「南沢、少しいいか?」

 扉の向こうから、自分を呼ぶ声に、南沢は体を起こす。少しばかり部屋でうとうとしていたせいか若干体が重かった。肌寒く感じ、傍にあった上着を引っ付かんで、扉を開けるとそこには、険しい表情をした兵頭が立っていた。
 どうしたんだよ、なんて軽く口に出すことは出来ない。何故なら南沢には、兵頭がどうしてこんな表情をしているか、その理由を知っているからだ。

「……まあ、入れよ」

 そう南沢が口にすると、兵頭は頷き南沢の部屋へと足を踏み入れた。適当に座って、と声をかけられ、兵頭は片付けられた部屋の綺麗な床へと腰を下ろす。それを見て、南沢もベッドへと腰を下ろした。
 暫くの沈黙が流れ、部屋の壁時計がカチカチと正確に時を刻む音が響く。
 あぁ、もうはっきり言ってくれればいいのに。
 南沢は沈黙が居づらいとでも言うように、目を伏せた。

「……南沢」
「ん、……何?」

 ようやく意を決したのか、兵頭が口を開く。南沢は相変わらず兵頭の方を向かず、返事をした。

「その、昨日の返事だが」
「あぁあれ、別に冗談だから冗談。お前面白いから、ちょっとからかっただけだし」

 兵頭の言葉を遮るようにそう言って、南沢は少し後悔する。
 全くあんなことを言っておきながら、なんて勝手な奴なんだ。
 南沢は眉間に皺を寄せる。兵頭が今はどう思っているのか、どんな顔をしているのか。確かめる勇気は南沢にはない。ただ、もう早く終わってくれと願うばかり。

「南沢、お主の顔を見て話がしたい」
「何それ。あー何、説教? 悪いけど明日にしろよ、反省はしてるからさ」
「そうではない!」

 突然の兵頭より出された大きな声に、南沢はびくっと肩を震わせた。その肩を兵頭は持ち前の大きな手でがっしりと掴む。離せよ、と南沢が喚くが、兵頭はこれっぽっちも気にしてないとでも言うように、それを離すことはなかった。
 兵頭はそこで一つ深呼吸をして、赤の瞳でじっと南沢を見つめる。冗談だと言った、あの言葉が本心でないことくらい、兵頭に見抜けぬはずがなかったのだ。どうしようもない奴だ、と兵頭はくすりと笑う。

「南沢、聞いてくれ」
「嫌だ、聞きたくねぇ」
「全く本当にお主は頑固な奴だ」

 放っとけ、と南沢。放っておけるか、と兵頭は返して、南沢の頭を撫でる。それに少し体を震わせて、だけれど嫌ではないからか、南沢は一切抵抗しなかった。

「南沢、お主が好きだ」
「……別に、あれは冗談、だって」
「では冗談ではなかったと言わせてみよう。お主がもう一度俺に好きだと言ってくれるように、励むとするぞ」
「……っ……」

 そこで南沢はようやく、顔を上げた。その先には優しい笑顔を浮かべた兵頭、ただ一人。南沢は戸惑ったように目を泳がせ、何かを喋ろうと口を開くが、上手く声が出ないのか、またその口を閉じてしまう。泣きそうな南沢に兵頭はどうすればよいか判らず、南沢の腕を取りただただ力強い腕で抱き締めた。
 兵頭のそれは温かくて、南沢は顔をくしゃりと歪める。そうして声を押し殺して静かに泣き始めると、兵頭は南沢の頭をまた優しく撫でてやった。

「なぁ……、嘘じゃ、ねぇよな……?」
「あぁ、南沢に嘘は吐かん」
「だって、気持ち悪く、ねーの? 男の俺に、好かれてっ」
「何故そう思う。俺は南沢が好きだと言ったではないか」

 男らしい受け答えに、南沢はかっこつけてんじゃねーよ、と悪態をつく。だがそれもまた本心でないことくらい、兵頭にはお見通しなわけで。惚れた者負けだよなあ、と南沢は実感した。

「はいはい、降参ですー。やっぱり俺、兵頭が好きだよ」

 そう言って笑う南沢は誰よりも綺麗だった。それを知るのは兵頭しかいないけれど。



怖がっていた俺が馬鹿みたいだ。
fin.
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告白したけど返事を聞く勇気は持てず逃げ出した上になかったことにしようとした南沢さんです(長)
ほんと言わないと判らない……










2011.12.08-  


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