うたプリ | ナノ




そう言えばと楽譜から顔を上げた。目の前には我ながら必要な物しか置いていない机を眺めながら、始めて彼女に出会った日を思い出していた。

彼女は最初、私を見てHAYATOだと興奮気味に話して来た。そうしてサインを求めてくる姿に嫌悪感すら込み上げて来た。私はHAYATOが嫌いだったから、とても不愉快でしかなかった。彼女も私では無くヘラヘラと笑いながら気持ち悪いくらいの馬鹿っぷりを曝け出している仮面を、好むのだ。

何もかもが醜く世界がモノクロ。ただ輝いていたのはアイドルになれるという限られた狭い道だけ。自分しか信じられなかった。はずなのに、気づけばかけがえのない友人を得て、淡く切ない恋心さえ得てしまったのだ。

HAYATOしか見ていなかったはずなのに、音楽にはとても真剣で彼女が奏でるすべては魅力的。誰があの小さな背中から、穏やかすぎる彼女からあんな曲が出来ると思っただろう。

「…よく、わかりませんね」

予想外過ぎる出来事が多すぎて目眩さえ起きるが、それは不愉快ではなく居心地が良くも感じる。きっと此処に来て出来た友人や、かけがえのない彼女の存在があるからこそ、感じられる思いだろう。

机の上に置かれた写真立ての中に入っている一枚を見て、そっと触れて見る。今、彼女に触れているわけではないのに、どうしてこんなにも愛おしさと切なさが溢れ出るのか…。

「一ノ瀬さーん!一十木君と一緒にお茶を買ってきましたっ」

後ろから聞こえた可愛らしい声に情けなくも肩が震えてしまった。すると同室である音也まで入って来て、可愛い彼女に触れることが難しくなってしまった。ほら、以前は考えられなかった想いが今だとこんなにも求めてしまう。

「…これはこれで、中毒性が強すぎる」

「中毒、ですか?」

首を傾げる彼女に私は口元を緩めてしまう。ああ、本当に可愛らしい人だ。不思議そうに見つめてくるのを、私はなんでもないですよ、と返しながら彼女の性格に似た柔らかい髪にそっと触れるのだった。