予鈴が校内に鳴り響く。やっと終わったとばかりにため息をついていると頭部に小さな衝撃が来た。振り返ると案の定、ニヤついたチビがそこに立っている。
「今日も那月とデートか?さっちゃん」
「黙れ、くそチビ」
俺の頭部を叩いてきた下敷きを自分に向けて豪快に笑うチビに苛立つ。こいつと俺は幼馴染みで家も隣同士だったため、家族とも仲がいい。今はお互い家を出ているから昔に比べるとそこまでないが、プライベートでもまぁまぁ仲はいいと思う。那月がこいつにデレデレだから仕方ないっていうのもあるが。
パタパタと下敷きで煽りながらチビが時計に目を向けた。そういえば今日、試験があるとか日向が言っていたような気もする。試験なんて簡単すぎる、茶番な戦闘だ。ましてや、どうしてこんなことをするのか理解できない俺からしてみれば、那月を守れるならそれだけでいい。
「つーかさ、お前、いつ那月の耳取るの?」
「はあ!?」
ガタガタガシャンッ!
勢い良く転けた。正しく言うと椅子から滑り机を後ろに倒し俺が転けた。いたい。じわじわくる痛い。
痛みを紛らわせるようにわしゃわしゃ全身を荒々しく撫で回しつつ、チビが言ってきた内容が脳内で再生される。
「お前、反応良すぎだろっ。でもいいのか?那月、頭が少し抜けてるってか色々難があるけど……あのスタイルに可愛さだろ?しかも耳も尻尾もある…。あいつ、誰かに食べられちゃうんじゃね?例えば…トキヤとか音也とか」
「おい、お前ふざけたことぬかすんじゃねぇ…っ!そもそも那月はそんな簡単に触らせねぇし…!」
「でもお前が触っとかなきゃ奪われるぞー。名前があるからって、いつ何時なにがあるのかわからねぇ人生なんだし?」
ぐっ…と情けなく声が出た。名前があるからって、運命だからといって那月の心を向ける男が出てくる可能性は高い。別にそれが悪いわけじゃない…でも那月は俺にとって大切な存在だし、できるならあの柔らかく甘い香りがする体をめちゃくちゃに犯して自分のものにしたくなるのも確かだし。というか那月の全てを俺にしたいっていうか…。
椅子と机を綺麗に直して再び座り机に顔を押し付ける。生温かい表面が皮膚に触れる。目を閉じれば那月の可愛らしい笑顔と声が蘇ってくる。そうだ、俺は那月が笑顔で幸せだと口にしてくれればそれでいい。俺がそれ以上は望んじゃだめだし、…でも抱きたいっていうか。
「なにを抱きたいの?」
「そりゃなつ…き……、」
「ん?」
こんにちは、那月さん。いつの間にここにいたんですか。サーッと一気に青ざめる俺を気にすることなく何もわかっていない那月はキョトンとしつつも獣耳をヒクヒク震わせる。
「さっちゃん?どうしたの?」
「い、いや…なんでもない」
「?変なさっちゃん」
くすくす、ほら、小鳥のように笑う那月が笑顔でいてくれるだけでそんなやましいこととか吹き飛ぶんだ。むしろ申し訳なくなる方が強い。よしよしと撫でれば嬉しそうに耳を伏せて手のひらへと擦り寄ってくる。しかも尻尾なんて右往左往だ。
「那月、好きだよ」
「え、…僕も好きだよ?」
流れるように返してくれる那月の愛らしい声が好きだ。戦闘中に俺の腕に抱きついてきて、いつだって相手の気遣いと俺への愛を紡いでくれる那月が本当に好きだ。これはきっと愛だと言うのだろう。
「俺は那月のものだ。いつだって俺の名を呼べ。どこにだって飛んでくる」
「…うん。だけどさっちゃんも僕を呼んでね。僕だってさっちゃんの居場所くらいわかっちゃうんだから」
こつん、額同士をくっつけて小指を見せてきた。小指にはキラキラと光る糸が巻きついて俺の小指へと繋がっている。これは戦闘機とサクリファイスの繋ぎ。俺と那月の名前を表すように、この糸も俺と那月を繋ぐ。絶対に離れない。そう、【絶対に】だ。
「さっちゃん?怖い顔になってますよぉ〜。ふふ、ほら、帰ろう。今日はキムチ鍋さんですっ」
触れていた額が離れる。少しだけ離れるだけでも不安になってしまうのは名前のせいか、それとも俺の那月に対するものなのか。けれども那月は俺に手を差し伸べてくれる。俺より小さい手のひら、女の子のようにすべすべであたたかい。離れたくない、離したくない、失いたくない。
「そうだな。那月の好きな金木犀も咲いてる。もう秋なんだな……今度の日曜日はドライブにでも行こう。それで季節限定のピヨちゃんグッズ、買ってやる」
「わぁっ…本当!?あ…でも試験に出なくても大丈夫かな。」
「そんなことお前が心配することなんてない。俺がすぐに終わらせてやるよ。…そうだな、あいつが弱いからあいつに決めた」
俺の領域に入った試験に含まれているであろうペアに目を向けて口にする言葉は、いつだって那月を守るため。
「戦闘を開始する。名前は言わなくてもわかるだろう?それじゃあ…スタートだ」