うたプリ | ナノ




*公立高校に通ってます
*那月は女の子
*オリキャラがいます
*みんな1年生
*完璧趣味で中の人ネタ


長い長い廊下を走る。
運動音痴なために走ることなんて滅多にないせいで、今にもつまづいて転けてしまいそうになる。肩に提げた鞄が、忙しく左右に揺れ走りにくい。

職員室から音楽室Vまで遠い。心臓がバクバク鳴って、息も切れ切れなのに口元に弧を描いてしまうのは、きっと…いや、絶対右手に持っているファイルの中に入っているプリントのせいだ。

一歩一歩踏み出す度に廊下でキュッキュッ、タッタッと音色が響き、ドラムのように心臓は打ち続け、それにハモルよう息切れが重なる。まるで今この瞬間で一つの曲が完成してしまったような気がする!

那月は音楽室Vへと続く階段をのぼり、生徒にぶつかって謝りながらも走ることを止めない。

足を止めて、ギターとベース、そしてボーカルの声が聞こえて笑みが更に深くなる。そして走りすぎた足はガクガクに震え、苦しさから水が足りないことがわかる。唾を飲み込んで、でもカラカラで、そんなことでさえも笑いが込みあがる。

ドキドキ、激しく奏で続ける心臓へ落ち着けと言い聞かせながら、今から面接の練習を受ける時のように、何故かノックをしてしまった。練習をしているから聞こえるはずがないのに。ドアノブを握って開ければ、ひとりひとりが自分の練習をしている。ただひとり、音楽室Vに入って来た那月の存在に気づいて振り向いた。那月の息切れながらも嬉しそうに微笑む姿に驚いている。

「那月、どうした?」

「さっちゃ…!あのねっ…!」

さっちゃんと呼ばれた砂月は、オレンジの味がする市販の水を那月に渡す。

「みんな!ちょっと手を止めて!いいお知らせがあるんですっ」

那月の張り上げた声に気づいたレンは手を止めて、隣で合わせていた同級生の肩を叩く。此方に注目をしてくれた部員に早く言いたいのに咳き込んでしまう。

「大丈夫かい、シノミー」

「那月、ゆっくり話していいから」

心配をしてくれるギター担当のレンとベース担当の山岸達也に、ありがとうと伝えて深呼吸をする。そしてファイルから、今回ハッピーなハプニングをくれた主役のプリントをバンッと取り出し、まるで逮捕状を見せるように全員に見せた。

「再来月のLHRに行われる、インターハイに出場する全部活動生を激励する激励会に…なんと!我がバンド部が歌うことになりましたっ」

その一言に全員驚き、そして次の瞬間に笑みが表れ喜びあう姿に那月は幸せそうに微笑む。

「やったな!まさか入学して2ヶ月で初ステージに立てるなんて…っ」

「本当、結成してやっと2ヶ月だと言うのに…ナイスオファーが来たもんだ」

「ふふっ、日向せんせぇと林檎せんせぇがお願いしてくれたんです!あの2人は僕らが練習している時に廊下まで聞こえていたみたいで…」

「へぇ…だが良く校長は許したな。普通なら生徒会長と校長の言葉で終わるはずだろ」

砂月の言葉に那月はクスリと笑う。

「実は校長せんせぇが言い出してくれたんだって。普通なら意味がない、胸に響かない。それなら僕らのドカーンとドデカイ歌を聴かせてヤル気を出させよう!って」

那月の言葉に達也は苦笑した。此処の校長である、早乙女光男は何ともユーモアがあり名が知れている存在でもあった。行事など他校に比べたら大きいことをしている我が校だが、まさか何処の学校にもない催しを考えたもんだと思った。

