――あれ、お前俺のこと見えるの?
 そう言って目の前のやけに整った顔をした男は、力ラメル色をした瞳を丸くさせ嬉しそうに微笑んだ。その笑みがあんまりにも綺麗だったものだから、俺はたまらずその男に恋をした。


それは儚くも脆いモノだった。


 男は、南沢篤志と名乗った。どうやら年上のようなので、俺は南沢さんと呼ぶことにする。俺も簡単な自己紹介を済ませると、南沢さんはくらま、と口にしまた嬉しそうにはにかんだ。
 どうやら南沢さんは俺以外には見えていないらしかった。加えて自分のことを悪魔とも言う。人間が好きで、悪魔らしくない態度をとった故に魔界を追放されたと、南沢さんは苦笑しながら説明した。

「何でお前だけ俺のこと見えるのか判んねーけど、久々に嬉しい」
「南沢さん……」

 きゅう、と胸が締め付けられる。南沢さんの切なそうな表情に釣られて、俺まで眉を八の字に下げた。どうやら俺は本格的に、このお綺麗な悪魔に恋をしたらしい。しかも一目惚れ。事実非現実的なことを言われているのにも関わらず、それに気味が悪いだとか、そういった不の感情は一切抱いていない。南沢さんのことなど全く知らない、と言った方が近いのに、何でこんなにも惹かれているのか自分でも判らなかった。まるで恋をするために、南沢さんを見たかのよう。
 辛気臭い話してごめんな、と南沢さんは俺の頭を撫でる。その手は予想以上に暖かくて気持ちがいい。

「南沢さんって、悪魔っぽくないっすね」
「そお? お前のイメージする悪魔って、どんな感じ?」

 そりゃあ、鬼のような形相で、羽があって、尻尾もあって、フォークのような槍を持ってて。俺が抱いているイメージをそのままそっくり伝えれば、何がツボったのか、腹を抱えて笑い出した。全く失礼にも程がある。
 悪い悪いと涙目になりながら謝る南沢さんに、俺は尚も口を尖らせた。確かに本物を前にして幼稚な想像を馬鹿正直に伝えた俺も俺だけど。南沢さんが訊いてきたから、答えてやったのに。

「南沢さんの馬ー鹿」
「そう拗ねるなよ倉間。俺、笑ったのなんか久々だしさ……感謝してるんだぜ」

 そう言われてしまえば、機嫌を直すしかない。俺は苦笑しながら、

「じゃあ許してあげますんで、ちょっとだけ付き合って下さい」

そう言って、ふわふわと浮かぶ南沢さんの手を掴む。南沢さんはそれに抵抗することもなく、俺の後をついてきてくれた。

「何処に行くんだよ、倉間」
「自主練しに、河川敷に」

 俺が答えれば、南沢さんは首を傾げる。これですよ、と脇に抱えたサッカーボールを指差せば、南沢さんは途端に目を輝かせて喜んだ。

「倉間も好きなのか、サッカー」
「すっげー好きっす。ってか、南沢さんの方こそサッカー好きみたいですね?」
「ん。もういねーけど、知り合いがそれ、好きだったんだよな」

 だから俺もそれ好きなんだ、と南沢さんは遠い目をする。その言葉に俺の胸がチクンと傷んで、俺は曖味な表情を浮かベた。それに南沢さんはまた俺を困らせたと解釈したのか、謝りながら俺の頭を撫でてくる。知り合いなんて言っているけれど、この人にとって大切な人であったことは、明白だった。
 勝手に恋して勝手に嫉妬してる自分が嫌になって、俺は南沢さんの手を掴んだまま走り出した。うわ、とか急に走るなよ、とか。後ろから抗議の声が聞こえてくるけれど相手にはしない。兎に角、醜い自分の心を、南沢さんに知られたくはなかったのだ。


 河川敷に着くと、南沢さんは懐しいな、なんて寂しそうに呟いた。南沢さんは悪魔だから、見た目は俺と大差ないように見えるけれど、きっと随分昔にここを訪れていたのかもしれない。

「さー、南沢さんサッカーしましょう!」

 俺はそんな南沢さんを元気付けたくて、元々一人でやる答だった練習に、南沢さんを無理矢理巻き込もうとする。だけど南沢さんは益々罰が悪そうな顔をしてしまい、俺は何かいけないことでも言ったのかと、自分の行動を省みた。が、思い当たる節はない。俺が何も言えずにいると、南沢さんは重たそうに口を開いた。

「俺、ほら、人間じゃねーから。人間の物には触れねーんだ」

 俺には触れるのに。そう言おうとして慌てて飲み込んだ。多分俺が南沢さんを見ることが出来るのと同じことで、きっと触れることが出来るのも、理由は判らないけれど特別なことなんだろう。

「そんな顔すんなって。俺は平気だから、気にすんなよ」

 そう言って南沢さんは笑ったけれど、俺の目には泣きそうにしか映らなかった。













2011.12.08-  


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