うたプリ | ナノ




目を開けると、白一色の世界だった。
天界とは違う、冷たくて寒い世界に僕は無意識に目を細めてしまう。そして、ぼやけた視界に右手で顔に触れると、眼鏡がないことに気づいた。ゆっくりと起き上がると鋭い痛みが体中に走り回る。

「いっ…た…」

前屈みで自分を抱きしめるように痛みを耐える。ズキンズキン、キリキリ、ツキン、たくさんの痛みがたくさんのところから聞こえ感じる。ばさり、翼を広げると更に痛みは二乗した。

フと右手首に管が付いていることに気づいた。管の先を見ると、袋をぶら下げ水がポチャリと落ちている。なんの意味があるのかわからなくて、不意に恐怖感が溢れてきた。気づいたら最後。ガタガタ震える僕は、神様に会いたくて手首に刺さっている管を力任せに引き抜いて、窓から逃げようとベッドから降りた時でした。

ぱさり、なにかが落ちる音が聞こえた。そちらに目を向けると紙が散らばっていた。多分、僕が翼を広げた時だろう。一枚手に取ると、五つの線が平行に描かれその上に暗号かなにかが書かれている。きっと楽譜だろう。ただ僕らとは違う。

「…あ、した…きっと朝日が、のぼるか、ら?」

これは歌詞、と呼ばれるものだろうか?僕らは普段聖歌しか歌わないから分からない。だけど、どうしてかなぁ…。

「とても、素敵な…詩」

違う紙にも手を出してみた。続きなのか違う詩が書かれていれば、荒々しく二重線や丸を書いて書き直していたりしてある。これを書いている人は、とても素敵な言葉を知っているんだと思う。

「おい、お前なにしてんだ…!」

どくん、振り向くと幾度も見ていた彼が立っていた。表情はとても怖かったけれど、痛みとはまた違う痛みが胸を蝕む。

「聞こえてないのか、それとも俺の言ってる言葉がわからないのか?…って、なに見てやがる!」

「っ!?」

手の中にあった紙を勢いよく奪われ、周りに集めた紙さえとって行く姿を見て勝手に見てしまったことを後悔した。

「あの…ごめんなさい。大切なものだって知らなくて…」

「…」

「でも、素敵な詩ですね。この紙たちからたくさんの気持ちが溢れてる…これを書いた人は、とても豊かな人なんだろうなぁ」

僅かに残されている紙を拾って彼に渡すと酷く眉にシワを寄せていた。僕はまた気分を害するようなことを口にしただろうか。暫く小鳥の話し声しか聞こえなくて、気まずい雰囲気が流れ出す。彼は黙々と紙を並び替えている。僕は今更痛みが戻り始めた。ズキン、ズキン。どこからも痛く感じて呼吸が荒々しくなる。翼が息苦しい。なにか布が巻きつけている。痛い苦しい居心地悪い。

「おい、どうした?」

「失礼しまー…」

彼が僕の方に触れた時、ドアが開いた。そして部屋を見渡し、僕を見た瞬間に彼を叩く人。ぱぁん、痛い音が聞こえる。

「いっ!?」

「あんたって人はどうしてそう乱暴なんですか!相手は患者ですよ?」


「はぁ!?お前、勘違いにも程がある!」

可愛い人が彼と言い合うのを見て驚いていると、目があった。黄色い髪、優しげな温かい笑み。

「大丈夫ですか?あの人、本当じゃじゃ馬だから言うことを聞かないんですよ。なにをされましたか?」

「…なにもされていません。僕が、その人が大切にしていたものを勝手に見てしまったから、気分を害されたんです。ごめんなさい」

「いいからサッサと始末しろ。ソイツは勝手に点滴抜いて俺の楽譜に触ってたんだ。そんくらいできるなら、もう大丈夫だろ」

「点滴を抜いたって…自分で抜いたんですか?」

可愛い人が僕を信じられないとばかりに凝視してくる。"てんてき"がわからなくて首を傾げていると、先ほど抜いたものを指をさされて頷いた。

「マジ…ですか」

「だって、あれ…怖くて。体の中に何かが入ってくるのが気持ち悪かったです」

冷たくわからない液体が体内に侵入するのは、気持ちいいというのはほど遠く感じる。目の前にいる人が難しそうな顔をして、彼は冷たい瞳で僕を見る。気持ち悪い、怖い。カタカタ、僕は震えた。どうしていいかわからないから。神様、僕はどうしたらいいのでしょうか。

すると肩に手を置かれ優しく声をかけられた。綺麗なスカイブルー色の瞳がぶつかりあう。

「大丈夫ですよ。あれは栄養を送るもので害はないんです。怖がらせてしまってごめんなさい」

「…ほんとう、ですか?」

恐る恐る聞いてみると笑顔で返された。ほわり、胸があたたかくなった。

「ありがとうございます」

「いえ、当然のことをしたまでです。あ、そういえば…名前を聞いてもいいですか?」

「なつき、那月といいます」
「那月さん?へぇ…砂月さんに似てますね。しかも一文字違い」

チラリと彼を見ると興味がないのか反応しなかった。だけど、僕はとても反応してしまった。だって、彼の名前を知れたから。砂月さん。綺麗な名前、僕と一文字違い。素敵。

「那月さんを助けたのは砂月さんなんですよ。意外だけど」

「おい糞チビ、なにが言いたい」

「別に?そのまんまですけど」

ふたりのやりとりを見ながらベッドに連れて行かれた。まだ安静にしていなきゃいけないみたいだ。僕を救ってくれた薫くんと言うお医者さんが、今後のことを話してくれて、あともうしばらく此処にいないといけないらしい。

薫くんが部屋を出ていくと、また静かになった。彼とふたりきり。彼は相変わらず楽譜と睨めっこしている。その表情はとても真剣だ。フと鋭い瞳と目が合った。

「何見てんだ。目障りなんだよ」

「ごめんなさい。でも僕は、さっちゃんに興味があるんです」

「は、てかさっちゃん何だ」

「砂月だからさっちゃん。あ、いい忘れてました」

胸に手を置き深呼吸をして体の力を抜き、翡翠色の目を見て微笑む。

「僕を助けてくれて、ありがとうございます」

「…お前を助けたのは、アイツだ」

「でもあなたが薫くんを呼ばなかったら、僕は命を落とし人間に虐げられていたかもしれません。だから、受けとってください」

そう言うと鼻を軽く鳴らして顔を背けられてしまった。僕と同じ髪色の髪が揺れる。ふわふわ、優しい風だ。まるで神様に抱き締められているような、そんな優しく暖かい風。

「…まだ寝てろ」

さっちゃんが言うと、何故だか眠くなってきた。一気に頭が重くなり温かく包まれながら「おやすみなさい」と言っても返ってこないのを悲しく感じながら眠りについた。

to be continued...