「ボスがそう言ってくれたなら応えないとね。サッシー、何かフレーズは浮かんだ?」

砂月は部員3人の表情を見た。
今までに無いくらい瞳を輝かせ、まるで幼い子供が新しいオモチャを待ち望む姿に、口角が上がるのを止められなかった。

「ああ、大体頭ん中でイメージされてる。部活なら暑苦しい友情もんだろ?今から書き上げるから、那月は俺と作曲。レンと達也は苦手な部分を少しでも直すように練習」

「OK!なら行くよ」

「ああ、今日は克服できそうな気がするぜっ」

ヤル気満々な2人が楽器を手に取り、隣の部屋へ行くと騒がしかったのが一気に静かになる。

カリカリと譜面に書き上げていく砂月の表情は真剣で、でもどことなく輝いているような気がする。

そんな砂月の姿に那月は嬉しくて座ることもせず、ただ作曲をする砂月の隣に立つだけ。

隣の部屋からレンと達也が奏でるギターとベースの音色がBGMになっている。達也はベースは勿論、音楽関係に対しては初心者。レンはサックスを得意としたギター初心者。

入学説明会に足を運んだ時の話だ。部活動紹介でステージに上がったバンド部は、正直綺麗な音色じゃなかった。音はズレ、とてもじゃないが聞けるものじゃなかった。そしてそのバンド部員が卒業したら廃部になるらしい。それなら変えてやる、何故かそう決めた那月に、砂月は半ば強制的に改・バンド部に入れられたのだ。

子供の頃から趣味で作詞・作曲を手掛けていた砂月の実力を知っていたからこそ、那月は悪印象にしかならないバンド部を変えてみたかった。そして部活を通して、砂月が少しでも変わって欲しかった。

達也は純粋な気持ちで入部。レンは那月を気に入っているのを利用して強制的入部。達也は初めてのことだらけで楽しく部活を謳歌していたが、レンはその逆だった。案外ひねくれ者で入部後1週間は部室に来ないのが当たり前。那月の誘いをことごとく断り、遂に砂月がキレて殴りあいに発展しそうなところまで行ったのだ。

するとレンが挑発してきた。
「俺を本気にさせたいなら胸をぶち抜くほどの曲を作ってこい。じゃなきゃ辞めてやるよ」

まぁ、ご想像通り砂月は挑発に乗り僅か4日で曲を作り那月が作詞した。結果、レンを正式に入部させることが出来て今のバンド部がある。

達也はそんな2人の姿を見て「いつ拳が出るのかってヒヤヒヤしたよ」と言っていたのは、まだ記憶に新しい。

「那月、これでどうだ」

目の前に差し出された楽譜を見て我に返る。受け取り記号たちを目で追い口ずさむ。とても心弾ませる曲だと思った。那月は脳内にフレーズが生まれると音色とハモるように歌い始める。それは部活に合う、暑苦しい友情と其処から生まれる闘争心などが含まれて耳に残ってしまうような、そんな歌詞。

砂月は那月から楽譜を取り上げると書き直す。サラサラと書いていく手は迷いを知らない。

書いては修正を繰り返していると1時間は経っている。達也とレンに指導をしていた那月は一度、砂月がいる部屋に戻らせるとレンに楽譜を見せ、弾くように促していた。

レンは譜面を一通り目を通せば口笛を吹き、俄然やる気が出たらしく弾き始めた。ギターが曲を構成する主役なために、ある程度どんな曲かわかる。達也と那月は瞳を輝かせ最後まで聴いていた。

何度かつまづいたが、レンが弾き語終わると今回の曲はどんなに良いか、部員全員が気づいた。

「砂月!これマジ良い曲じゃん!」

達也がそう言うと隣に立っていた那月は髪を横で結い、先程コピーしてきた楽譜を砂月から奪いドラムをスタンバイすると練習を始めた。あの柔らかい笑顔なんてない、ただ譜面を目で追いかける姿に達也も砂月から楽譜を貰って練習をし始める。

「ハハッ、ヤル気満々じゃないか。サッシーもやるねぇ、あのシノミーを真剣にさせたんだ。これは良いものになる」

レンの言葉に砂月はため息をついた。

「そんなことを言う暇があるなら手を動かせ。それとも限界か?」

「まさか!そんなはずないだろ、今からするさ。ただ…これは本当に良い曲になりそうだ」

「当たり前だ、良い曲じゃなきゃバンド部は終わりだな」

砂月の言葉にレンは笑いながら練習に入る。再び那月がビックニュースを報告する前と同じ騒がしさが戻ってきた。

音楽記号が並んだ楽譜を人差し指でなぞり、先ほど言われた言葉とヤル気に満ちている部員たちの姿に頬が緩んでしまう。全員が心を一つにしたのは、多分これが初めてな気がする。

