれだった。

「……お前が家来るって言うから」
「綺麗にしてくれてる彼女って嬉しいですけどね、今はそんな時じゃないでしょ」
「彼女じゃねーよ馬鹿」

 ああやっぱり馬鹿にされた。結局年上の威厳もあった物じゃないと南沢は思う。せめてもの抵抗をしてみるが、病人は布団入れとすぐに自分の部屋まで戻されるのだから、倉間って奴は本当に生意気だと南沢は心中で悪態を吐いた(しかし、そんな真っ直ぐな彼が好きであることは間違いないのだけれど)。
 南沢の両親は共働きだ。朝から夜遅くまで家を空けることが普通で、そのことを倉間も知っていて、予めコンビニに寄ってから南沢家を訪ねていた。

「南沢さん飯は食いました?」
「いや、まだだけど」
「それじゃあ何か食って薬飲みましょ」

 南沢さんの好きな物いっぱい買ってきましたから、と倉間。
 手にはビニール袋が握られていて、中にはコーヒークリームが挟んであるコッペパン、フルーツの沢山入ったヨーグルト、ミカンゼリー、焼きプリン――と、どれも南沢の好きな物だった。

「さんきゅ」

 南沢はそう言って、プリンに手を伸ばす。正直そこまで食欲もなかった南沢は、一番簡単に喉を通りそうなプリンを有り難く頂戴した。
 残った冷蔵保存必須商品は倉間により冷蔵庫へ。コッペパンのみ、南沢家の食卓へと移された。
 甘くほろ苦い好物は、思ったよりも身体が素直に受け付けて、南沢はあっという間にそれを平らげる。倉間もそれに安心して、空のカップを受け取った。

「水持ってきますね。薬は?」
「ん。薬は此方にある」

 それを見て、倉間はちょっと待ってて下さいねと席を立った。
 慣れたもので、南沢家の食器棚に何が何処にあるのかも倉間は知っている。南沢愛用のグラスに水を入れて(序でに客用なのだろう、南沢がいつも自分に飲み物を出す時に使うグラスにも水を入れて)、二階の南沢の部屋へと戻った。
 おかえり、倉間。とやけにホッとしたような声を出す南沢にグラスを差し出して、倉間は薬を飲むよう促した。

「それ飲んだら寝てくださいね」
「ん」
「あと何か欲しいものとかあります?」
「んー……多分大丈夫」
「そっすか」

 倉間は空のグラスを受け取って、南沢を寝かせる。素直に南沢も布団を肩まで被って目を閉じた。
 若干熱も上がってきたようで、吐息がだいぶ熱くなっていた。それを倉間も気づいたようで、これ以上は彼の体調を悪化させるかもしれないと考える。
 胃に食べ物は入れたし、薬も飲ませた。今正に寝ようとしているのだから、後はもう大丈夫だろう。

「南沢さん、俺帰りますから後はゆっくり休んで下さいね」

 そう口にして立ち上がると、くいっと腕をそう強くない力で引っ張られた。何かと思い倉間が見ると、南沢も何故そうしたかも判らないといった顔をしながら、倉間の腕を確りと掴んでいた。

「……南沢、さん?」

 倉間に声を掛けられて、南沢は自分の恥ずかしい行動に更に顔を赤くし、布団をすっぽり頭まで被る。それでも倉間の腕を離したくなくて、先程よりも強く握ってしまう。
 そんな南沢の行動に、ああこの人は一人になりたくないんだなと倉間は悟った。その姿があまりにも可愛くて、病人相手だというのに少し意地悪をしてしまう。

「南沢さん、俺帰りますよ」
「……」
「何かしてほしいことあったら、しますけど」
「……」
「……何かありますか?」
「――ろ、」
「え?」

 よく聞こえなくて、倉間が南沢の方に身体を傾ければ、南沢は恥ずかしそうに顔を出して、

「……ここにいろって、言ってんの」

 そう確かに口にした。
 何時も以上に甘えたで寂しがり屋な自分の恋人に倉間が笑うと、南沢はまた布団を頭まで被ってしまう。
 心音が兎に角五月蝿かった。

「南沢さん、俺ここにいますから」
「……」
「だからちゃんと寝てくださいね」
「……ん」

 倉間の言葉に安心して、南沢はまた瞳を閉じる。ぽんぽんと赤子をあやすように一定のリズムで軽く布団の上から叩かれて、普段ならムッとするのに何故か心地よくて、彼に見えないことをいいことに、南沢は布団の中で口元を綻ばせた。
 と、そこで倉間に礼を言っていないことに気づき慌てて顔を出して、

「倉間、ありがと」

 精一杯の笑顔でそう伝えれば、倉間の方も南沢の額にキスを落とす。

「おやすみなさい、南沢さん」

 早く元気になって、デート行きましょうね。そんな倉間の言葉を聞きながら、南沢はゆっくりと意識を手放した。



しっかり者くんと甘えたさん
fin.
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先ず始めに。
二萬打おめでとうございますかがり様!!!
お祝いしたいのでリクして下さいなんて変なメール送りつけ無理矢理リクを頂いてきてしまった私ですが、お祝いと普段のお礼をたっぷり込めたつもりです><
だけど何となくリク内容とズレているような気がしてます、すみません。
倉間くんこれでも超一生懸命……といいますか、あの、私の中で倉間って実はしっかり者じゃねみたいなとこがあってですね……はい……言い訳です……orz
こんなのじゃない!
もっとちゃんと書いてくれ!
みたいなの受け付けますはい><
何かありましたら仰って下さいませ!

ではではこの辺で。
二萬打本当におめでとうございました!












2011.12.08-  

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