窓越しに見えるグランドではサッカー部、野球部、ハンドボール部に陸上部が懸命に練習をしている。授業中では馬鹿やったり寝ている癖に、部活になると目を光らせ夜遅くまで励む姿は正に青春―…。

別にあいつらみたいに暑苦しい青春を送る気なんてないし、此処に来た理由が家から近いというだけで周りの奴らみたいに、部活に励みたいとか勉強を頑張りたいとか思ってなかった。ただ那月がバンド部に入れと言ったから入っただけで、達也みたいに純粋な気持ちなんてないし深い意味さえない。

でも…心臓が忙しくドクンドクンと鳴っているのは、きっとヤル気があることと案外自分もノっているんだと思う。砂月は早く歌いたい気持ちを抑えながら、各々の指導をして回った。







―只今より平成23年7月×日、第〇×回、激励会を行います。各部の方はステージに上がって一言お願いします。―

生徒会委員の言葉にゾロゾロとステージに上がる部活動生たち。この早乙女学園は敷地が広いため、体育館も馬鹿デカイのだ。だから生徒たちがステージに上がっても少し余裕ができてしまう。

各部が意気込みを言う中、準備室でスタンバイをするバンド部がいた。朝練・昼練をしたせいもあり、砂月の声は準備万端で那月・レン・達也の3人もバッチリだ。

「ふふっ、楽しみだなぁ。みんな楽しんでくれるかな?ううん、楽しんでくれるよね。だってさっちゃんが作った歌だもん」

「違う、俺らの歌だ」

砂月の言葉に驚いた顔をする。そして暫く凝視した後に笑顔が零れた。那月はあまりの嬉しさに眉を下げ頬を染めながら抱きつく。

「さっちゃん、だぁーいすきっ」

「いきなり抱きつくな。怪我でもしたらどうすんだ」

「怪我なんてしないよ。さっちゃんが受けとめてくれるでしょう?」

那月の言葉に砂月は何も言えなかった。事実故に言い返せないのだ。達也はそんな姉弟のやり取りに笑いながら、那月の頭を撫でた。

「ハハッ!一本取られたな」

「黙れ」

「たっつんに言われるなんて、サッシー一生の不覚ってか?」

「潰されてぇのか、クソ神宮寺」

男子の楽しそうな会話に那月は砂月に擦り寄った。すると生徒会長・校長から送られる激励の言葉が終わったらしい。

―ハイハーイ、部活動生は早くステージから降りて元の位置に戻りなサーイ。今からハートをガツンと打ってくれるような激励をしてくれる素敵なゲストが来てくれていますよー。―

「ハードル、上げてない?」

達也の言葉に苦笑を浮かべたレンが部活動生たちが完全にステージから降りたのを確認すると、準備室から出て行った。一気に黄色い声で埋まる体育館に達也は深いため息をつく。

「レンの馬鹿、勝手に行きやがって。生徒会長が困ってんじゃねえか…」

達也の言う通り、ステージ下にいる生徒会長が困った様子でレンを見ている。そんな本人はお構い無しにウインクをしながら、マイクを手に取ってバンド部紹介と今回の趣旨を説明してくれた。

感謝したいような、そうでもないような…。そんな複雑な気持ちになりながら達也と砂月も準備室を出てドラムを移動させた。

「シノミー、おいで!」

ボーッとしていた那月をレンがマイク越しで呼ぶと慌てて駆け寄り準備を手伝った。各自にファンがいるのか、声援が少なからずも飛んでいる。レンは異常だ。

準備が終わると那月がドラムの近くに設置されたマイクのスイッチをONにし、入っているか確認してそれを合図に4人は頭を軽く下げた。体育館は静かになり、皆興味津々な様子で注目をしている。

―今回は校長先生と日向せんせぇ、林檎先生のおかげでステージに立つことができました。去年卒業された先輩たちがいなくなり、新しくなった僕たちバンド部の歌を聴いてください。―

那月がそう言うと砂月にアイコンタクトを送った。砂月はぎこちなく口を開く。

―今から夏休みの間、各部が大きな大会に参加する中で勝利を手にするために欠かせない"友情"をテーマに作りました。聴いてください―

Can Do

「1.2、1.2.3.4!」

那月の声とバチの合図でレンのギターで始まり、次に達也のベースが入り那月のドラムが入る。前奏が終わり砂月がマイクを握りしめ歌うのだった。